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OjohmbonX

創作のブログです。

春、高楼の鼻の宴

 思ったより乾いててびっくりしたから機転をきかせて、鼻水をペニスに塗って彼女に挿入した4日後に、同級生たちは僕のことを「しんべえ」と呼び始めた。どうしてだか、みんなが僕に優しくなった。
 きっと彼女は不安になって女友達に「ここだけの話」をして、その中の誰かが彼氏に「ここだけの話」をして、その彼氏がみんなに話をしたんだろう。
 彼女をそんな風に心配させるなんて、僕は配慮が足らなかったと反省した。だから2回目にふたたび鼻水をペニスに(というよりコンドームの上に。直接は汚いからね)塗った後、僕は彼女を心配させないよう顔を近づけて、
「大丈夫だよ。鼻水で妊娠はしないから、安心していいよ」
とささやいてから挿入した。


 いつも通り一人で下校していると、学生もまばらになったあたりで、いつも一人で下校している同級生の島田が話しかけてきた。
「ねえ、しんべえ君って、その、三和さんと、えーっと」
 僕はつい頬がゆるむのを抑えられなかった。小柄で内気そうで、高校生になっても子どもみたいな島田が、そういうことを誰にもきけずにいたのに、たまたま話しかけ易そうな僕が体験したと知って、勇気をだして話しかけてきたんだと思った。突然の優越感がむず痒かった。でも余裕をもって、兄のように僕は促す。
「セックスのことかい?」
「そう、そうなんだけど、その、」
「コツと言っては何だけど、女の子というのは思っている以上にカサカサしているんだ。だから、そういうときは鼻水を塗るといいんだ」
「違うよ。その方法は間違ってるんだ」
 僕はひどくびっくりした。急に教える側から教えられる側に回れと言われても心の準備ができてない。
「そういう人達のためにローションが売られているし、それ以外で代用するにしても、鼻水なんてあり得ないよ」
 恥ずかしさに一気に襲われてそれは、怒りと区別がつかないほどだったので、僕はつい島田に聞いてもしょうがないことを難詰するように聞いてしまった。
「じゃあ、なんで、彼女は黙ってたの」
「うーん、」
 島田はしばらく考えてから、
「愛してるからじゃないかな」
と言った。


 愛されている! 僕は愛されているんだ!
 僕は思わず島田を抱きしめていた。小さい動物の匂いがして熱かった。小柄な島田は強く抱き締められてかすかな呻きを喘いだ後、小さくもがいて僕の胸を押しのけた。少し息が上がって、頬から耳にかけてを真っ赤にした島田は早口に言う。
「どうして僕が、わざわざ君にこんなことを教えたのか、分からないの」
「分からない」
「そうだろうね。僕は、たぶん二度と君には話しかけない」
「ごめん、何か怒らせるようなことをしたなら謝る」
「そんな必要はない。たんに、僕の問題なんだ」
 そう言って僕に背を向ける直前の島田は、泣き出しそうになるのをかろうじて堪えていた。


 少し気分が沈み込んだもののすぐにまた、僕は彼女に愛されているという声が頭の中でリフレインして、歌い出しそうに喜びが溢れ出すので、いてもたってもいられず僕は彼女に会いにいった。
「君か。ちょっと来なさい」
 彼女ではなく、彼女の父親が玄関に立って僕をリビングに通した。リビングには彼女と、彼女の母親と、おばあちゃんがテーブルについて僕を見た。彼女はちらっと僕の方を見て、目も合わせずにすぐに視線を伏せた。
「君は私の娘とちちくりあっているそうだね」
 何の話をしたいのか、何て答えたらいいのかわからなかったので黙っていると、父親は手のひらで机を強く叩いた。骨張って大きな、大人の手だと思った。そして声を荒らげて
「返事!」
という。僕は反射的に
「はい! あなたの娘とちちくりあいました!」
と必死に答えた。
 お父さんは大きな手で頭を抱えて、苦しそうに少し呻いてから、再び僕に向き直って、
「それは、まあ、いい。だが鼻水は許せない。娘の膣に鼻水をなすりつけやがって……」
「でもお父さん、鼻水では妊娠しませんよ」
「そういう問題じゃない。そしてお父さんと呼ばれる筋合いもない」
 お父さんは僕を本気で憎んでいる目で睨んできたから、僕は混乱しながら悲しかった。僕は間違ったことを言っていないのに。ただ、みんなと仲良くしたいだけなのに。島田もお父さんもどうして怒る?
「あの、健次さん」
「名前で呼ぶな!」
 だってお父さんって呼ばなきゃどう呼ぶんだ! お父さんはあの大きな手で再び机を叩いた。でも今度はその手で一枚の紙切れを叩きつけたのだった。それは誓約書で、二度と鼻水をローション代わりにしないという誓いだった。ペンと朱肉を渡された。お母さんは顔を手で覆って泣いていた。仕方なく僕は誓約書にサインと拇印を押した。もう分かってて、そうしようと思ってたことを一々言われるのはすごく腹立たしかったけれど、黙ってそうした。
 誓約書を手にしてお父さんがほほ笑む。それを横からふんだくったのはおばあちゃんだった。
「意味ねンだョ」
 おばあちゃんは誓約書を破り捨てた。
「若い奴らは勝手にやンだョ。意味ねンだョ」
 お父さんは何か喚いていたけどまるで無視しておばあちゃんは彼女を立たせて、僕も立たせて、二人をぐいぐい庭へと押した。
「ジョンとヨーコみたいにヤれヤれ」
 え、庭でやれってこと? 困惑しながら二人は庭へ出てしまう。おばあちゃんは縁側に立って二人を見下ろして、ガハハと笑う。
「俺ァ天国のジジィともうすぐヤリまくるからなァ。お前ェらは今すぐいっぱいヤればいいサ」
 庭でやれってこと? 僕は困って彼女と顔を見合わせた。でも彼女はにっこり笑うばかりだった。そこは肯定しかない世界だった。
 もう僕は、その笑顔だけでいいと思った。