OjohmbonX

創作のブログです。

お乳ダヨー

 中学生の私が通っていた学習塾の特に欠点も美点もないある若い女の先生を,ほとんどの生徒が見縊っていた.私は彼女の講義,ではなく彼女を通した塾による講義を淡々と受けていたけれど,中には騒がしくしている生徒がいた.彼らは単に,私のとは別の塾への意味を持っていただけだから,私は彼らのことが気にならなかったけれど,彼女は,というより常識は,彼らを注意した.彼女から発せられた注意の言葉は,一般的な誰かが,常識が発した言葉だったから,彼らにとって無意味なものだった.いつまでも騒いでいる彼らを見て,彼女はどこかで見たような困った顔をしたけれども,そんな記号的な表情は,誰にとっても無意味で,同情を誘い得るはずがなかった.
 夏休みの明けて間もない暑いある夕方に,彼女は,いつもどおり騒がしい生徒に無意味な注意をし,無意味な困った顔を作った後に,突然Tシャツをたくしあげ,ブラジャーのホックを外し,胸をあらわにした.何が起源なのかわからない,少なくとも「常識」起源ではない行動に,全ての生徒が彼女を見つめざるを得なくなった.彼女は右手で右の,左手で左の乳房をわしづかみにした.
「これがアタイのお乳ダヨー」
 彼女が涼やかに叫ぶと,彼女の両乳房から,交互に乳がほとばしった.左右リズミカルに放ち出される乳.生徒が呆然と見入る.少なくとも私は,途方もなく感動していた.どうしてこの透明な存在が,この白い乳を出せるのか!
 どれくらい経ったのか……きっと1分も経っていなかっただろうが,彼女はブラジャーを装着し,Tシャツを下ろし,何事もなかったかのように授業を始めた.
 それ以降も,彼女の言葉はありふれたものでしかなかったが,彼女は既に「透明な存在」ではなかったので,誰もが彼女を無視することはできなくなった.
 私は以来ずっと,彼女の言葉「これがアタイのお乳ダヨー」と行動の意味を,起源を,考え続けてきたけれど,今もはっきりとはわからない.でも,それがうるさい生徒を黙らせるのに大変効果的だということだけは,身をもって理解できたわ.


 と,2ヶ月前からある学習塾でアルバイトをしている僕の恋人が語った.「身をもって理解できた」の「身」が中学生の彼女の「身」を指すのか,それとも学習塾で働いている現在の彼女の「身」を指すのか,僕には判然としなかったが.