OjohmbonX

創作のブログです。

一人負け

 妻と向き合いに座禅を組み合う。互いに静かに目を閉じ、心を安らかにする。何も考えず、世界と自分の境界も取り払われる。妻の存在がすなわち自分の存在となるようになる。そう「思われる」とか、「感じられる」とかいう風でなくて、ただそう、「なる」のだ。時間の感覚はとうにない。この状態の中で光の粒のようなものが、ふいに現れる。最初は淡く弱い光が、徐々に育ってゆく。これが、生命の萌芽だろう。ゆっくり目を開く。
「今日はこれくらいにしておこうか」
「明日も早いことですし、もう寝ましょう」
「今日のは今までで一番上手くいった気がするよ」
「そうですね」


「そういえば先輩って子供つくらないんですか」
「そんなことないよ。昨日も子作りに挑んだよ」
「お盛んですね(笑)」
「盛んっていうか、静かだよ」
「え、マグロなんスか」
「何が?」
「奥さん」
「人間だよ。魚類はむりだよ」
「そうじゃなくて……いや、なんか、すいません……」
 後輩のタカハシは仕事もできるし、素直でいいやつだ。事務のさっちゃんと付き合っており、もうすぐ結婚するらしい。できちゃった結婚。さっちゃんもタカハシも若いからいい。しかし、私も妻ももう40近い。そろそろ子供を生むのにも育てるにもリスクが大きくなる。毎日子作りに励んではいるものの、まだ子供はできない。
 小学生のとき、私は同級生から子供の作り方を教えられた。
「お父さんとお母さんがね、チュウすると子供ができるんだよ」
「チュウってなに?」
「えー。チュウ知らないの? 口と口をむちゅーってさせるんだよ」
 唇を重ねるだけで妊娠するなど、浅はかな子供らしい発想で今思えば微笑ましい。もちろん中学生、高校生と長ずるにつれて私は様々な文献を調べ、独自に究め、正しい知識を得た。チュウとはすなわち「宙」であり、それは仏教との連関を持った行為である。悟りを開く、というのに非常に近い。宙とはこの世界を充満する何か、世界そのものである。夫婦の精神が極限にまで宙と一体化し、すなわち夫婦が真の意味で融合せられるとき、子を授かると、私は突き止めた。「お父さんとお母さんが宙すると子供ができる」のである。
 なお、互いの唇を重ね合わせる――場合によっては、舌をからめ合う行為は、みなさんご存じの通り、宙ではなくキスである。子供の他愛ない勘違いだ。


 とうとう妻が妊娠した。私は狂喜した。やはり、あの晩に見たあの淡い光が私達の子だったのだろう。妻の腹はみるみるうちに膨らんだ。


 出張が予定より早くに済み、しばらくぶりに家へ戻った。妻を驚かせようと音を立てぬよう家に入り、リビングの扉を一息に開けたら、ソファの上で仰向けに横たわった腹の大きな妻の上にタカハシが覆い被さったままの姿勢を固めて、二人とも全裸で目を見開き、口を半開きにしてこちらを呆然と見ていた。
 タカハシの顔はたちまち真っ青になった。人の顔が血の気を失う様を初めて目の当たりにして私は興奮していたが、一方でなぜタカハシが血の気を失うのか不思議であった。タカハシは何をしているのだろうか。妻の腹の中にいる私達の子の胎動を聞きにでも来たのだろうか。
「タカハシと妻は何をしているの?」
 タカハシはしどろもどろになって全く要領を得ない。
「最初、は、2年くらい前に初めてで、その、奥さんに誘惑されて、ああ、いや、こんな言い訳、だめですね、全部、俺が悪かったんです、その、だから、先輩の子は、もしかしたら、俺の」
「うーん、で、何してたの?」
「何って……」
「セックス?」
「え、あ、はいぃ」
「あれ、タカハシもセックスのファンだったんだ」
「え?」
「え?」
「え?」
「あなた、セックスをご存じだったのですか?」
「うん。さっちゃんに教えてもらった。さっちゃんとは結構セックスしてるよ。タカハシからもお礼言っといて」
「ちょっと待ってくださいよ、じゃあ、あいつの腹の中の子って、先輩の子か俺の子か、わからないじゃないですか!」
「なんで? さっちゃんとチュウはしてないよ」
「え、キスしてないんですか」
「キスはしたよ」
「え?」
「え?」


 妻もまたセックスのファンであると明らかになったため、妻とさっちゃんと私は積極的にセックスを楽しんだ。本当はタカハシも交え、あるいはタカハシと一対一でもエンジョイ・セックスしたかったが、何故かタカハシはその後、失踪した。さっちゃんはシングルマザーとして立派に子を産み、育てている。
 一方、私と妻は宙にも励んだため、二人目の子を授かった。さっちゃんも二人目の子を授かった。タカハシと遠距離で宙してるってことかな。すごい。若いのに、宙を窮めてる。


「ねえお父さん、どうやったら赤ちゃんはできるの?」
「宙」
「え?」
「え?」