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創作のブログです。

怪談・耳だらけのホウイチ

 目が覚めるとホウイチは、耳だらけになっていた。


 階下へ降り、居間のドアーの前に立ったホウイチを見て母親は驚いた。
「ちょっとホウイチ、あんたどうしたのよ」
「朝起きたらこうなってて……」
「いっつも遅くまでファミコンやってるからよ!」
「ちがうよ、Play Station 3だよ」(ホウイチは英語塾に通っていたから、"Play Station 3"の発音が上手だった。)
「ああ、うるさいね。おんなじよ」
「Play Station 3...」
「うるさい!」
「PLAAAAAY STYYYTIOOoooooNnn...Th, Th......THREEEEEAH!!!」
「黙れ!! ああ、もう、ほんとむかつくわ。そんな性格だから耳だらけになるのよ」
「ちがうよ!」
「何が違うのよ。じゃあ何で耳だらけになったのよ」
「それは、わかんないけど……」
「ほらみなさい。やっぱりあんたが悪いのよ。まったく、ああいやだ」
「ちがうってば。ぼくのせいじゃないよ!」
「じゃあ誰の所為だって言うの? お母さんの所為?」
「いや、ちがうけど……」
「だったらあんたの所為じゃない。いやになるわ。人の所為にしようとして……」
「ちがう!」
 それからホウイチがどれほど弁明しても取り付く島もない。慰めや労りなど与えられない。ついには「ああもう、うるさいね。別にどっちでもいいわよ。早く朝ごはん食べなさい」と一方的に終わらせようとされる。あまりの理不尽さに悔しくて悔しくてじわっと涙が溜まると、「なぁに、泣いてるの? あんたは小さいころから泣き虫だったよね。おおよしよし」と母親は急に母親の顔をして、ゆっくりホウイチを抱きすくめようと手を伸ばしてくる。ホウイチは泣きわめいて母親の腕を撥ね付けるほかない。この抱擁を受け容れるわけには断じてゆかない。そんな一方的な優位は許されない。
 母親はそれをむずかり、拗ね気としか見ない。ごまかしを拒絶してあくまで対等でフェアなコミュニケーションをひたすら求める悲痛さをそこに見る想像力を持ち合わせていない。ぬうっと伸びる腕から必死に逃れる。母親はそこに微笑ましい親子のじゃれ合いの光景を信じて疑わぬが、ホウイチにとっては切実な、負ける訳にはいかない闘争にほかならない。人の原理を賭けた闘争。必死に泣きじゃくって息も絶え絶えに逃れる子供を、ニヤニヤ笑いを浮かべて嬉しそうに捕まえようとする。
 ついに抱きすくめられ、背をなでられる。母親の満足し切った顔と、ホウイチの絶望し切った顔。


 疲れ果てて呆然と飯を食って家を出る。とぼとぼ登校する道すがら憂鬱になる。母親についてもさることながら、この後同級生にいろいろ言われる煩わしさを思うと憂鬱になるのだった。教室に入るとすぐに級友が集まってきてニヤニヤしながら
「あれ? 耳だらけじゃんかー」「イメチェン?」
「違うし。ただ耳だらけになっただけやし」
「えぇー? ほんとー?」「かっこつけー」「イメチェン?」「お母さんにやってもらったの?」
「ああもううるさいなあ」
 しかし子供たちはすぐに慣れて何も言わなくなった。


 どれだけ同級生たちがホウイチにボールをぶつけようと必死になって投げても、軽々と避けられる。昼休みにドッジボールでホウイチはヒーローになった。何せ後ろから飛んできたボールを見もせずに避けられるのだ。ホウイチの耳たちは通常の人間の感じられる音量、周波数よりはるかに幅広く感知し、音にすらならない空気の揺らぎを知る。さらに様々の場所に耳があるために音源の位置の特定を精確ならしめる。まるでニュータイプであった。ホウイチは得意になってその後、「あー、うるさいなー、ぼく、耳だらけなんだからもっと静かにしゃべってくれる?」とか、「耳だらけだから重いもの持てないなー。持ってよ」とか言っていたらすみやかにハブられた。
 そういえば、ホウイチは英語が上手ってことで天狗になって、ついこの間もハブられたんだった。
 ごめん、って言ったらみんな許してくれた。
 ホウイチはまたちょっと大人になった。


 なんか誤解されるといけないので補足しますけど、「ホウイチはまたちょっと大人になった」っていうのは、ホウイチのちんちんに毛がはえたことを暗に言ってるんですよ。それ以外の意味はないです。