OjohmbonX

創作のブログです。

日本の未来を背負って立つ若者たち

 世界最高・最先端の技術力をほこるビヨンセ人形(5分の1サイズ)の製造会社へ、期待に胸ふくらませ入社したヌル岡(24)はしかし、はなはだ退屈していた。新入社員280人を対象とした講義の内容が、こけしの歴史についてであったためである。
「日本の魂、こけしを知らなくては、いいビヨンセはつくれません」
 講師はそう言ったがヌル岡にはとても信じられず、前の席に座る小太りの同期の男の背をただぼんやり眺めるばかりであった。
 何だかごちゃごちゃした柄だなと男のシャツの背を眺めていたところ、それはただの柄ではなく迷路になっていることに気づいた。右肩のあたりにごく小さく「S」と書かれたスタート地点を見つけてヌル岡は講義を忘れて熱中し始めた。しばらく進めるうち、背もたれに遮られて先へ進めなくなってしまった。
「ごめん、前のホワイトボードが見えずらくて……ちょっと前かがみになってもらってもいいかな?」
 小太りの迷路シャツ男は嫌な顔をするどころかヌル岡に謝りさえして、素直に机にうつ伏せた。そうしてヌル岡は迷路の探索を再開することができたのだが、しばらくゆくと、先が男のズボンの中へと入っていき辿れなくなった。
「ごめん、前のホワイトボードが見えずらくて……ちょっとシャツの裾を出してもらってもいいかな?」
 小太りの男は、シャツの両脇をつまみかけた手を止めて言った。
「だめだよぅ、ママが、シャツ出したら風邪引いちゃうからダメって、言ってたもぅん」
「でも、僕は、ホワイトボードが見えづらいのです!」
 ヌル岡は男のシャツを無理やり脱がそうとした。
「やめてよぅやめてよぅ、ぼくたちは同期だけど、シャツの裾はいれなきゃダメだよぅ、そこはケジメだよぅ」
 小太りの男は両掌から油のような分泌液を盛んに出すことにより、ヌル岡に抵抗した。
「ちょ、ちょっとだけでいいからさ! 僕がホワイトボードを見る間だけ、裾を出しておくれ!」
 これに感化された278人の新入社員たちもまた、前後左右の者と裾の出し合いせめぎ合い、あげく横着者に至っては自ら裾を出す始末。
「みなさん聞いてください。私は講師ですけど、みなさんは私がするこけしの話より、裾を出したりするほうが好きなんですか? だったら、ウチみたいなビヨンセ作る会社じゃなくって、裾を出す会社に入ってください。裾を出すなら、ここから出てってください!」
 転職したくない安定志向の新入社員278人はその一言で裾を仕舞い、静まり返ったが、2人の攻防はまだ続いていた。
 そうしてついに出ちゃった。裾が。小太りの男の、迷路になったシャツの裾が。
 しかしそこに、ゴールはなかった。


 この事件にヒントを得たヌル岡は、こけしビヨンセの融合を果たした全く新しいビヨンセ人形をみごと開発し、その功績によりノーベル賞ビヨンセ部門を受賞するに至った。会場にはビヨンセ(本物)が来場していた。ビヨンセ(本物)は親切なタイプのビヨンセだったため、日本の見知らぬ男・ヌル岡へ心優しく声を掛けたが、ヌル岡は英語がわからなかった上ビヨンセそのものにはあんまし興味がなかったため、無視し続けた。ビヨンセ(本物)はちょっと傷ついたけれど、CDが結構売れててお金が入ってくるのでトータルすると幸せな方だった。