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OjohmbonX

創作のブログです。

戯曲:紳士の優雅な午後の愉しみ

第1幕

[チェーンストアのカフェ。]
[紳士が紙コップを店長に突き出している。]

  • 紳士 私はコーヒーに多少鼻くそを入れられたくらいで怒りはしない。実際、今までもこの店では毎回入れられていたのだしね。
  • 店長 まさか! どうして黙っていらしたんですか!
  • 紳士 塩味がきいて美味いからな。しかしこれは何だ。私はコーヒーを注文した。ところがどうだ。出てきた紙コップの中には鼻くそしかなく、もはやコーヒーが一滴もない。グランデサイズにみっちり鼻くそを渡されても困る。
  • 店長 おい!

[店長が店の奥へ怒鳴る。奥からアルバイト店員の高校生の男女が現れる。]

  • 店長 どういうことだ。説明しろ。どっちがやったんだ。

[男の店員がいきなり土下座する。]

  • 男子店員 俺がやりました。むしゃくしゃしてやりました。むしゃくしゃして、ほじほじして、入れました。
  • 店長 このろくでなし!

[店長が男子店員を何度も足蹴にする。]

  • 男子店員 すみませんすみません。
  • 紳士 ふうむ。鼻くそコーヒー、ほじほじしたーら、もぐもぐ。という訳か……明治製菓「もぎもぎフルーツ」CMの節で歌う)

[紳士、店長を止めて男子店員を起こす。]

  • 紳士 茶番はもう結構だ。鼻くそを入れたのは君ではあるまい。

[驚く男子店員の鼻に紳士がいきなり指をつっこむ。ますます驚く男子店員と店長をよそに紳士はその指を抜いて一舐めする。]

  • 紳士 やはりね。まず水分量が違う。君のは水っぽい。それに味が違う。鼻くその味からして10代後半の女性のものだと前々から推測はしていたよ。そうだろう?
  • 女子店員 だったら何? そうよ私よ。
  • 店長 あばずれ! 謝れ!
  • 紳士 私はね、君、謝罪が欲しいわけではない。納得のゆく説明が欲しいのだよ。そして建設的な結論に至りたいだけなのだ。さあ、どうしてこんな真似を?
  • 女子店員 虫の居所が悪かっただけよ。
  • 店長 ごくつぶし!
  • 紳士 では君は毎日虫の居所が悪いのかね。君は毎日私のコーヒーにだけ鼻くそを入れていたね。他の誰でもなく、私にだけ。何か私が君を不愉快にしているのか? 教えて欲しい。直すよう努力しよう。

[女子店員は顔を真っ赤にして悔しそうに紳士を睨み付けている。二人の間に男子店員が割って入る。]

  • 男子店員 お客さん、違うんです! 彼女は、彼女は本当は、お客さんのことが好きになって、たまらなくて、気づいて欲しくて、こんなこと!

[男子店員、ふいに顔を覆って泣きだす。]

  • 店長 くたばれファッキン下衆ビッチ!
  • 紳士 ふうむ。しかし疑問はまだ残る。この紙コップいっぱいの鼻くそを君一人で用意できるとは思えないがね。
  • 女子店員 私のよ。毎日溜めていたの。
  • 紳士 嘘をついてはいけない。今日の鼻くそは一味違うね? 君のではないだろう。
  • 女子店員 ごめんなさい、本当は街頭で集めたのよ。発展途上国を支援するNGOを装って募くそをしたの。恵まれない子供たちに鼻くそを、って! ごめんなさい。この鼻くそは本当に必要な人のもとへ、本当のNGOに寄付してきます。
  • 紳士 愚かな。発展途上国が鼻くそで発展するわけがない。ナンセンスだ。返してきなさい。
  • 女子店員 え。
  • 紳士 返してきなさい。鼻くそを、元の持ち主のところへ。
  • 女子店員 え。無理よ。どこの馬の骨とも分からない鼻くそよ!
  • 紳士 しかし今やらなければ、君は一生罪の意識に苛まれるのだよ。私が手伝おう。
  • 男子店員 ねえ、ねえ、お客さんの言うとおりだよ。ぜひやりなよ。君が好きになった人は、本当にやさしい人だったね……
  • 店長 ここはクソガキだらけだよ、全く。

