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OjohmbonX

創作のブログです。

掛け値なしの嘘 (3)

 万丈一久は熱心な分析を語り終えて一息もつかないうちに、しりとりをしようと提案してきた。でも俺たちもう二十五歳じゃん普通にしりとりするんじゃなくて簡単な解説を付け加えるの。しりとりの、リ、俺からまずお手本。リャマ。アフリカに住むシカ。え、リャマって南米だろそれに、あれはシカじゃないだろ。いいんだって、そういう細かいことはウィキペディアを見れば書いてあるんだから、こんな感じでいいよ、マ。
 マサチューセッツ。アメリカ七十八州の一つ。アメリカの中央に位置し、人口は六十人程度。そうそういいねいいねー、じゃあ俺、ツ!
 津川雅彦。俳優。映画監督を務める際はマキノ雅彦名義。映画監督マキノ雅弘の妹である。いやいや男でしょ。妹である。いくらなんでもそれは駄目だよ。しかし妹である。コ。
 コンビニ。食品から生活用品まで浅く広く扱う小売業でほとんどが二十四時間営業。コンビニのビニは、ビニールの略。当初はビニール製だったため。ニ。
 錦鯉。コイと名が付くが、その実態はビニールである。イ。
 イオン。通常より電子が多いか少ないかして帯電した。え、ちょっと、ンがついたら負けじゃんか、もっかいチャンスをあげるからもう一度イ! 石川五右衛門。江戸時代に。いやいやだからそれじゃあンだってばほら、イ! いちゃもん。言い掛かりをつけること。だからあ終わっちゃうじゃん、イ! イグアノドン。
 万丈一久は最初笑って、次に苛立って、それから推し量るように、終わっちゃうけどと念を押した。私が黙っていると視線を泳がせ始めた。ちょうど列車が駅に到着した。ドアが開いて客の乗降の動きに二人ともが目を向けて救われた。乗降が一通り済んでドアが閉まりきろうとしているのに飛び込んだ男がいた。かろうじて男の首は入ったものの体は駅に残された。ドアに挟まれたその首の男とふいに目が合うと男は照れ笑いを浮かべた。三人の駅員が三方から男のホームに残された体に群がってきた。駅員たちは腰から引き抜いた棒で男の体を打ち始めた。ドアの窓は狭くやや死角が多いものの、見れば棒の二本は茶色だが一本は真っ赤だった。首の方は、棒で打ちすえられる瞬間ばかりは顔をしかめるが、それ以外は相変わらずへらへら笑って、声を出さずに唇だけですいません、すいませんねと言って動かせる範囲で首を上下にちょこちょこ振っていた。一番近くに立っていた乗客の男がその首へ歩み寄って代表者然で怒り始めた。お前のせいで電車が遅れるじゃないか。駆け込み乗車はやめろとあれ程言ってる。お前一人がルールを守らないせいでみんなが迷惑してるじゃないか。首の男も腹を立てて言い返す。だから謝ってるじゃないですか。あんなへらへら笑って何が謝っただ。はいすみませんでした、これでいいでしょうが。何だその態度は。何がですか。全然誠意ってものがないじゃないか。そりゃあんたの思い込みでしょうが。二人の男は奇妙によく似ていた。四十代程の二人の男は、どういうわけか額の後退具合までそっくりだった。ちゃんと謝れ、みんなが迷惑してるんだ。男は「みんな」と車内を振り返りながら言った。車内の「みんな」のうちの半数近くが巻き込まれないように目を伏せた。残り半数のほとんどはそれ以前から既に目を伏せていた。男は「みんな」の中から賛同者を得ようと視線をさっと渡らせた。私の視線が捕まってしまった。いまさら伏せるわけにはいかない。何せばっちり男と私の視線は一致しているのだ。いまさら、まるで最初から見ていない風に視線を外すのはルール違反だろうと思った。万丈一久は隣で寝たふりをしている。私が観念すると男は軽くうなずいてから、首の方に向き直った。さあ、ちゃんとみんなに謝れ。うるさい。うるさいとは何だ、ちゃんと謝れ。うるさい、こうして棒で叩かれているのだから、それでいいじゃないか!
 そう言い残して男の首は消えた。ひとしきり男を棒で打ち終えた駅員のうち、二人が必要最小限の幅だけドアを左右から手で開け、残る一人が男の体をホーム側へ引き、首が外へ出ると同時に二人が手を放してドアは閉まった。すぐに列車は進行を開始した。男は駅員にうつぶせに押さえ付けられ、しかし顔は、髪をつかまれて前を向かされていた。景色が流れてその後の男がどうされたのかは私達の知るところではない。けれどあれはやはり、列車の側面に顔を押し付けられて顔面をおろされるのだろう。私は肝心なところを見たいと思った。それは顔面を列車でおろされる瞬間だし、あるいは茹でられる瞬間なのだ。いや、そうではなくその後、彼らがどうやって生きていくのかを見たいのだ。そう? 俺は別に見たくないけど、とあれから二駅過ぎて目を覚ますことにした万丈一久が素っ気なく答えた。


(つづく)