読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

OjohmbonX

創作のブログです。

高校生、この青春だらけの生物どもを!

「被害者はバールのようなもので殴られ、」
とニュース番組でアナウンサーが言うのを聞いてユカリは激怒した。私は頭突きで死なせたのに、バールだなんてひどい。そういうわけで、ユカリはさっそくおでこに「バールではない」と油性ペンで書き込んだ。


 昨日の朝、学校に遅刻しそうで食パンを咥えたまま走っているとユカリは曲がり角で誰かに激突した。舌打ちした後に「殺すぞ」とドスを効かせて吐き捨てた相手は絶好のイケメンだったから慌てて「それか、付き合ってあげてもいいけど……」とユカリはとりなした。しかし男は道に伸びたまま泡を吹いており、折角の提案を聞いていなかった。ユカリは彼を諦めて学校へ急いだ。男はユカリの学校の制服を着ていた。
「みなさんに転校生を紹介します」
 女教師は黒板に「大塚英之」と大書きした。
「彼は今朝、死にました。それではみんなで生前の彼を偲びましょう」
 女教師はスクリーンを引き下ろし、スライドを映した。幼少期から最近までの、様々な大塚が次々に映し出された。このスライドショーは死者に対する特別の措置ではない。転校生が出現するたびに行われる、人間関係を円滑にする儀式なのだ。これは日本のほとんどの小中高校で実施されている。仮に貴様らがこの儀式を知らないとすれば、それは貴様らの出身校が異常だっただけだ。得体の知れない転校生が突然やってきてスライドショーも無しに共に生活するなど、異常事態以外の何事でもあり得ない。その異端を恥じて貴様らはただちに死ね。さあ、その目の前の電子機器を見限って出掛けよう! 女子高生など生ぬるい、貴様らは道の曲がり角で力士に激突されて死ね。一方で私はこの正常な事態を語り続けるだけだ。スライドショーがあってこそ、子供たちは安心して転校生を受け入れられるというものだ。
 ショーはエッチな場面に突入していた。子供のころから何の苦労もなく保持してきたに違いない滑らかな褐色の肌の下に、動物としての動きをもたらすのに過不足ない薄い稠密な筋肉をまとった腕、肩、背、腰、太ももをその画面に光らしていた。そして彼は新しい同級生たちが見知らぬ女と性交をスタートさせた。画面の下部に「マキ」と白い文字が表示された。それが女の名だった。
 性的な部分を見届けて同級生たちは転校生をついに受け入れるが、受け入れればそのまま喪失感になる。手足の長い褐色の彼はすでに死者なのだ。そもそも自分の中に位置を占めぬ者共は生死にかかわらず喪失とは無縁だが、位置を占めたと思った瞬間すでに大塚英之は空位だったのだ。この軽い驚きと落胆、「偲ぶ」と教師が呼んだもの。
 しかしユカリに至っては偲び過ぎて発狂しそうだった。何せこの空位を生ぜしめたのは自分なのだから。しかもこの空位、あり得なかった大塚英之の大きさは他の同級生たちの比ではない。初日の転校生と激突するという特権に浴するなら当然、紆余曲折を経てあの褐色のハンサム・ボーイと相思相愛に至ることを物語が、人生が要求しているのだ。それを勝手に死にやがって! この辱めをどうしてくれるの!
 叫びだしそうになるのを押し止どめたものはあの一瞬の接触だった。互いの額が触れ合った瞬間の存在、彼の人生の最後に触れたのはマキという名の女ではなく、私。しかも二人しか知らない生命のやり取りを伴っている。これは皆の視線にさらされた性交などよりはるかに特権的なできごとじゃない? それをバール? 皮膚と皮膚、その向こうにある骨と骨の接触を、バールのような一言で片付けるなんて絶対に許せない!
 そういうわけで、ユカリはさっそくおでこに「バールではない」と油性ペンで書き込んだ。


