OjohmbonX

創作のブログです。

πr2

「はんけい かける はんけい かける さんてん いちよん。はんけい かける はんけい……」
 息子がぼんやり外を見ながらずっと口ずさんでいる。テストが近いのかもしれない。妻は買い物に出かけている。日曜の夕方、テレビも電気もついていないリビングを夕日がやわらかく陰をつくる。冬のあたたかい日に息子の幼い声だけが流れる。
「はんけい かける はんけい かける さんてん い」
「1872」
 私が適当な数字をかぶせて言うと、息子は子供らしい素早さで振り向いて
「いちよん!」
と大きな声で言った。しばらくそのまま嬉しそうな顔で私を見つめていたが、私がそれ以上何も言わないのでゆっくり外に目を移して練習を続けた。
「はんけい かける はんけい かける さ」
「380.4392」
「さんてんいちよん!」
「……」
「……」
「……」
「はんけい かける はんけい」
「+ 10.3 - 6.63」
「もうーっ。やめてよ、邪魔しないでっ」
 息子は精一杯怒っている、という顔付きをつくって私をにらんだ。声が大きくなる。もはや叫んでいる。
「はんけいっ! かけるっ! は」
「直径 + 底辺」
「うわーっ。はんけ」
「縦×横×」
「い! かける! はん」
「1.4142」
「か、かけ、う、うぐっ、う、う」
 そして泣き出すのである。しゃくり上げて私をにらむ目からぼろぼろ涙が落ちる。


 帰宅した妻は気をつけの姿勢で床と水平になってしゅーっと飛んできた。棒状になった妻が私の首にドロップキックした。
 妻が息子の頭をさっ、さっと撫でると、息子は泣き止んでニコニコッと笑った。母親が子を愛している。妻は台所へ入り、息子はぴかーっと笑っている。家族とはやはりいいものだとしみじみ思う。私の首は先ほどの衝撃であらぬ方へ曲がったままもう元に戻らないが、やはり、と思った。家族はいい。
 今夜はカレーだ。

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