第2幕

[街頭。]
[紳士と女子店員が道行く人に呼びかけている。]

  • 女子店員 あなたの鼻くそー、あなたの鼻くそでーす。寄ってらっしゃい、見てらっしゃい。
  • 紳士 失礼、マダム。これはあなたの鼻くそではありませんか。
  • マダム 私にはそんなものありませんよ。汚らわしい……
  • 紳士 ああ、失礼しました。大量の鼻くそが詰まっている雰囲気のお顔をされていたものですから。
  • マダム し、し、失礼よ、あなた本当に、失礼ですよ!
  • 紳士 くたばれババア。おとといきやがれ。……あとどれくらいかね。
  • 女子店員 3分の1くらい残っています。

[二人のもとへマスクをした中年男性が近づく。]

  • 中年男 私は随分寄付した気がしますが……おそらく、その紙コップの3分の1は下らないと思いますよ。
  • 女子店員 まあ! すてきだわ。
  • 紳士 待ちたまえ、これは嘘だ。ただの食糞マニアが善意の鼻くそを巻き上げようとしている。
  • 中年男 何をおっしゃるのです?
  • 紳士 コップ3分の1もの鼻くそなど、個人が寄付できる量ではあるまい。
  • 中年男 失敬な。家族や親戚から集めたのですよ。その上、特別鼻くその量が多い一族なものでね。
  • 女子店員 そうよ。こんな奇特な方を嘘つき呼ばわりなんていけないわ。

[紳士、中年男のマスクを突然はぎとる。]

  • 紳士 では、その口の周りにべっとりついた茶色いものは何だ。
  • 中年男 これは……チョコレートですとも……。
  • 紳士 クハハ! 言うに事欠いてチョコレートだと。そんな大便臭を撒き散らしておいてよく言える。恥を知りたまえ。
  • 中年男 うんこ味のチョコレートを食べたまでだ。もちろん臭いもうんこそっくりのチョコレートですよ。のっぴきならぬ理由から、チョコレート味のうんことどちらを食すかと究極の選択を迫られたから、まったく常識的な選択を下した結果なのです。

[紳士、奪い取ったマスクの裏をすばやく舐める。]

  • 紳士 笑止! これは紛れもなくうんこ味のうんこだ。鼻くそに色目を遣うなど食糞マニアの面汚しめ。純粋に大便の道を歩みたまえ。

[中年男、憤然と退場。]

  • 女子店員 卑劣な詐欺師!
  • 紳士 (そもそも嘘をついて人の鼻くそを集めたのは君なのだがね。)
  • 女子店員 食糞だなんて、えげつない、あまりにえげつないわ!
  • 紳士 (客に鼻くそを食わせようとした君の方が余程えげつないがね。)
  • 女子店員 でもどうしましょう。もう無理よ、残り3分の1もさばくのは。
  • 紳士 私に案がある。来たまえ。

第3幕

[電車内。]
[紳士が鼻くそを車内に撒きながら歩いている。]

  • 紳士 それっ。それっ。あなたは薄毛だから頭にそれっ。

[車内は恐慌を来している。乗客が逃げ惑う。]

  • 女子店員 どういうことなの、これは。
  • 紳士 だって残った分をさばかなければなるまい?
  • 女子店員 でもこれって正しい方法なのかしら。
  • 紳士 おや、もう鼻くそがなくなってしまったぞ。

[紳士、車両の端から端まで乗客の鼻くそを集めてまわる。乗客は恐怖を顔に張り付かせ、ほじった鼻くそを紳士に渡してゆく。紳士、集めた鼻くそをまた撒き始める。]

  • 紳士 キャッチ・アンド・リリース!

