OjohmbonX

創作のブログです。

HIKARU☆源治

 おじいさんは、おじいさんなのに、中二病になっちゃって、家族の集まる食卓で急に、おぉおぉおと呻き、左手で右腕を押さえて、戦時中に米軍の弾丸が埋まった右腕には恐るべきパワーが秘められていて、それがついにこの国難の時代に発動する、という設定を想像していただけなのに、息子夫婦に救急車を呼ばれてあっと言う間に運ばれていった。
 孫の高校生は、ついこの間まで自分が中二病だったから、そんなおじいさんを見てにやにやしてたし、おばあさんは、あんた終戦時は疎開してた三歳児だったじゃん、と呆れていたけれど、孫にしてもおばあさんにしても息子夫婦にしても医者にしても、そしておじいさん自身にしても、これって中二病なのか痴呆なのか結局よく分からなかったので、おじいさんは家に戻された。
 孫の兄弟のうち、下の中学生は中二病まっただ中で、まさに邪気眼が発動中の、何せ帰宅部だったから夕方には、共働きの両親も、部活の練習で遅いお兄ちゃんも、近所の主婦相手に料理教室を開いているおばあさんもいない郊外の一軒家で、闇の孫力と、光の祖父力が対決するのだった。
 孫の方は、ダークサイドに落ちた自分をグランド・ファーザー源治が覚醒させて光の戦士に再生し、学校に突然襲いかかる闇の組織を倒すことになっていておじいさんの方は、官憲の手に落ちてスパイになった孫息子を改心させ、自らの力を孫に継承し、二人で核の世界を終わらせるストーリーになっていてなんかちょっと、設定が噛み合わないところもあったけれど、二人の気分は満たされていて結果的には、毎日が敬老の日で毎日が子供の日みたいなものだった。
 そんな二人に、おばあさんは呆れ顔で、息子夫婦は見ない振りを決め、おにいちゃんはずっとにやにやしていた。
 にやにやしながら野球部の仲間を部屋に招き入れ、弟が毎日書いている、戦いのエレジー(日記)と世界の書(設定集)を、弟が見ている目の前で晒して笑い飛ばしてやったら、高校生の野球部員たちに羽交い締めにされて動けない弟は、おにいちゃんを睨みつけて野球部員が、邪気眼を発動させればいいじゃんと煽ると、真っ赤な顔をしてますます睨みつけてくる弟を見返しておにいちゃんは、にぶい興奮を覚えたのだった。
 辱められて初めて、恥ずかしいことだと悟っても車は急に止まれない、弟は、今さらキャラを引っ込める訳にもいかず、苦しみながら惰性で、少しずつ発動する間隔を広めていって少しずつ、無かったことにしようという作戦で行くことに決めたけれどおにいちゃんは、許してくれずに、現実世界にいて弟自身もダークサイドのことをすっかり忘れているときに限ってつっかかって煽って、弟の顔を真っ赤にさせて、睨みつけられながら、にぶい興奮を味わっている。
 おにいちゃんには彼女がいて、もうセックスもしているし路上でも、ほんの少し彼女のうしろを歩いていてふと見ると、すごくすべすべした、陸上部で日焼けした首筋やほほの皮膚があって、いきなり突き上げるように、たまらなくなって触れずにいられないけれど、我慢して何とか、一歩大きく踏み込んで彼女に並びながら、手を取って手と手をつなぐと彼女が、指をからませてくるので思わず見返すと、彼女は笑っていて路上なのに、たがが外れて彼女を抱いて、抱き返されて路上だから、ますます興奮して唇をむさぼり合わずにはいられなくなってそれは、肌を見てしまった瞬間を特に、むらむらしていると呼べると、後から振り返りながらおにいちゃんは思いながらけれど、からかわれて悔しそうに黙る弟を見るとき、弟に睨まれるときの感じとは少し、違うなと思うのだった。その違いを確かめるという訳ではなしにもっと衝動的に、おにいちゃんは弟いじりを止められない。
 うるさいと叫んで、これまで黙って睨むばかりだった弟が暴れ、うるさいうるさいと、だだをこねる幼児みたいに振り回す弟の腕を、その両の手首をつかみ取ってねじり上げ、ねじり上げられて身動きも取れずに底が抜けたみたいにわんわん泣き始めた弟を目の前で見て、急におにいさんは、何かが分かった訳でもなしに憑き物が落ちたみたいに、何とも思わなくなって、弟いじりを止めたのだった。
 そして弟は高校受験でそれどころではなくなって、本人自身も忘れてしまった一方でおじいさんの時間はまだまだ長く、死ぬまで中二であり続けようとしているように見えた。
 無事に弟は高校生になってある時ふいにあのノートがなくなっていることに気づいて探し始めようとした瞬間、思い出せば一気に恥ずかしさに襲われて、首をぶんぶん振って考えないようにして、意識から断ち切っても物語は、孫の意識とは無関係に流れ続けていてそれは、おじいさんが書き継いでいるからだった。物語のノートも設定集のノートもすでに孫の書いた量を上回って9冊に増して、孫の中学校も、この郊外の一軒家もアメリカの歴史も、妻の料理教室も、ダークサイドも光の戦士も、含んだ物語になっていた。自分の物語を歩いて、孫の物語も取り込んで、現実も取り込んで、生きていることと死んでいることとの境に、狂気の縁に、源治は立って、なお進んでいた。
「これを老いと呼ぶなら、あまりに醜い」
 二人きりのときに呟いた息子の顔を見て、まるでその中年の皺、顔付きが昔の自分と生き写しであったにもかかわらず、源治は恐れもしないで
「老いとは関係なく、誰もが同じことをしている。ただ、俺は、知ってやっているだけだ」
と言い切って、外からも内からも取り込んだ様々を組み合わせては物語を増殖させてゆく。