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OjohmbonX

創作のブログです。

他愛なく無用である (6)

 珍しく夜中に男子大学生とその馬面の恋人が部屋にいた。私をうすい紫のシーツで包んで外に運び出した。頭と顔もつつまれていた私は、振動と音だけで外を見ていた。エレベーターを降り車の後部座席に寝かせられた。エンジンもかけずに運転席と助手席で二人が相談していた。女が提案した。
「前飼ってたウサギ埋めたあそこに埋めようよ」
「そうか。ウサギも一緒ならたぶん寂しくないしね」
「うーん?」
「ウサギって寂しいと死ぬって言うから、おじさんも一緒なら逆にウサギも安心だし」
「んー」
 女の提案に対する男の理解を、女は承服しなかったがそれ以上何も言わなかった。理解など重要ではなく実際が合致すれば構わないというわけだ。私も何も言わないが同意した。腐敗した、あるいはもう骨になったウサギと此岸でも彼岸でも仲良くする謂れはないし、死んだウサギの更なる死を心配する義理もないが、別に構わない。車は出発した。
 走るうちに振動で顔にかかっていた布がずれていった。息苦しさから頭を振って布を払い退けると信号待ちで並んだ隣の車の後部座席の窓からこちらを覗いていた童女と目が合った。丸く愛らしい顔を振り向けて大きな目が驚きで丸く見開かれていた。私は思わず微笑んでいた。車が動き出し、こちらは左折、あちらは直進して別れた後、表情を戻す段になって自分が微笑んでいたことを知った。童女の首には真珠のネックレスがかかっていた。彼女の小ささとはアンバランスに大きな、恐らくイミテーションの玉だった。小さい玉から大きな玉へときれいに並んだネックレスの糸がふいに切れてばらばらと真っ暗な中に真珠が落ちる。乾いた堅い音を立てて、底の無い空間を横切って無限遠まで渡されたガラスの床の上で次々に跳ねる。不吉だと忌みながら同時に、細く呟いて何か願掛けをしている。冷たい床を骨張った足が掴んで、その足は太い足首に連なり、風も無く揺れもせずただひたすら自身の布の張りと重みだけで広がり落ちる紫のスカートの上の半身を前に屈ませ、真珠を一つずつ拾っていたのは私の母だったかもしれない。
 強い衝撃の後、車が急停止した。はずみで私は座席から転がり落ち、前の座席の背との間に嵌った。しばらくしてドアが開く音がして私がもといた後部座席には代わりに別の男が運び込まれた。
「また轢いちゃったね」
「うん」
 車は再び出発した。


 轢きたての男と、轢かれ先輩の私は山に埋められた。埋めるといっても砂風呂程度の極めて浅い位置で、顔には土が薄くかかっているだけの随分ぞんざいなやり方だった。顔の土は不快なので頭を振って落とした。月明かりでかろうじて物が見えた。葉や動物のかすかなざわつきが重なって底に溜まっているようだった。それを押し退けるように後輩の男が土から這い出てきた。私と目が合ったが、男はそのまま背を向けて少しふらつきながら山を降りていった。しかし姿が見えなくなる手前で振り返ってまた戻ってきた。土を掻き出し私を取り出した。暗くてはっきり分からないが歳は五十前後に見えた。土を掻きながら早口で男は話し続けた。男は周と名乗った。私のいきさつと轢いた犯人――私はこれまであの大学生を「犯人」という言葉で認識したことがなかったから、とても新鮮に響いた――の特徴をあれこれ尋ねた。イントネーションの端々に中国語のかすかな名残が聞かれたがそれ以外に日本語に不自然な点は全く見られなかった。たまに急ぎ過ぎて言葉が口の手前で渋滞を起こすことがあったがそれは、そもそもの日本語話者でもしばしば見られるものだ。周さんは掘り出した私を背負って連れて行こうとしたから慌てて、やっぱり埋め戻して欲しい、いまさら出されてもちょっと恥ずかしいと救出を謝絶したら、周さんは手際よく私を地面に下ろしてから私の頬を殴りつけた。
「お前らのそういうところが、本当に不愉快だ」
 私の方が轢かれた点では先輩なのに偉そうに、と一瞬怒りが沸いたがその憤りは見当外れだと思った。あまり殴られ慣れていないので戸惑ったし、口腔に広がる血の味に交じって折れた歯を舌先で見つけた時は、歯まで折れちゃったじゃんとますます恥ずかしくなった。周さんは私を背負い直して山を下りながら間断なく質問を浴びせ続けたから、私は血と歯を山に吐き捨てて答え続けた。


 病室で見たテレビの中で周さんは怒ったり笑ったり忙しく喋り続けていた。私が答えた大学生のことや生活を当然自分が見たこととして語っていた。大学生を罰するのに私が必要だったから助けたまでなのだと理解できて私は満足した。一方で私は退院まで世間の期待に応える機会が延期されていた。このままその期待が解消されるまで延期され続ければいいと思った。ただ警察は既に話を聞きに来ていた。問われるまま答えた後で帰ればいいのに若い警察の男が熱心に、絶対にあなたを苦しめた犯人を捕まえてみせますから信じて欲しいと言った。年配の男が苦々しく顔を歪めて先に病室を去った。私の方は恐らく、始終さっぱりした顔をしていた気がする。
 警察に問われて気付いたがほとんど日付は過ぎていなかった。三カ月ほどかと思っていたのにたった九日の生活だった。ただ春が少し緩んだだけだった。
 警察の後には吉岡が来た。電動の車椅子から首が生えていた。首を折ってから身体の自由がきかなくなったという。死んでなかったのかと驚いたが口にはしなかった。同じように身体にハンディキャップのある人達を救いたいと今の会社に入社したのだ、テレビで昔の同級生がこんな事件にあったと知って会社に相談したら、特別価格で君に最新機種を供給することに決まった、まずは採寸をする。と話し終わらぬうちに吉岡の胸の当たりから赤のレーザー光が扇状に射出され、私の体をスキャンした。私は体の向きを何度か変えられスキャンされた。その間、他の同級生の動向や世間話や何かを喋り続けて吉岡は帰っていった。
「痛みとかも全然ないでしょう。違和感もないと思いますけどね。薬とかじゃないんです、薬とかじゃぜんぜん。とても手術が上手くいったからなんですね。まあ、執刀したのは私ですけど……」
と呼んでもいないのに自主的にやってきた医者が決して私に目を合わせようとせず早口で喋って帰っていった。そういえばいつの間にか私の手足がなくなっていた。切り取った後の萎びた手足はどうしたのだろうか。束ねてブーケにしたのだろうか。
 吉岡がやってきて私を別室に運んだ。そこでサイボーグの手足をつけられた。腕は、肩から手首までがおよそ人間のフォルムだったが、手が妙な形をしていた。指は五本から十本に増量され、しかも関節が限りなくあってまるでイカの触手だった。脚は鹿のように細い。右手右足が青、左手左足が赤の原色で見た目に騒がしかった。青が知性を、赤が情熱を表現したもので、人造人間の業界ではセオリーなのだという。確かにどこか見覚えのある配色だった。とにかく見た目に騒がしかった。


(つづく)