JAXAの最高傑作、あたし
失恋するたびあたしは、浴びるようにファブリーズを飲んで、忘れて、でも忘れ切れなくて、一つずつ強くなってきた。
「何かお探しですか？」
ブティックで女の店員が声を掛けてくる。
「男に決まってるじゃないポンコツ」
いい女はいつでもアンテナ三本立てて男を探すものなの。
「でくの坊。突っ立ってないで早く出せよ男を。SでもMでもLでも出しなさいよ」
結局ブティックで男は見つからなかった。だから今日は山手線で婚活。渋谷の男、原宿の男、代々木の男、新宿の男……ちがう。もう3周目だ。あたしは混雑する日曜の車内を縦横無尽に動き回って男を探す。でもちがう、ちがう。女って生き物は本当に深イイ男を見たとき、その瞬間、生理がおとずれる。これはイギリスの学会でも報告されていたと思う。イギリスか、それともフランスだったかな？ どっちでもいいわよそんなこと！ 何なの？ イギリスとかフランスとか知らないわよ！ あたしカンペキ日本人。西洋のこととかどうでもいいしマジで。だいたい誰よ、イギリスがどうのこうの言い出したのは。ほんとウザい。どいつもこいつも。
あ、
奥歯に今朝の食べかす発見。ラッキー。舌でからめとって飲み込む。ちょうどお腹すいてたところだった。婚活って電車の中を動き回らないといけなくて疲れるしお腹すく。しかもあたしカワイイ。リスってほっぺに食べ物ためるでしょ。あんな感じ。あたしってリスっぽい。
「あー、あたしリスっぽくて、ちょーカワイイんですけど！ 小悪魔アゲハ！」
今のリスっぽいシーンを見逃した乗客のために大声で説明したらみんなビクッっとした。さあ、深イイ男ども、あたしはここよ。
巣鴨に着いた。
バスケットの中にチワワを入れた神経質そうなババアが乗り込んできた。それを目にした瞬間……史上最強の生理がきた。巣鴨の犬を見て生理が、おお、仏ッ！ どういうことなのッ！？ でも、仏、あたし、やってみる！
股間を押さえながらチワワに近づく。あたしはウェディングドレスを着ている。純白の生地に真っ赤な血の染みができている。チワワに近づくと……くさい。すごくくさいわ。犬って臭いのね。あたしは腰に18本ぶら提げていたファブリーズのうちの一本を犬に吹きかけ始めた。シュッシュッ、シュッ……めんどくさい！ あたしはファブリーズの首を引きちぎって液体をどぼどぼ犬に浴びせた。よし、くさくない！ そして顔を近づけてクレオパトラみたいにキスする直前、首をゴキッてされた。振り返るとサラリーマンが睨みつけていた。あたしは逃げた。車両を走る。マンが追ってくる。ああ、なんだか臭うわ。山手線は臭い。駆け抜けながらファブリーズする。両手に構えて、右と左に。「テロ！」「毒ガス！」叫び声が聞こえる。違う。
「除菌・消臭よ！」
ファブリーズと股間の血で車両が次々に霧に包まれる。1両、2両、……どんどんスピードは増してゆく。5両、6両……7両目でついにあたしは速すぎて浮いた。そこからは飛ぶ。高速で飛行し始める。9両目、音速を突破。あたしの顔は流線型だから、速い。衝撃で乗客が舞い乱れる。霧の中を吹き飛ぶ乗客。10両、そして11両、列車の端であたしは壁を蹴ってターンした。イケイケの気持ちで、さあ、復路いくわよ！ しかし目の前にはマンがいて、ラリアットされた。あたしはそのままひっくり返って、よく見たらマンは深イイ男だった。みずがめ座みたいな顔してた。
「今朝のめざましうらない見た？ あなたの今日の運勢はワースト・ワンよ。そして、ふふ、あなたのラッキーパーソンは『犬好きの人』、つまりあたし」
マンのマンがあたしのマンに侵入しようとする。アンラッキーパーソンがラッキーパーソンと一つになろうとしている。しかしあたしのマンに埋め込まれたレーザーがマンのマンを焼いて破壊した。マンは失心して痙攣している。防御システムの解除を忘れていた。あたしのヤマトナデシコっぽい奥ゆかしさ、貞操観念があだになった。
あたしの体も急に震え始めた。ハハ、ファブリーズを飲み過ぎたツケだわ。医者からは止められていたけど、関係ないわ、だってあたしはアウトローだもの。
あたしのラッキーパワーにもかかわらずマンとあたしがあんな目にあったのはどうしてかな、とよく考えたらあたし、犬好きじゃないんだった。だからあたしはラッキーパーソンじゃない。しかもあたしもみずがめ座だった。
ウェディングドレスをさっそうと引っかけてあたしは軽やかにホテルを飛び出す。ああ、ハヤブサはイトカワまで行って変なゴミをゲットしてるのかもしれないのに、あたしはまだ男をゲットしてない。くやしい。ウェディングドレスのびらびらの部分を大きく広げて、風を孕ませて街を駆け抜けた。
「あたしはイカロスよー」
最後にまとめると、あたしは、