「それは校則違反です」
 ほかに誰もいない閉め切った美術準備室へユカリを連れて入った女教師は諭すように静かに言った。
「でも、先生、私は子供のころ『天使のおでこ』と呼ばれていたのに、それをバールなんて、許せないんです」
「昔ね、ジャンプが全盛期だったころキン肉マンに影響されてみんなが額に『ミート』と書いたわ。彫刻刀で彫ってインクを流し込む生徒までいた。それで『額に文字を書いたり彫ったりしてはいけない』という校則ができたの。だから、キン肉マン二世のときは大丈夫だった。でもここであなたの振る舞いを許して、みんなが文字を書いてもいいんだと思う、そしてまたゆでたまごが新しい漫画を書いたら……そのときは終わりよ。もう止められない。若いパワーで行く所まで行ってしまう。たぶん文字の形に埋め込んだLEDをギラギラに光らせたりすると思うの。デコおでこね。こわいわ。電力も消費するし。子供たちって残酷な生き物だから、私たち大人が正しい道に導いてあげなきゃいけない。ちゃんと額にLEDを埋め込まないタイプの大人に。だから、ね」
 女教師は何か液体を湿らせた白いガーゼでユカリの額を優しくこすった。ユカリは抗わなかった。
「はい、これで大丈夫よ」
 女教師が差し出した鏡に映るユカリの額には、「ではない」が消され「バール」だけが残されていた。何が大丈夫だ。いぎぎぎぎ、とよくわからない音をユカリは喉の奥から発し、みるみる驚駭に満たされてゆくユカリの顔の映る鏡が乱暴に投げ捨てられ、その向こうから喜色満面の女教師の大顔が眼前まで迫った。
「ハーハハハッ、お前はバールだよ! 天使なんて馬鹿か、お前はバールだよぉ!」
 ユカリはのけ反り、そのまま椅子ごと後ろへ引っ繰り返った。恐怖を顔に張り付かせて床を這って逃げる。腕の力で前進する。廊下に面する扉のノブに手をかけたところで女教師に髪をむんずと掴まれ、無残に後ろへ引き倒された。そして再び部屋の中央へと引きずられてゆく。引きずられながら途中で床に落ちていた石膏像を掴む。女教師の手を払いのけ、反転しながら起き上がり、そのままその反動で腕を振り回して石膏像を女教師の頭に叩きつけた。脆い石膏像は砕け散り、白い粉塵の奥から女教師の憤怒の形相が現れ、「貴様ァーッ!」とユカリの頭を横からしたたかに蹴り飛ばした。棚にぶつかったユカリに画材や何かが降りかかる。脳を揺らされ意識が朦朧とする中、画材が取り除けられてゆくのにつれて見えてきたのは女教師の涙だった。
「ごめんなさい、違うの、先生はただ、あなたにまっとうな人生を歩んでほしくて、そんなバールみたいな頭でもめげないでほしいの」
 そもそもユカリは頭のことでめげてなどいないのだが、女教師はごめんなさい、ごめんなさいと呟き続けながら涙をぽろぽろこぼしてそっとユカリの頬を撫でるのだった。顔を包むように両手でやわらかく両頬を覆い、そのまま首筋へ手を滑らせる。大塚との激烈な接触とはまるで異なるこんなやり方で皮膚と皮膚が触れ合う幼児の記憶をいきなり優しく蘇らせられては、この女教師を、理性とは無関係に全的に許さざるを得ない。それで、
「ねえ、今から先生と相撲を取りましょうよ」
「はいぃい」
とほとんど反射的に答えたのだった。
「教師と生徒が相撲を取ることは素晴らしいことよ。相撲というのはNASAが開発したスポーツで、高い教育的効果が認められているの。はっけよーい、のこった!」
 ユカリは真っ直ぐ立ったが、女教師は左に変わってはたき込んだ。真っ直ぐ額から当たればバールが突き刺さって死ぬに決まっているのだから、賢明な判断だった。はたかれたユカリはしかし無闇に頭から突っ込んだわけではなく教師の変化についてゆくことができた。だが、さっと中に入り込んだ女教師はセーラー服の上からユカリの両乳をむんずとわしづかみに掴み、絶叫した。
「なんだァーッ、この乳はッ!」
 NASAに古代から伝わる「もろ乳刈り」という技だ。ユカリは膝から崩れ落ち、敗北した。
「あんたは負けたのよ。ほらァッ! ぐずぐずするんじゃないよノロマ、さっさとあたしのここにあんたのバールを突っ込むんだよ!」と女教師に言われるまま実行し、遂にユカリの額は名実共に天界からバール・サイドへと堕ちたのだった。
「ハハハッ、バール。」


 教育は難しい。
 女教師がよかれと信じて実践した教育は結局、悲劇を生み出した。自暴自棄になったユカリはクラスメイトたちを額で殺し始めたのだった。
「先生、竹内さんと三吉くんが死にました!」
「そんなことより皆さんに転校生を紹介します」
「大塚英之です。よろしく!」
 ユカリは一瞬静止した後、地獄の底からよみがえったイケメンを指差しながら思わず声をあげた。
「なんであんたがここにいるのよ!」
「お前こそ!」
「二人は知り合いなの? じゃあ大塚くんの席はユカリさんの隣です。ちょうど三吉くんが死んで空いているから良かったわ」
 はじめは大塚の粗暴な性格を不快に思っていたユカリだったが、もちろんいつの間にか惹かれているのだった。
「でも私はあなたに相応しい人間じゃない。だって、天使のおでこはもう無いんだもの。しかも何人か殺してるし……私は堕天使よ」
「そんなこと! 俺だって地獄からよみがえったんだから、お似合いだよ」
「あんたたち、ちょっと待ちなさいよ」
「誰?」
 マキだった。大塚の元カノでクラスメイトの前で性交まで披露しているというのに、空気過ぎて誰もが同級生だと忘れていたのだ。
「大塚、あんた火葬されたんじゃないの」
「うん」
「じゃあその肉体は何」
ダルビッシュのを借りてきたの」
「ちゃんとサエコにことわってきたの」
「ううん。誰それ」
「やばい、来る!」
 どごーんと校庭に巨大な土柱が噴出した。土煙の中からしゅっと影が飛び出した。ダルビッシュの妻、サエコだった。サエコは校舎の屋上に着地し、ヤモリのごとくかさかさと校舎の壁を這い回った。ひとしきりかさかさした後、窓から教室へ入り込んできた。
「じゃあこの地獄のダルビッシュに決めてもらいましょうよ」
「あたしたち三人のうち、誰があなたの女なの」
サエコ
「うれしい!」
 すぐにダルビッシュサエコは性交した。
 余ったユカリとマキは女教師と相撲した。
 ダルビッシュの体はそのシーズン、最優秀投手となった。
 ダルビッシュの魂は千の風になった。お墓は無いので誰も泣かない。