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創作のブログです。

あらやしき

 荒川に2頭目のアザラシが出現し、人々はそれを歓待した。自治体は1頭目のあらちゃん同様、住民票を発行した。
 そして3頭目が出現するに至って人々はかすかな違和感を覚え、しかし自治体は一貫性を保たんと住民票を発行した。


 結局あらちゃんは大量に発生し、荒川を埋め尽くした。その期に及んでさえ住民票を発行し続けた自治体に先住民は怒り心頭に発した。住民ならば住民税を払わせろと迫った。肉で払え、血であがなえと叫んだ。けれどこれは、未だ幸せな時であった。
 あらちゃんはその後、上陸したのだ。
 鳴きもせず穏やかに、往来の邪魔にもならない隅にひっそりと、しかし大量にあらちゃんは上陸した。
 諸外国はこの事態について、放射能にまみれても逃げずに暮らした日本人なのだから、実質的に無害のアザラシはなおのこと容認するだろうと見た。あにはからんや、というより当然、それはまるで見当違いであった。日本人は恐慌を来してアザラシを激しく排斥した。
 放射能は目に見えず臭いもしない。「目を背ける」必要も「臭い物に蓋をする」必要もなく意識の外に追いやれる放射能とは異なり、アザラシは視界の端々に居り、それにやっぱりちょっと、くさいのだ。
 川という異界に存する存在を遠巻きに眺めればかわいいとも言い、そして安全な位置から好きなだけ批判もできるが、自分たちの生活する陸を侵犯し、その巨体を目前で誇られれば恐怖と裏腹の排除に動く。
 排除を叫ぶ人々は、ともかく行政の責任の一点張りだった。それというのも、自分達で何をし得るか途方に暮れていたからだ。行政は既存のゴミ収集システムを流用しアザラシを処分しようとした。しかし排除を叫んでいた人々がその口でまたも異議を唱え始めた。ゴミというが、アザラシは燃えるゴミなのか? 燃えないゴミなのか? いや、燃やすゴミだ。ちがうもんあらちゃんはゴミじゃないもん! 黙れ糞ガキその乳臭い口を閉じろ。
 人間たちの喧噪を一喝するように、大人しかったあらちゃん共が一斉に轟き始めた。オォオォォと地響きに似た振動を関東一円に起こされて先住民も行政も恐れ戦き、何もできずにいた。
 だが救世主はいた。EXILEである。EXILEは新メンバー募集と称して片っ端からアザラシを捕獲していった。そしてチューチュートレインのダンスを仕込んで踊らせた。その後の海外公演に際しては歌えもしないアザラシメンバーのみを派遣するやり方を常とした。海外のファンは人間を寄越せと怒ったが、逆にHIROが「メンバーを侮辱するな」と怒り返してファンを感動させた。(なおEXILEはその後、アザラシに続いて外国人労働者を積極的に雇用し50万人を突破、2018年に団体として初の政令指定都市となっている。)


 だが問題はそれで完全に解消されたわけではなかった。EXILEは当然、雄のアザラシのみを捕獲したため雌が大量に残された。
 行政はAKB48に協力を要請したが固辞された。行政側は「既にAKB48にはアザラシ程度の顔貌のメンバーが相当数存在しているのだから、アザラシを加入させてもレベルは下がらない」と主張したが、秋本は「アザラシは人間ではない」として斥けた。
 次に行政はモーニング娘。に目をつけた。90年代後半から2000年代前半にかけて素晴らしく機能し、現在では形骸化している制度を掘り起こそうとした。しかしつんく♂は「アザラシとは寝たくない」などと回答した。
 苦し紛れに行政は、増殖傾向にある韓国女性アイドルグループに複数接触を図ったが、いずれも「メンバーは韓国人のみ」と断られ、ここにきて住民票の乱発が徒となる格好になった。(ただし韓国人としては唯一、ヨン様が秘密裏に協力している。真摯な説得により2頭を北へ帰すことに成功した。(北とは北朝鮮の意味ではない。)2頭は全体に対して無視できる数であるが、韓国語はもとより人間の言語を解さぬアザラシ相手に説得を試み、故郷へ帰すなど並の覚悟では有り得まい。これを無視して韓国全体を非協力と語るのはフェアネスに欠けるためここに注記するものである。)


 秋本、つんく♂両氏に加え韓国勢にも要請を断られ、頓挫するかに思えた雌アザラシ問題であったが、ここでも思わぬ救世主が出現することとなった。
 女子十二楽坊である。
 完全に忘れ去っていたこの組織が雌アザラシを余さず回収して中国へ送還した。日本人の知る女子十二楽坊の構成員は一人も姿を見せず、謎の中国人が片っ端から雌アザラシを捕獲する有り様に、先住民はかすかな疑義を感じたが何も言わなかった。さらにその後、彼らが女子十二楽坊とは無関係であり、あらちゃんたちは食肉加工業者へ送られていると伝え聞いてもそれを聞かなかったことにした。
 2011年の日本人は何せ、地震津波原発、台風の記憶で満たされていたから、あらちゃんのことは忘れて差し支えないと黙って見做したのだ。あれだけ騒ぎ立てておいて忘れてみせる。これが日本の伝統的な「見モンキー・聞かモンキー・言わモンキー」、世界に誇る「世間」という名のシステムである。