OjohmbonX

創作のブログです。

成長譚

 私は、同級生に恋をしている。おぼこ太郎に恋をしている。まだ小学2年生だというのに!
 といったことを父に伝えた。
「ダメよ。だって、得体が知れないじゃない」
 そう言って父はおぼこ太郎をしりぞけ、かわりにハムスターを薦めた。というのもテレビアニメ『とっとこハム太郎』および『とっとこハム太郎 はむはむぱらだいちゅ!』を6年弱あまさず視聴した父にとって、ハムスターは得体が知れているからだ。
 さっそく私はおぼこ太郎の家に向かった。おぼこ太郎の父は私を家に入れようとせず、玄関先で済まそうとしているようだった。
「うちの子の同級生だかなんだか知らないけれど、あなたのような得体の知れない女子小学生にお渡しするハムスターはないの」
 私は土下座した。
「女子小学生が土下座なんて、ますます得体が知れないわ。イヤンイヤン!」
 土下座のポーズからおもむろにカエルのごとく跳躍した結果、私の頭頂はおぼこ太郎の父の股間へしたたかに衝撃を与えた。おぼこ太郎の父は「きゃふうん」と短く叫んだきりうずくまった。おぼこ太郎の家に上がり廊下を進むとトイレのドアが開いていて洋式便所に座って放尿する青年に対面した。
「得体の知れない女子小学生があたしの股間を凝視している! 見ないで! あたしは洋式便所では座って放尿するタイプのおぼこ太郎の兄なの!」
 私は驚駭した。なぜならおぼこ太郎の兄の陰茎があらぬ方を向いているせいで、彼の尿の一切が便器の外へと放たれていたからだ。便器の外に放尿するスタイル! 私は生まれて初めてのカルチャーショックを経験した。
「うふ。びっくりしてるみたいね。そりゃあ誰だって驚くに決まってるわ、どうして弟なのにおぼこ『太郎』なのか。そして疑問に思うわね。あたしの名前がなんなのか。あたしの、名前は、おぼこフィーバー!」
 トイレの扉を閉め、客間でおぼこ太郎の母と談判した。
「冷凍ハムスターではご満足いただけませんか」
「わたくしの要求はあくまで生ハムスターです。冷凍ハムスターはレンジで解凍したところで蘇生しはしませんから、ハムスターとの愛をはぐくむというわたくしの本懐は到底遂げられるものではありません」
「しかしわたくしどもは生ハムスターを持ち合わせておりません……」
「そうでしたら、生ハムスターに釣り合う別の何かをご用意して頂かなくてはお話になりません。たとえば、『おぼこ太郎ベストセレクション』ビデオ全12巻……」
「ああ、どうか、そればかりは、どうかご勘弁願います。あれは、わたくしどもの至宝なのです!」
「お母様は何か大きに思い違いをなされていられるようです。あなたがたにとっての至宝はおぼこ太郎そのもののはずです。それを、あろうことかおぼこ太郎を差し置いて、たかがビデオを至宝などとおっしゃるのは、はなはだしい見当違いです」
「それもそうですね。全12巻を差し上げます」
「持ちにくいので袋を下さい……ああ、ポリ袋は透けて中身が見えるのでみっともないですから、紙袋か何かを……やはり小学2年女子のわたくしの手にビデオ全12巻は余るようです。DVD版はないのですか? ……ふうむ。いまどきDVD版を用意していないのですか。では仕方がありませんから、結構です。後ほどビデオを自宅へ届けてください」
「ご希望の配達日時をお伺いします」
「今日のいま以降でしたらいつでも結構です」
 おぼこ太郎の家からの帰途、思いがけず見知らぬ中年男性が5匹の生ハムスターを散歩させていたためこれを根こそぎ強奪したところ中年は「イヤンイヤン! あたしの『ハムちゃんず』がー」と通りがかりの若い男性警官に訴えた。中年男性による猥褻行為の見返りにハムスターを受け取ったのだと私が騙ると警察官は「どんだけ〜。ロリコンどんだけ〜」と言いながら中年を取り押さえようとしたため、その間にその場を離れた。私は、世の中とは何と不条理であるものかと、小学2年生にしてしみじみ感じた。私は帰宅した。
「生ハム、チョベリグ!」
 生ハムスターは酒の肴にちょうどよく、父は上機嫌だった。私も苦労して手に入れた甲斐があったと、とても暖かな気持ちになった。帰宅するとすでに『おぼこ太郎ベストセレクション』ビデオ全12巻は届けられていた。第1巻をさっそく再生した。
「ぼくは、トイレでおしっこしないタイプのおぼこ太郎だよ!」
と元気よく自己紹介をしながら着衣のまま各種電化製品の上でだらしなく尿を漏らしてゆく50分ほどのファーストシーンは、あまりに鮮烈だった。このヴィデオ作品により、父におぼこ太郎の得体が知れた。
「ヴィデオ、チョベリグ! 得体まるわかり!」
 父の許諾を得た私は翌日の学校でおぼこ太郎に愛の歌を歌った。つまり、朝のホームルームでC-C-Bの「Romanticが止まらない」を絶唱した。


誰か Romantic 止めて Romantic
胸が胸が苦しくなる
惑う瞳に甘く溺れて
Hold me tight せつなさは止まらない


 返答としておぼこ太郎は三木道三の「Lifetime Respect」を歌った。


一生一緒にいてくれや
みてくれや才能も全部含めて
愛を持って俺を見てくれや
今の俺にとっちゃお前が全て


 はたと私は、私がおぼこ太郎の「みてくれ」に一切の魅力を認められず、長時間にわたって小便を小出しに出せるという「才能」にも魅力を認め得ないことに気づき、「一生一緒にいてくれ」とか「俺にとっちゃお前が全て」などと言われることに寒気を覚えるのだった。


俺を信じなさぁい


 なんて言われてもねえ。「おぼこ太郎」なんて珍妙な名前のやつを、どうやって信じろって言うの?