OjohmbonX

創作のブログです。

二人並んですまし顔

 汚ひなさまは容姿は悪く学もなく、他者へ与えるということを一向に知らぬ女であった。
「馬鹿じゃないの、金も無いゲテメン(注:イケメンの対義語)のあんたなんか……」
 身の丈によくあった――気性まで勘案すればもったいない――汚だいりさまからの交際の申し出を悪し様に断り、汚ひなさまはひな壇をよじ登り始めた。
「あたしは、高学歴・高身長・高収入のイケメンおだいりさまと一緒になるに決まってる」
 己が他人へ何を為すかをいささかも問うことなくひたすら、他人が己に何を為し得るかを問うて恥じぬ女。しかも今時「三高」などと、バブルを引きずっているのである。しかし腕力はすさまじかった。両腕を伸ばしても届かぬ一段目の端に飛びつき指先をかけたかと思うと、そのまま懸垂の要領で腕、肩に力を漲らせてよじ登るのである。自重を上回る十二単の重ささえこの驚異的な汚ひなさまの腕力を阻むものではない。(ところで汚ひなさまはルーズソックスを着用しており、ヤマンバ・ガングロメイクである。バブルも、バブル以後も、千年前もひとしく引きずっている。)
 汚ひなさまはパワフルに次々と段を登って行った。左大臣と右大臣を逆レイプし、隅でがたがた震える五人囃子を横目に受け流し、三人官女と髪を引きちぎり合い女の戦いを制し、ついに最上段へ登り詰めた。
「俺、君にふさわしい男になったかな」
 優しく笑うおだいりさまは、かつての汚だいりさまだった。眉や髪を整えてみればあまりにイケメンだった。
「あらためて言うよ。愛しています。俺のおひなさまになってください」
「ふはっ」
 汚ひなさまは、ぶひいっ、ぶひい、と笑いが止まらなかった。
「馬鹿じゃん? あんたなんかただの成金じゃない。あたしは生まれついてのプリンスじゃなきゃイヤよ」
 おだいりさまは悲しそうに笑って汚ひなさまに詰め寄った。段の端まで追い詰められて汚ひなさまは覚悟した。犯される……
 そんなわけはない。おだいりさまに腹を正面からしたたかに蹴られ、汚ひなさまは転げ落ちてゆく。それをげたげた笑って指を指すハゲ三人官女、相変わらず隅でがたがた震える五人囃子、憔悴しきった右大臣と左大臣
「君がいないならこんな地位いらないんだ」
 段を飛び降り、おだいりさまも後を追って転がっていった。


 二人並んですまし顔、とはいかぬものである。


 この一部始終を今年幼稚園に上がる加奈ちゃんは偶然目撃した。最上段から自分の足元へ転がり落ちてきた汚ひなさまとおだいりさまを見下ろして震撼した。
 たまたまそこへ母親が通りかかる。
「加奈ちゃん、おひなさまにおいたしちゃ駄目じゃない」
「かなちゃんがやったんじゃないもん!」
「黙れ図々しい」
 加奈ちゃんはしょっちゅう虫さんを分解したり、スライムを眠る両親の口腔へ流し込んだり(父親は運悪く窒息死)、とてもおいたざかりだったからママは信じてくれなかった。
「だってママ、おかしいじゃない、こんなガングロおひなさま」
「そんなことママ知らないわよ、90年代末からそうなったのよ」
 あらためて汚ひなさまを手に取った加奈ちゃんは、急に怖くなって思わず汚ひなさまの首を引きちぎった。
「げえーっ! もうママ怒った。罰として晩ごはんはゴミよ」
 そういうわけで加奈ちゃんは生ゴミを食べている。口元へ運ぶたび悪臭に吐き気を催す。それでも口に詰めて飲み下す。泣きながら、ねえ加奈ちゃん、苦しいでしょう? 今まで生きてきた中でいちばん苦しいでしょう? でもね、すぐにもっとすごい苦しみを知るよ。ねえ加奈ちゃん、首を引きちぎられたくらいであたしが死んだと思ってる? 甘いよ。