OjohmbonX

創作のブログです。

ちょっといい話

 私がケーキ屋で品定めしていると就学前らしい女児が入店し、ショートケーキを指さした。
「お母さんのおたんじょうびなの」
 私も店員の若い女も微笑した。
「320円です」
 女児はアニメのキャラクター(具体的にはサウスパークのエリック・カートマン)が描かれたガマグチの財布を取り出し、小銭を数え始めた。310円しかなかった。女児は泣きそうな顔をした。
 私は10円硬貨を投げ落とした。
「おやおやあ、ここに10円玉があるぞお」
 女児はきょとんとした顔をし、店員は笑顔を輝かせた。
「でもこれはお兄さんが落としたんです」
 そう正しく説明して私は10円硬貨を回収した。店員は生ゴミの臭気に耐え兼ねるような顔をして私を見ていた。女児は気を取られたものか財布を取り落とし、中身を散乱させた。そのうちの小銭が一枚、棚の下へ転がり込んだ。暗かろう、と気を利かせて私は明かりを灯してやった。
「どうだ明るくなつたろう」
 ちょうど一万円札を持っていたからこれに火をつけ、照らしてやったのだ。女児は無事に小銭を回収した。
「おじょうちゃん、ちゃんと全部あるか数えてごらん」
「えーと、あ、210円しかない!」
 なぜだか分からないが、若い女の店員は急に涙を流して絶叫した。
「大丈夫、お姉さんが足りない分は払ってあげるから、好きな物を選んでいいよ、気にしないで、お姉さんもあなたのお母さんのお誕生日を祝ってあげたいだけだから!」
「あきまへん」
 横から丸太のようなものが素早く伸び、その先端が店員の鼻を捉えた。店員は壁まで弾き飛ばされ、途中で白い前歯があらぬところへ飛んでゆくのが見えた。彼女の鼻は「え、何これ。鼻?」って感じになっていた。この短時間で顔貌がこれほど変化する人を私は初めて見た。彼女は白目を向いて気絶している。
 丸太のように思われたのは隣にいたマッチョ店長の腕だった。私は腹をかかえて笑った。恐らく今のは、漫才のツッコミだったのだろう。意味不明なキレ芸でスベりかけた東京馬鹿女を関西の店長が鋭いツッコミで救ってやったのだ。鼻は崩壊したし、前歯は取れちゃって……深イイ話
「あきまへん。貧乏人やのうて金持ちの相手せな」
 そしてマッチョ店長は下卑た笑いを私に振り向けた。
「ほいでお金持ちのお客はん、いや、お大尽はん、何にいたしまひょ」
「なーんにも、いーらなーい」
 私は足で踏んでいた100円硬貨を拾い上げ、店を後にした。いやはや、こんなところでたまたま100円を拾うなんて、ラッキーだなあ。
「ハハハ、正義は勝つ!」