OjohmbonX

創作のブログです。

アゴの話

 「クイズ$ミリオネア」を何気なく見ていたら画面の背景であった神田うのがアゴを思い切り引いて盛大な二重――もしかすると三重かそれ以上――アゴを披露していた.対抗して私は自室の鏡の前で今世紀最高の二重アゴを現出せしめた.ふうむ.縦横ななめ……どの角度から見ても完璧だ.合わせ鏡の間に二重アゴを置いてみる.おおおおぉぉ…….これまでに感じたことのない満足を得ながらも,胸を掻き毟りたくなるような悔しさが同時に込み上げる.こんなに立派な二重アゴを実現しているというのに,神田うのは知らない.彼女は自分が世界一の二重アギストだと思っている.違う,私だ! 急いで私は104へ電話をした.
「日本の神田うのさんの家をお願いします」
「……申し訳ありませんが番号をご案内できません」
「ふうむ.ではあなたで構いません.ういーん」
「…………」
「いかがですか.これが私の二重アゴです.ういーん」
 断りなくいきなり電話を切るなんて失礼な104レディだ.どうやら私のアゴを感ずるのに十分な感受性が育まれていないらしい.貧しく哀れな女.
 これまで意識の外にあったテレビの音がふいに耳に入ってきた.「ダイソンは違います.」この声! ダイソン社製の掃除機のCMの声.104レディとあまりに似ている.低く穏やかで明瞭な,毅然とした声.104レディとダイソン女の声の相似は何を意味するのだろうか.わからない……わからない…….部屋を回りながら考えに考えてもわからずにいたら,いつの間にかその場で自転していた.ふいに耳の奥でCMの声が立ち上がった.「ダイソンの掃除機は強力な遠心力でゴミを分離します.」なるほど,と思った.遠心力でアゴを送信すれば良いのか.真相がわかり,私はさらに自転の速度を速めた.速ければ速いほど,遠心力が強まるのだから.そういえば,104レディがつれなく電話を切ったのも,これだったのか.ダイソンCM女として,私に,正しいアゴの送信方法を知らせるために.ああ,苦しい.目が回る.浅田真央もそうだ.彼女も,フィギュアスケートにかこつけて,スピンや,ジャンプで回転しながら,二重アゴを送信していたのだ.世界中で,中継される.あまりに狡猾で,効果的な,送信方法.彼女にはかなわない.私は今,回り始めたというのに彼女は,10年以上も前から,私より年少だというのに,なんだ,このつらさ,目を回して,気分が悪いのか,嫉妬なのか…….私のアゴは,神田うのに,届いているのだろうか.パンスト御殿…….私も,うのも,真央も,アギスト……もちろん,104レディも,ダイソン女も,指導的地位のアギスト……もしかすると誰もが,アギストなのか.ああ,切ない.みんなの,世界中のアギストの心に,私のアゴは,届いているのだろうか.あああ……アゴアゴしちゃうぅーッ! どちらにせよダルシムなのだった.