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OjohmbonX

創作のブログです。

どこの惣菜屋でも起こってる、ありふれた出来事

 四十五のあたしが草食系男子大学生の股間をまさぐっているのよ。パート先の惣菜屋で。うらやましいでしょ。でもこれは神様に選ばれたあたしにしか許されてないの。神様が、あたしに、股間をまさぐってもいいよ、仕事中に、って許してくれたのよ。


 新しいバイトだよって店長から紹介されたときも、指導係としてお惣菜の手ほどきをしてるときも、彼のことは何にも思わなかった。でも彼は言ったわ。
「あの、俺、iPod買ったんですよ。nanoってやつで、8GBと16GBのがあるんですけど、16GBのを買ったんですよ」
「どんなものを聞くの」
「俺、三木道三が好きなんで、三木道三しか入れてないです」
「Lifetime Respectしかないじゃない! 16GBもいらないわよ」
「いや、ちゃんと16GB分めいっぱいLifetime Respectを入れてるから大丈夫です!」
 何が大丈夫なのよ。それでこの男子大学生を「三木道三」略してミドウ君と呼ぶことにした瞬間、名づけた瞬間、何でもなかった彼があたしの中でくっきりと輪郭を結んで、この背が高い割に線が細くてぼんやりしたミドウ君の、ああ、股間に触りたい、触りたいわ、そう思っていると突然、止まっていた生理がカムバックした。これは神様が「行け」って言ってるんだと思って、ミドウ君のズボンの中に手をおもいっきり突っ込んで握った。恐る恐る見上げると、ミドウ君は困ったような顔をしているだけで別に抵抗しなかった。許されたんだわ。こんなにうれしいのは、マインスイーパの上級で63秒の記録を出して以来、ずいぶん久しぶり。
 店長がそれを見ていた。あたしと目が合うと店長は目をそらした。あたしの勝ちだ。貴様はそこで黙って見ていろ。
 大学生を握りながら、マインスイーパ上級63秒のテクニックをあたしは存分に発揮したわ。左クリック、左クリック、マスを開けて、右クリッククリック、旗を立てるの。そして……左右同時クリック!! 一気に周りを解放するわ。それっ、それっ、クリッククリック、さああなたの地雷はどこなの、さっさと爆発しちゃいなさいよ、おばさんの手の中で、ほら。
「あ、わっ」
 小さく呟いて震えたミドウ君から出た精液をさっと取り出して、両手に塗りたくって、あたしは看板商品のおにぎりを握り始める。店長がびっくりしてる。あたしはそれをにらむ。店長はうつむく。ダハハ、おまえは黙ってろ。あたしは雇用関係を結んでいるのかしれないが、今からあたしがするのは神様との契約だ。あたしは生理が復活して神に後押しされた。その結果、ミドウ君の精液を得るに至った。そしてお客様は神様だという。だったらその神様にご報告かたがた、精液のおにぎりをお返しするのが筋だろうよ。
 ダハハハハハ、食え食えお客様。にがいぞ。私が味わった甘さの分、貴様らは苦さを味わってろ。


 そうやって来る日も来る日もお客様におにぎりを提供していたけれど、もう耐えられないのよ。ミドウ君は拒まない。でも自分からは誘ってこない。試しにしばらく止めてもいつもと変わらない。そもそもあたしが勝手にしていることだって分かってる、分かってるけど、どうしてあたしがしてあげるばっかりなの、あたしが勝手に生んだこの不公平感があたしを苛む。
 このくるしみを打開するために、あたしは今日、最高のオシャレ泥棒だった。
 網タイツのアミアミに押されて肉が盛り上がるあたしの太もも、セルライト。その上にデニムのホットパンツを履いてボトムス。トップスは2010年トレンドのヘソ出しルック。ワンピースの下半身の部分を切って、へその周りだけ鋏で穴を丸く開けてある。セクシー。髪はもちろん「盛り」。スカイツリーの形にした。三角形の下部が上に進むにつれて徐々に円形になる。そして展望台がぴょこっと飛び出て、そのあとはアンテナ。ひたすら鋭く天を指す。メイクは特に唇に気を使った。ツヤプルを目指して赤いクレヨンで下地をつけた上にラードを塗ってある。
 休日の夫はきれいになったねとニコニコしながら言った。馬鹿な夫!
 20cmの真っ赤なハイヒールを履いて、真っ赤なママチャリ――あたしはこれをフェラーリと呼んでいる――にまたがって総菜屋にやって来た。
 ミドウ君はすでにエプロンをつけてカウンターに立っていた。あたしは右手の親指と人差し指で輪っかを作った後、手をぱっと広げた。
 おっはー。
 今若い子たちの間で流行っている、しんごママのあいさつだ。ミドウ君ははにかみながら小さくおっはーを返してくれた。ほほ笑みが止まらない。ほかのパートのオバサンたちはミドウ君のこの表情を絶対に知らない。あたしだけのもの。あたしだけのハニカミ王子。
 いつものようにおにぎりを握って、股間を握って、おにぎりを握って、股間を握って、終わる時間がきた。店長がミドウ君に言った。
「今日、人が足りないんだよ。残ってくれないかな」
「いいですよ」
「だめよ店長」
 だって今日はあたし、ミドウ君ちでこれからお泊りするんだもの。そして股間を握っておにぎりを握るだけの現状を打開するのよ。
 でもそれはミドウ君にはまだ伝えてない。やっぱりサプライズ感が大切だから。
 あたしは二人の間に立ち、店長に向かってミドウ君を残業させないようにと警告した。店長はダメだと言う。何よ店長のくせに、生意気だわ。あたしは店長に向かって企業の謝罪会見みたいに深々と腰を折って頭を下げた。
「そんな、頭を下げられてもダメだよ。そもそもなんであなたが首を突っ込むの」
「馬鹿。誰がてめえに頭下げて頼むかよ。これは、こういうことだ」
 あたしは勢いをつけて、一気に頭のスカイツリーを店長の腹に突き刺した。店長は死んだ。
「ミドウ君、あなたは先に帰りなさい。ここはあたしが何とかするから」
 死骸が固まる前に手早く隠蔽工作しなくてはいけない。あたしは店に飾ってあったひまわりを店長の腹にいけた。そして店長の両手を茎に添えた。これでオーケーだ。警察は店長を、間違えてひまわりを腹に刺して死んでしまった人だと判断して他殺とは考えないだろう。


