読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

OjohmbonX

創作のブログです。

愛、この永遠の青

 君は本当にミイちゃんを愛しているのだろうか。
 それはひょっとして君が、青狸などではなく猫型ロボットなのだというアイデンティティを、内外に誇示するための手段に過ぎないのではないだろうか。猫のミイちゃんに欲情する私は猫だと証し立てるための。君のひみつ道具で賄えはしない欲望を満たすための道具に、彼女を知らず知らず貶めてはいないだろうか。
 こんなことを言えばきっと君は、(いったいどういうメカニズムなのかな)顔を真っ赤にして怒るだろう。湯気さえ立てるかもしれない。そして僕をひとしきり詰って行ってしまうだろう。しかしきっと僕の疑問は、喉にひっかかった小骨のように、忘れたと思えば不意に軽い痛みを与えて思い出させ、君を不快にするのだ。
 そのたびに君は、その不愉快を与えた僕に苛立つだろう。けれど君は僕を恨み続けはしない。賢明な君は早晩、その疑問の所有権が僕から君へとすでに移っていることに気付く。ああ、君が愚かだったらよかったのにね。そうすればずっと、不愉快な疑惑を僕の側に押し付けて安心していられたのに。


 もしかしたらそれは最初、楽しい作業かもしれない。君はまず、自分がいかにミイちゃんを愛しているか自分自身に並べ立ててみせる。つややかな毛並みが好きなのだ、濡れて日を映し込んで輝く丸い目が好きなのだ、やわらかに空気をふるわせる声が好きなのだ、まるで別の生き物のように気まぐれに動く長いしっぽが好きなのだ、甘く懐かしさを誘う香りが好きなのだ。あるいは彼女の優しい気持ちが好きなのだ。心に描いたいくつもの彼女を、次々に分解してそのいちいちを積み上げて行く。しようと思えばいつまでも、どれだけでも続けられるだろう。
 けれどそうやって積み上げて少しずつ立派になる城壁を眺めて満足し続けられる愚かさを、やはり君は残念ながら持ち合わせてはいない。君の愛と信じた城壁の真ん中に、不安がいつまでも鎮座していることを君はふいに知ることになる。
 そうなんだ。この建築であの疑惑を拭いされはしない。


 次に君が迎えるのはきっと苦しい作業だろう。今まで君が信じていた全てを君自身がいちいち疑ってゆく。君が見ているこの世界そのものや、君自身の存在すら疑うことになる。せっかく築いた城壁はばらばらになり、あちこちに漏れて散らばった不安だらけの地面を恐る恐る踏みしめて、かがんで手に取り、確かめる。
 そうやって思い込みや意地をひとひらひとひら剥がしてゆき、なおそこに愛が残ったのなら、君は歓喜に満たされるだろう。そのとき僕は、僕らは、君を全的に祝福するだろう。そしてそのときにはもう、君が見ている世界は今よりずっと鮮やかなものに変わっているんだろう。
 愛が何なのか、その正体は僕も知らない。本当に残るのかどうかすらわからない。君が確かめるほか仕様がないんだ。ひょっとすると、愛が残るというより、残った何かを君が自身の口で愛と名付けるのかもしれないね。


 こんなことをたかだか二十世紀の人間の僕が言ったからといって、二十二世紀のロボットの君は馬鹿にしたりしないだろう。最初は苛立つかもしれないけれどそのうち、ゆっくり溶けるように分かってくれるだろうと僕は信じているんだ。どのみち何世紀に生きていようと、遅かれ早かれ一人一人が自分の手で確かめることなのだしね。もっとも、確かめるより先に天命が彼に追いついてしまうかもしれないけれど……


 さあ、とにかく君は今よりずっとクリアーに彼女を愛している。歓喜に震えて彼女を愛し続ける。なんて幸福な日々! そして時間は確実に彼女を老いさせる。君よりずっと早く。
 毛並みはぼさぼさに乱れ、目は白く濁り何も映さない。やすりをこすり合わせたような声でのべつ喚き立て、萎れたしっぽはときたま思い出したようにわずかに痙攣するばかりで、彼女の身体からはかすかな腐臭さえするだろう。そして衰えが彼女から忍耐を残酷に奪い去り、傲岸さを露にあらゆるものへ敵意を振りまくのかもしれない。
 しかし君はそれらを悲しむなど思いつきもしない。ひとつひとつを昔と比べてその差をあさましく追い求めたりはしない。ひたすら現在を肯定して歓待するだろう。君は彼女を愛し続ける。
 そして彼女は死ぬ。君は彼女を胸に抱いて泣く。それは悲しみからでは決してない。彼女と君自身と、それから、全ての存在への祝福があふれてこぼれ落ちたのだ。


 そして愛を抱いて一千年一万年と生き続けるがいい。君はその愛を、永遠のものにするのだ。



骨川スネ夫