OjohmbonX

創作のブログです。

たなごころ

 俺はもはや確信した。この若い面接官の男は、俺に期待をしている。
「いやあ、踏んだり蹴ったりでした」
 本命の会社の最終面接で俺が答えたときのことだった。二人いる面接官のうち、若い方、32、3歳くらいの男の反応に、おやと思った。
「そうですね、学生時代にはサッカーをしたり、野球をしたり……」
 俺はもはや確信した。この男、俺に、ラジバンダリを期待している。


 「雨が降ったり、止んだり、ラジバンダリ」、「笑ったり、泣いたり、ラジバンダリ」。お笑いコンビ、ダブルダッチの西井扮する外国人女性ジュニタ・ラジバンダリは、会話の隙を見て自らの名前で韻を踏む。無意味に勢いをつけて自分の名を言いながら、ポーズを取る。
 体格の良い西井によるラジバンダリ……俺は、むやみにでかい女装男に、ちょっとグッとくる。
 まあ、そんなことはどうでも良いが、こんなところで俺にラジバンダリを期待されても困る。そんな非常識なことをすれば面接に落ちることなど目に見えている。面倒なことにならぬよう「〜たり」を避けて会話を進めるよう努めるが、
「行き当たり、ばったりで……」
 避けきれるものではない。期待した眼で俺を見る。もう一人の面接官は何も気づいていないようだった。
「似たり、寄ったり」
 物欲しそうな眼で俺を見る。ああ、やめてくれ。わざとじゃないんだ。
「願ったり、叶ったり」
 ああぁ、そんな眼で俺を見るのはやめてくれ。俺はただ、御社に受かりたいだけなんだ!


 それにしてもこの男の反応は面白い。ありありと表情に、眼に、期待や落胆があらわれる。そうして徐々に過敏になってゆくらしい。もはや俺が何か言おうと口を開くたびに、一言一句たりとも聞き漏らさないとでもいうように身を乗り出し口を半開きにさせる。俺が顔を掻こうと右手を上げかけた素振りに、びくりと身体を震わせたのにはさすがに苦笑させられた。
 こうなると俺も、面接中という意識の一方で、もう少し反応を楽しみたく思うのだった。
「魅力なのはやはり、御社の技術力だったり、マーケティング力だったり……」
「……」
「……」
「……そ、それで!? それから後なんかあるでしょ、遠慮しないで言ってみて!」
「福利厚生ですかね」
「惜しい! ちょっと違うなああ、いや、いや、気にしないで、じゃあ次、趣味!」
「プラモデル作りだったり、漫画を読むことだったり……」
「で? で?」
「……ラジ」
「!」
「……コン」
「いひいぃぃっ! お願いしますぅ、もうちょっとなんですぅ、もう、何でもいいから、なんか言ってくださぁい」
 息遣い荒く、ついによだれさえ垂らしている。
「じゃあ、好きな漫画雑誌を挙げてみます……ガンガンだったり、チャンピオンだったり」
「あぁぁ」
「……ジャン」
「ラジバンダリッ!」
 こいつ、自分で言いやがった!
「これでしょ!? 君はこれが言いたかったんだよねっ? でも大切な面接だから言えなかったんだよね、つらかったよね、ぼくが代わりに言ってあげたからね、もう大丈夫だよ、君もう合格だから、ぼくが、たとえぼくが会社を追われても、君だけは入れてあげるからね!」
 ハァハァ息も苦しげに筋の通らぬことを言い出した男に、横の年配の面接官は、やれやれ、といった表情を示すのみだった。驚いている風でもなく、はなから知っているらしかった。これまでにも何度か――あるいは、何度も――経験があるのかもしれない。
 だったらなぜ、こいつを面接官にした。


 そうして俺がこの会社に入社したのは、どうしてももう一度、あれをやりたく、あの昂りを味わいたくて堪らなかったからだが、あの男に社内で出会って声をかけたところが、
「自分とこの社員だと思うと、興奮しないんだよね」
 と一笑に付して歩み去っていった。
 俺が遊んでやっていたのではなく、俺が遊ばれていたのか。