OjohmbonX

創作のブログです。

G8+1

 ジャパンのPMはすぐに変わる。とりわけ今度のMr.ノダは復興までのつなぎという分析結果を、このサミットに出席しているいずれの首脳も得ているはずだ。そのかすかな軽侮が、大統領に復職したMr.プーチンの表情に現れたのだろう。Mr.ノダが話し終えた直後に、息を漏らすように嗤ったのだ。
 Mr.ノダが席を立ち、ゆっくりとMr.プーチンに歩み寄る。一瞬で世界に緊張が走った。やめるんだ、何をするつもりか。私はしかし、口の中がからからに乾いて声を出せなかった。首脳の何人かが私に視線を走らせるのを、視界の端で捉える。Mrs.メルケルが私を見ている。バラク、あなたが言うのよ。愚かな真似は控えるように。盟主国たるあなたが……。しかし私はMr.ノダをひたすら目で追うばかりで声が出せない。Mr.プーチンも椅子に背を張り付かせ肘掛けを掴む手に力が込められ、顔には何か膜が張り付いたように表情が失われていた。こんなこと、誰が想像できたろう。よりによってジャパンが。違う、間違っている、こんなとき、ジャパンは諦めたような薄笑いを、目を伏せて笑ってやり過ごすものだろう。どうしてあなたは席を立った。どうして流さないんだ。よりによってロシアを。そして何をするつもりなのだ。ああ、ミシェル、ミシェル、僕はどうしたらいいんだ……。
 Mr.プーチンの目線に合わせるように腰をかがめて、感情の読み取れない独特の大仏フェイス(私はカマクラの大仏を実際に見たことがある)を息がふりかかるほどに寄せてMr.ノダは囁くように言った。
「私が何故ドジョウ宰相と呼ばれているか、大統領、御覧に入れましょう……」
 Mr.ノダは自身の腕をMr.プーチンの鎖骨あたりに押し付けた。Mr.プーチンは体を揺すって逃れようとするがまるでびくともしない。Mr.プーチンはJUDOのブラック・ベルトを保持していると聞いたことがある。それを腕一本で椅子に抑え込んでいる。何だ、何なんだ、これは。全員がただ息を呑んで見つめているばかりだった。
 Mr.ノダは濃い鼠色の上着の内ポケットからドジョウを一匹取り出した。
「これは我々の、『遺憾の意』ですよ」
 そう言って彼はMr.プーチンの口にドジョウを滑り込ませた。Oh...ため息が場を包んだ。終わりだ……戦争だ。
 何かきれぎれに低い声が流れてきた。Mr.ノダが小さく鼻歌を歌っているのだ。ほとんど聞き取れないほどの歌だが、途中でバイブルという言葉が聞こえた。穏やかにバックグラウンドに溶け入りそうな声で、その旋律はどこか聞き覚えのある懐かしいものだったが、私には思い出せなかった。何の歌だろう? バイブル……彼はクリスチャンででもあるのだろうか。あんな大仏フェイスで……
 いや、そんなことはどうでも良い。大統領、考えろ。何か道を見つけだすんだ。戦争を回避する道を、何としてでも平和を維持しなければならない。
 私がホワイトアウトしかける頭を何とか引き留めて考えを巡らしている間に次々とMr.ノダはドジョウをMr.プーチンの口に投入している。一体、彼の上着のどこにあれほどのドジョウが入っているんだ。これってニンジャ!? そうだよね? ママ!
 いや、違う、違う、そんなことではない、問題はそんなことではないのだ、問題は……
 さっきからベルルスコーニが興奮しながら「オバマー、オバマー」と囃し立てている。黙れ。このファッキン下衆野郎は以前、私と、あまつさえミシェルに向かって「よく日焼けしていますね」などと吐かしたのだ。いや、いや、こんな奴もどうでもいい。
 この事態をどうにかすることだ。大国同士の戦争など20世紀に死んだ。いまさら墓からゾンビを掘り起こすなどジョークにもならない。しかし私の懊悩をよそに、どういうわけかMr.プーチンは悦びに満ちた顔をしている。大ロシアの大統領としてではなく一人の個人として、強くあらねばならぬという強迫観念から解放された歓びだとでも言うのだろうか。チャイナ、Mr.フー、君は友好国だろう、ロシアを正気に……お前もちょっとやって欲しそうな顔をしてるんじゃない! ガッデム共産圏、これだから!
「どうやらまだ十分に伝わっていないようですね、大統領。我々の『遺憾の意』が……」
 Mr.ノダは腰の黒いベルトを外し始めた。いや、よく見るとそれはベルトではない。ずっとぬるぬるした、黒くて長い……やめろ、やめたまえ、もはやドジョウですらない、ウナギだ。ジャパンの『遺憾の意』はもう十分だ、もういい! ああ、Mr.プーチンは何故それを期待に満ちた目で熱く見つめる。


 Mr.プーチンは口いっぱいにドジョウとウナギを詰められ、部屋の隅の壁にぐったりともたれかかっている。そのぱんぱんに詰まった口の端に、物欲しそうに指を突っ込んでMr.フーがドジョウをほじりだそうとしている。しかし誰もそれを止める気力を残していなかった。
 Mr.プーチンはほとんど白目を剥きながら、無意識に両手でピースサインを作った。ジャパンのお家芸HENTAIの最新型、アヘ顔ダブルピースというものだ。日露友好。どうやら開戦は避けられたようだ。
 Mr.ノダはまだ鼻歌を口ずさんでいる。


WOW バイブル×彼女の過激
WOW モダンな×彼女の刺激


 私は一気に、完全に思い出した。これはGLAY、「彼女の"Modern..."」、私のフェイヴァリット・ソング。
 腹に響くようなドラムの大音量が突然鳴り響く。そして前奏が派手に始まる。Mr.ノダがテーブルに軽やかに上る。この巨大な丸テーブルは、誰ひとりとして世界の覇権を握らぬという理念を示している。その理念に上ったMr.ノダを、赤や青の照明がリズミカルに照らす。Mr.ノダは踊っている。この理念を軽やかに踏みにじって、ジャパンはまるで無益で豪華なダンスを踊り歌う。


特別な愛と勘違い 真夜中にTELで確かめる
留守電にKICK! 皮肉なメカニズム


 君はこのサミットを皮肉なメカニズムだとでも言うのか? そんなことはない! たとえ欺瞞だろうと形式を貫き通すべきなのだ、と叫ぶ私の理性を目の前の光景が嘲笑する。メルケルサルコジもキャメロンもハーパーも我を忘れて、テーブルの周りで踊っている。そして、もちろん私も踊り狂わずにはいられない。(ベルルスコーニはそれ以前から騒いでいた。)
 ノダは歌いながら、少しもどかしそうに革靴を脱ぎ捨てた。そして靴下も放り捨てた。ベルルスコーニの顔に靴下がぺたりと張り付いた。私達は大笑いし、ベルルスコーニも屈託なく笑っている。
 GDPが3位に転落しても、大地震に見舞われても、これがジャパンなんだと思った。全てを無化して踊るHENTAI。これがジャパンなのだと思った。


快楽もいいけど 何が残るの?


「ウォーゥ、ウォゥ、ウォゥ、ウォゥ、ウォーゥ」
 私達はノダに合わせてステージの下から叫んだ。その問い掛けとは裏腹に私達は全てを忘れて快楽に身を浸してゆく。
 ジャパン、君はドレスに 裸足のままで 冷めた時代を華麗に踊る。