 店を出るとちょうどミドウ君が駐輪場から出るところだった。あたしも素早くフェラーリにまたがって追跡した。あたしはミドウ君ちがどこにあるのか知らないし、今日泊まるって彼に伝えてないから後をつけないといけない。
 なのにミドウ君は草食系とは思えない速さで自転車を走らせてる。赤信号にかかるとちょっとした段差を利用してジャンプで越え、カーブは大きく膨らみながら地面と10°くらいの角度をなしてギャリギャリ火花を散らしつつ曲がっていって、歩行者も何人か轢いてる。ワイルド! あたしのフェラーリが追いつかないなんてすごいケッタマシーンだわ。ちがう。そうじゃない、彼のテクニックが最高なのよ! これは何。目の前がビカビカに光って頭がくらくらするじゃないのさ。オホホ、これは、瑞々しいワイルドさへの、歓びの目眩に決まってるじゃない!
 突然首に強い衝撃を感じた直後、あたしの手からハンドルがもぎ取られてサドルもあたしの尻を滑ってあたしを置き去りにして行ってしまった、そしてあたしは背中を地面に打ち付けていた。道路へ伸びた枝にスカイツリーが引っ掛かって落車したとわかったけど、しびれるように痛む全身の前にそんな理解は意味がないわ。ミドウ君は待ってくれないじゃん。フェラーリは暴れ馬みたいにあたしを残してどこかへ走り去ったし。頼れるのはこの体しかない。走るのよ。ハイヒールを足から剥ぎ取って壊れたスカイツリーに突き刺し、あたしは走り始めた。
 でもミドウ君はぐんぐん遠ざかる。このままじゃ見失う。あたしは思い切って車道に飛び込んだ。そしてセダンに轢かれた。ボンネットの上をくるくる転がり、フロントガラスの斜面を転げ上がって空中に跳ね飛ばされた。そしてトランクの上に落下、さらに転がりながらも、地面に落ちる寸前にラジオのアンテナを何とか掴んだ。さあ、これからあたしをミドウ君のところへ連れてってね。顔を上げるとルームミラーを介してドライバーと目が合った。えへ、今のは新しいタイプのヒッチハイクみたいなものよ、よろしくね。というつもりであたしがにっこり微笑むとドライバーはぎょっとして思いきりブレーキを掛けた。
 セダンは急停車して、あたしは慣性の法則に従って飛んでった。届けあたし! ミドウ君のもとへ! そう絶叫しながら飛行したおかげで、結果オーライ、ちょうどミドウ君のアパートに激突した。
「ね、泊めて」
「いいですよ」


