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OjohmbonX

創作のブログです。

家族への限りない祝福

 テレビの中でカラオケを歌う女子アナたちを、箸を持つ手も止まったまま、阿呆みたいな顔で熱心に見つめ続ける中学生の息子を、憎しみのこもった目つきで見つめ続ける妻を見て、私は、家族っていいものだな、と思った。
 振り向いて私のそでを引く妻に、あなた、と促されて私は息子に話しかける。
「浩介。お前、今、たっているだろう」
 ぎょっとして息子と妻が私を見る。そして息子は試すように私に問う。
「……何が?」
「ちんこ」
「……ったってねえし…………」
「いいや、たっている。父さんには、わかる」
「はは、ははは。わしのはもう、たたんからなあ。浩介は、若いから、ははは、よかった、よかった。じゃあ、飯を食おう。な」
 私の父が顔を引きつらせて意味の通らぬ執り成しをする。しかし私は逃がさない。許さない。
「たっている」
「たってねえって……」
 息子は顔を真っ赤にして否定する。家族全員の目の前で自分のちんこの話を突然されて耐え得る男子中学生などいない。当然だ。
「覚えているか。昔は正月になれば家族で福笑いをしたり、桃鉄をしたりして遊んだものだ。けれどいつの間にか消えてゆく。それはお前がそういう楽しみを素直に楽しめるほど子供ではなくなっただけではなく、私たちもまた歳をとってゆくからだ。少しずつ家族は変わっていく。不可避的に、家族は昔のままではいられない。寂しさを感じたとしても、それは、仕方のないことだ。それでも、父さんは、これだけはわかって欲しい。浩介。母さんの目をよく見なさい。これが母親の目だ。真剣に息子の息子を思っている母親の目だ」
「ちょっと! 思ってないわよ」
「思っている。母親というのはそういうものだ。母親だけじゃない。お祖父ちゃんも、天国のお祖母ちゃんも、孫の息子のことを思っている。特に今は、かなり具体的なイメージとして、最近めっきり見なくなったお前の息子のことをリアルに想像している。もちろん父さんも想像している。それが、家族だ。お前の息子を中心にして、私たちは、家族であり続ける。歳をとったとしても、子供がもはや子供でなくなったとしても。きっとお前はいつか家を出るだろう。お祖父ちゃんや、父さんや、母さんは、一人ずつ死を迎えてゆくだろう。それでも私たちは、家族であり続ける。お前のちんこを中心にして私たちは家族である。私たちはお前のちんこを思い続ける、そして家族とは、そういうものだ」
 うぐ、うぐ、と息子がしゃくり上げる声が食卓に重く響く。その向こうで女子アナがカラオケを歌っている。
「お前は今年で中学3年生だ。もうすぐ高校生になる。中学生のお前が高校生になると同時に、父さんは、お前の中学生も高校生になってほしいと思う。ハハハ。だって考えてみろ! 夏になって友達とプールにでも行く。更衣室で友人が目にした高校生のお前のお前が高校生ではなく中学生だったとしたら? きっとその友人は心の中で思うだろう。こいつ、高校生なのに、中学生じゃないかと! それとも何かね、お前のお前は、もしかしてまだ小学生か?」
「何なんだよマジで!」
 目を真っ赤に腫らし、苛立ちと憎悪をあられもなく込めて私に絶叫し、息子はリビングを飛び出した。
「ちなみに父さんも今、完全にたってるから! 大丈夫だ!」
 私はその背に叫んだ。この言葉は父親として息子にかけてやれる、最後の贈り物かもしれないと私は寂しく思った。
 今、混乱と腹立たしさと恥辱にまみれて息子は自室に閉じこもっている。けれどきっと彼もいつか知るだろう。いつか大人になった息子は、息子の息子の息子をいとおしく思うことだろう。そして彼の妻もまた、腹を痛めて生んだ息子の息子を思う。そうして新しい家族が生まれる。この繰り返しが永遠に続いてゆく。私はこの一瞬、無限遠まで家族の愛を見た。


 それにしても私は一部上場の企業で課長職を務めている。こんな真面目な顔をして部下を叱咤し仕事を隙もなくこなす私は、実のところ、家で息子の息子をからかって泣かせた男なのだ。明日一日はことあるごとにこの齟齬を思って仕事中に興奮することだろう。明日が本当に楽しみだ。


 私の課長が今、たちあがれ日本