OjohmbonX

創作のブログです。

みんな、メイド・イン・ジャパン

「つらいことがあったら、これで元気を出しなさい」
 そう言って、私が就職のため実家を離れる前日に祖母は私に紙包みを渡した。その中身は、祖母フィギュア(10分の1サイズ)だった。祖母フィギュアはとても精巧で祖母に生き写しの上、腹を押すと「ふえぇぇぇぇぇ」、「チントンシャンテントンチントンシャンテントン」、「でもそんなの関係ねえ! そんなの関係ねぇ!」、「はい、オッパッピー」と、お笑い芸人・小島よしおの威勢の良い声がランダムで再生されるのだった。
「祖母フィギュアの髪は私の髪を使っているんだよ。ネットオークションに出品なんてしたら、承知しないよ」


 初めて渡された際に試しに何度か腹を押してみて以降、祖母の姿形をしたフィギュアから小島よしおの声が再生されるというのは気味が悪いものだから腹を押すことはなく、かといって目に付かないところにしまっておくのも悪い気がして、机の隅に座らせたまま気に留めることも次第になくなっていったのだったが、仕事のあれこれを考えてベッドの上で寝付かれずにいたある夜、唐突に「でもそんなの関係ねえ! そんなの関係ねぇ!」と威勢の良い叫び声がして私は驚駭した。私は、真に驚いた人は漫画のように飛び上がるものなのだということを体験的に知った。強い鼓動が一向におさまらないまま明かりをつけて机の隅の祖母フィギュアを手にとって、腹を押してみた。
チントンシャンテントンチントンシャンテントン
 私はとても、仕事に悩む私に「でもそんなの関係ねえ!」と祖母がメッセージを送った、などとは考えられもせず、しかしもちろん考えていた仕事のあれこれはさっぱり忘れて非常に緊張しつつ就床することになった。
 それ以来祖母フィギュアはどこかが故障したのか、何の前触れも無く突然、勝手に喋るようになった。しばらくは不愉快に感じていた私であったが、いつの間にか慣れ、ついには、出かけるときにタイミング良く「ふえぇぇぇぇぇ」と言われると、なんとなく「いってらっしゃい」と言われているようにも思えて嬉しくなりさえするのだった。


 職場で私が好もしく思っていたある女性を、数回の私的な食事なり何なりを経て、私の部屋に招待することになった。彼女は私の部屋の祖母フィギュアを目にして、言った。
「あ、こういう趣味があるんだ。でも私、ぜんぜん気にしないから! 大丈夫、いろんな好みがあるもんね!」
 これまで私に蓄積された彼女への好意があとかたもなく霧散して、目の前のこの女のアゴをすみやかにアッパーカットで砕いてやりたい、とその瞬間、私は切に思った。「こういう趣味」とは、何だ。何が、「大丈夫」なのか。
 しかし私は、装飾をほとんど全く好まない私の部屋に異彩を放って置かれたババアのフィギュアの恐ろしい精巧さに接して動転しているためにおかしなことを彼女が口走ったのだと好意的に解釈して、祖母フィギュアのいきさつを語った。
「ああー、なるほどね! フィギュアを渡す風習があるってこと?」
 彼女(の知的レヴェル)に対する私の疑義はいや増しに増したが、ともかく、私は彼女と性交した。
 もろもろの運動を経て私が射精に至る瞬間、「はい、オッパッピー」と小島の声がした。彼女は、
「えへ、オッパッピー、出ちゃったね」
とほほえんだ。
 そして性交を終えてベッドの上で私の傍らに横たわっていた彼女はあろうことか
「おばあさんに見られてるかと思うと、私、燃えちゃった」
と言ったから私は、彼女の眉毛を全て引っこ抜いてやりたい衝迫を抑えがたく感じたのだったが、その数ヵ月後に私と彼女とは結婚した。


 自らの意思を伝える言葉を獲得し始めた息子や懐妊8ヶ月の妻に近頃小島よしおの声を聞かないと指摘され、世間が飽きたからだと私は答えたのだったが、二人が言うのはそうではなく祖母フィギュアのことだった。私は、久しぶりに祖母フィギュアを手にとって腹を押した。祖母フィギュアは消え入りそうな声で「はい、オッパッピー」と言い、それ以上は押してももはや一言も発さないのだった。
 その日、祖母が死んだ、といったことはもちろんなく、電話で母から聞くところによると85歳の祖母はもはや誰もが忘れ去った小島よしおのネタを未だに地域の老人会で披露しているそうだし、祖母フィギュアの電池を換えたらまた元気よく喋りだしたのだった。


この前ね、映画を見に行ったんですよ。すごく久しぶりだったから勝手がわからなくて「オーシャンズ・セヴンティーンを、ババア1枚」とチケット売り場で頼んだんです。そうしたら売り場の小娘が「ああ、シルバー割引ですね」っていうから「汁婆」? 私ぁ、ババアだけど汁はまだ垂れてないわ! って怒鳴ってやったの。そしたら小娘、おどおどしてやがるから、人のこと馬鹿にするからこうなるんだよ、いい気味だ、と思っていたらふと「シルバー割引:1000円」というのが目に入った。
やべぇ……シルバーを汁婆だと勘違いしてた……
下手こいたー
デデデン デデデン デデデン デデデン
ふえぇぇぇぇぇっ それ、それ、それそれそれそれ イェーイ!
へぇい、田中よしえの怖い話、いかがでしたかあ
それでは後半戦、うぇあ、はじまるよーっ
あ、シルバーわからない、ボケがはじまった?
でもそんなの関係ねえ! そんなの関係ねえ!
奥歯が一本、今朝ぬけた
でもそんなの関係ねえ! そんなの関係ねえ!
はい、オッパッピー