 ドアの向こうはかすかに男の子の匂いがした。あたしは興奮して部屋につくなり自分の服を引き破った。
「ああ、蒸すわあ……今日はなんだか、蒸すのよ……おばさん、暑いわ……」
 お気にのワンピを荒々しく掴んでびりびりに破く。あたしはこんなときのためにウェイトトレーニングを繰り返し、筋肉の固まりと化していたので造作もない。
「あたし、パラダイスに行きたいな」
「パラダイス?」
「そう。パラダイス銀河……」
「どこ? 光GENJI?」
「あはは、違うわよ! ほんっと子供ね。ラブホに決まってるじゃないの!」
 そういった当たり障りのない雑談をしながら、あたしは網タイツをひっちゃぶり、デニムのホットパンツは少ししんどかったけど、あたしの上腕二頭筋僧帽筋がよろこんで仕事をしてデニムは左右にちぎれ去った。ブラジャーは男の子の夢だからそのままにしておいて、下はもともとノーパンだからあたしはもう全開だ。
 次はあなたの番よ。全部、あたしにまかせて。そっと彼の肩に手を載せ、そしてシャツをきゅっと掴み
「おらぁあっ!!」
と叫んで破った。けれど待望の素肌はそこになく、上半身には何かいろいろひっついていて覆われていた。びっくりしながら一つ手にとって見てみると、それは赤い布の袋に入った神社のお守りだった。首から大量に提げてびっしり体を覆っているのだった。
「何をそんなに守るっていうのよ!」
「命です。お守りは精神だけでなく、肉体も守ってくれるんです。俺は小さいころ暴漢に襲われたことがあるんです。ナイフで刺されて痛いのに血が出ない。なんでだろうと見たら、母が提げさせたお守りに刺さってた。それ以来、お守りで全身を覆ってるんです」
「ミドウ君が襲われるのは、あたしすっごくよく分かる。だってさっきミドウ君のアルバムを自主的に捜し出して見てたんだけど、小さいころとっても可愛かったもん。天使みたいだった。だからいい写真を選んで15、6枚はがしておいたよ。持ち帰ろうと思って」
「さっき店長が刺し殺されて、俺やっぱりって思いました。お守りしてなかったから死んじゃったんですよ。お守りしてない人は、ぜったい、すぐ死ぬんです」
「もちろんあたしのおまんは、とっくにほちゃほちゃよ。あたしのおまんにお守りはない。阻むものはなにもないってこと。さあ、あなたの股間のスカイツリーであたしのほちゃほちゃを今すぐ地デジ化してちょうだい!」
 お守りの透き間から彼のスカイツリーを取り出そうとまさぐり始めたあたしの手を掴んで彼はゆっくり引き離した。はっきり彼が何かを拒否するのは、これが初めてだった。
「だめだよ。俺には彼女がいるんだ」
「あたしのおまんは、ほちゃほちゃしているのだから、そんなこと関係無い」
「関係ある!」
「いまさら。さんざんあたしの手で愉しんだくせに」
 悲しそうな顔をしてミドウ君はとっても優しく、そっとあたしの頭に突き刺さったままの真っ赤なハイヒールを外してくれた。
「どうしても俺のペニスが欲しいなら、あなたのヴァギナに挿し込んでもいい」
「いやんいやん、スカイツリーを、ほちゃほちゃに、地デジ化するの、って」
「下らない。どうしてあなたは分からないんだ。性器なんて問題じゃない。あなたはずっと性器ばかり気にしている。違うんだ。あなたはその歳で皮膚を知らない、貧しい。俺は悲しい。そしてたった一人を、誰でもないその一人を、全くの主観性において、外部からの定義も許されずに選ぶ、その確信をあなたは知らない。特権化されることもない皮膚を、その摩擦を、熱を、湿り気を、無防備な確信で選び合った二人が喜び合う生き方をあなたは知らない。俺はただ、あなたが悲しいんだ」
 そしてあたしを見つめた彼の目から涙がゆっくり流れる。
「いいかい。今からここが、パラダイス銀河になるからね」
 すっと立ち上がってあたしに背を向け、ミドウ君はクローゼットに向かい合う。そして観音扉が開かれ、中からあたしの夫が現れた。
「あなた、どうしてそこに!」
「ぼくはいつでも、君のそばにいるよ」
「さあだんなさん。準備はいいですね」
 急に夫がもじもじし始めミドウ君はイライラし始めた。ミドウ君は思い切り夫を蹴って、たぶんアバラが2、3本いった。
「さっさとしろ!」
 夫は痛そうに、恥ずかしそうに、でもはっきり、歌い始めた。


一生一緒にいてくれや
みてくれや才能も全部含めて
愛を持って俺を見てくれや
俺を信じなさい


「続きは俺が歌います。あなたたちは愛を確かめてていいよ、このパラダイス銀河で!」
 あたしと夫は肌を触れ合わせた。
 あたし、もう完全にわかっちゃった。愛ってことが。瑞々しさはないし、夫の東京タワーはふにゃふにゃのアナログ放送だけど、触れてみれば、言葉を発する器械としか見ていなかった相手が、まったく動物としてそこにいて、この軽い驚きは、何か問答無用で確信させるのに十分な気がする。


 ミドウ君はローラースケートを履いて部屋をくるくる回りながらずっと三木道三を歌い続けている。16GB分のLifetime Respectを歌い続けてる。
 夫もあたしもかなり愛のことがわかってよかった。
「ねえ、それであなたの選んだ彼女はどんな人なの」
「はい!」
 ミドウ君はDSを元気よく差し出して、彼女はラブプラスだった。
「やだ、かわいいじゃなーい」
「でしょでしょー?」
「ははは。後は若い人たちに任せてぼくたち大人は退散するとしよう」
「そうねそうね。帰りましょ」
「「「さようならー」」」