OjohmbonX

創作のブログです。

電話

 母か父か運送業者以外にはかけてくることのまずない家の電話が21時半くらいに鳴ったから、「はい」と受話器をとってみれば、いきなり
「お母さんっ? 迎えに来てーっ」
と言われて、唖然として何も返せずにしばらくぼんやりしているあいだに
「えぇっ? お母さんっ、迎えに来てよーっ」
と、声変わり前の男の子か女の中学・高校生か、声だけでは判らない声で言い募る。
「あの……お間違えのようですが」
「えぇっ!? だから、迎えに来て、って言ってんじゃんか」
「……ですから、間違い電話なんです。番号をご確認ください」
「はぁーっ!?」
 そのまま電話は、切られた。どうやら頭がパーのようだ。男の私の声は決して<お母さん>ではあり得ないのに、とか、私は電話をかけられる歳になって以来かけ間違えた電話を謝らずに切るなんてことは決してなかったのに、とか、考えていたら、ふたたび電話が鳴り出したため、受話器をとって耳にも当てずに切って、置いた。
 この時間に<迎えに来て>と親に頼むのだからきっと塾帰りなんだろうなあ、とか、とっさに男子小学生か女子中高生を想像したけれど女の小学生かもしれないなあ、とか、考えていたら、ふたたび電話が鳴り出した。鳴り続ける電話機をしばらく見つめながら、このまま切れるまで待とうか、とも考えたけれど、出ることにした。
「はい」
「お父さん? 迎えに来てーっ」
「……違います」
「はぁーっ!?」
「だから、<お父さん>じゃあ、ないんですよ」
 近くにいる誰かに話しかけているらしく声がふいに遠くなって
「なんかー、お父さんじゃない、とか言うんだけどー……」
電話は、切られた。
 どうして、まるで私が間違えたようになっているのか。


 その後、彼ないし彼女からの電話はかかってこなかった。彼ないし彼女は無事<お母さん>ないし<お父さん>に迎えに来てもらえたのだろうか。彼ないし彼女は迎えに来た<お母さん>ないし<お父さん>へ車中で「さっき電話したらさーわけわかんないこと言われてー」などと語るのだろうか。滅びろ。