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OjohmbonX

創作のブログです。

剣先に 力を込めて 放つ夏

 剣道、全中、個人戦、決勝。相手は斎藤、去年2回戦で敗れた相手だ。これで中学最後の大会だ。主審が宣告する。
「始めッ!」
 俺と斉藤は蹲踞から中段に構えたまま腰を上げる。互いに気合の声を張り上げる。
「わたし、きれい?」
 大きなマスクをした女が突如現れた。口裂け女だ。奇麗と答えればマスクを外して裂けた口を露にし「これでもきれいか」と叫んで児童を八つ裂き、奇麗じゃないと答えれば児童を八つ裂きにするあれだ。
「わたし、きれ」
「メェーン、メェーン、メェーン、メェーン、……」
「面有りッ、面有りッ、面有りッ、面有りッ、……」
「わ、わた、わた、き、きれ、きれ、き、き、……」
 口裂け女の頭部への乾いた打突音と、俺と審判の気合だけが会場に響き続けた。
「胴ーッ!」
「胴有りィ!」
 口裂けに面する俺の脇に回った斎藤が、胴を鮮やかに決めた。あと一本取られるか時間切れで俺の負けだ。後がない。面に集中して胴の防御を疎かにしたのはまずかった。戦術を切り替える必要がある。
「始めッ!」
「コーテコテコテコテコテコテ……」
「小手有り有り有り有り有り有り……」
「う……う……いたい…………う……ぐ……」
「面ッ!」
「面有りィ!」
 俺の夏が、終わった。やはり斎藤は段違いに強い。


 斎藤が優勝、俺が準優勝、口裂けが敢闘賞を受賞した。口裂けの前腕は何故かぐちゃぐちゃだったためトロフィーを受け取ることができない。
「わたし、きれい……?」
 口裂けの顔面もまた、何故かぐちゃぐちゃになっていた。主審は諭すように言った。
「顔は問題でない。心の美しさなのだ」
「これでもかー!」
 口裂けは半泣きでマスクを剥いだ。
「これでもかー!」
 主審も負けじとコートの前を勢いよく開く。下は全裸だった。東西都市伝説の対決。口裂けは全泣きした。「これでもか」と言うほどでもない主審の股間に哀れを感じたか。あるいは受賞が嬉し過ぎたか。斉藤は竹刀の先で主審の股間をつつき始めた。耳まで真っ赤に染めて目を吊り上げ、何か呟いている。「俺の……最後の試合……お前ら……台無しに……」かなり的確に一点へ剣先を集中させて突き続ける。さすがは斉藤だ。中学生とは思われぬ技術。しかし、中学生は「突き」を禁じられている。これは反則だ。俺はすかさず他の審判たちにアピールした。俺に優勝が転がり込んでくるかもしれないんだぜ。こんなチャンス逃せるかよ。この際、斉藤の心証を悪くするためにも加えて斉藤の悪口を虚実織り交ぜて審判にアピールした。「みなさーん、斉藤は学校のウサギや、果てはPTAとかを殺戮してると思いますよ!(ウサギやPTAはこの後スタッフがおいしくいただきました)」


 2階席から母がビデオで撮影していてくれた。他の審判や観客に斉藤の悪逆無道を、手振り身振りでアピールする俺。ロングコートの前をはだけさせた全裸の恍惚の表情を浮かべる主審の股間を竹刀で執拗に突き続ける恍惚の表情を浮かべた斉藤。前腕が力なくだらりと垂れたまま腫れ上がった顔で号泣し続ける傍らの口裂け女
 本当の武道の心が、ここにある。ビデオは、いつまでも色褪せることなく武道の心を記憶し続ける、素晴らしいメディアなのである。