[列車が駅に到着する。紳士、駅員に連れて行かれる。]

  • 女子店員 紳士ーっ、紳士ーっ。

第4幕

[カフェ。]

  • 紳士 甘露、実に甘露!

[紳士が男子店員の鼻孔に口をつけて、はしたなく吸っている。]

  • 男子店員 ああ、やめて下さい。そんなに強く吸わないで。
  • 紳士 ずぞーっ。
  • 男子店員 そんなに吸われたら俺、俺、ああっ!

[ビュバーッ(効果音)]

  • 紳士 ハハ! 男子高校生の鼻水を吸うのは良いものだ。
  • 中年男 ほほほんとにそうですそうですとも。食糞から転向して私の人生バラ色ですなまったく。

[中年男が床に落ちた余り物の鼻水を必死に舐めている。]

  • 紳士 さ、次は右の穴をいただこうかな。
  • 男子店員 もう無理です、もう出せません。お願い……

[紳士、男子店員の肩を強く抱き、右の穴に唇をつける。]

  • 男子店員 あ
  • 店長 よそでやってくれ! うちはそういう店じゃないんだ。
  • 紳士 うん? 構わないさ。これからは「そういう店」にすればよろしい。ずぞーっ。
  • 男子店員 あうっ。
  • 店長 なんですって……なるほど。一理あるかも知れませんな……。

[店長、取り出したカメラで様々な角度からこの光景の写真を撮影する。]

  • 店長 善は急げだからな。早く写真をぐるなびホットペッパーにアップして、集客をアップ。ハハハ! 笑いが止まらんな、こりゃ。アハハハハ!

[この間、何人かの客が来店するが、この光景を見て逃げるように帰っていく。]
[紳士は男子店員の右上腕を大きな手で抱き、彼の顔をのけ反らせ、覆いかぶさるように鼻を吸っている。男子店員は理性のかけらもない顔をして鼻水どころか涎まで垂らし、ときおり痙攣している。中年男は犬のように浅ましく、たまに零れる男子店員の鼻水だか涎だかを求めて床を一心不乱に舐めている。店長は狂ったように笑いながら、近づいたり引いたり、右に行ったり左に行ったり落ち着きなく彼らの周りを動き回って写真を撮り続ける。]
[紳士がひときわ強く男子店員の鼻を吸う。]

  • 紳士 ぞぼぉーっ!!
  • 男子店員 あぅーっ
  • 女子店員 どういうことよーっ!

[出勤した女子店員が彼らを遠くに見て仁王立ちで叫ぶ。ゆっくり近づいてくる。]

  • 女子店員 何なのこれは。もはや鼻くそですらないじゃない。
  • 紳士 違う違う。これは違うのだよ。
  • 女子店員 違わないわよ。吸ってるじゃないの完全に。
  • 紳士 違う違う。鼻水のことは問題じゃないよ。この彼はね、君を静かに愛していたのだよ。そしてその自分の欲望の完成より、君への愛を貫徹させたわけだ。自分が身を引くことでね。私はね、彼の哀しいくらいの優しさをたまらなく美しいと思っているだけなのだよ。
  • 女子店員 思っているだけなら吸ってんじゃないわよ。
  • 紳士 たはは。
  • 女子店員 みんなして……私を……除け者に、笑い者にして……

[女子店員、踵を返して走りだす。しかしすぐに床の鼻水と唾液に滑って転ぶ。顔が床に着く。]

  • 女子店員 あら。とっても甘い。
  • 紳士 君も気づいたようだね。真に心の清い若者の鼻水とは、こんなにも甘くせつないものなのだよ。君が私に好意を抱いたことを私は嬉しく思う。しかし君にふさわしいのは私ではない。彼だよ。

[紳士、女子店員を立ち上がらせ、男子店員に寄り添わせる。店長、授かった赤ん坊に面した父親のような穏やかな表情で二人を見つめる。中年男はまだ床を舐めまわっていたところを紳士に襟首をつかまれ、思い切り後方へ投げ捨てられる。]
[男子店員、かたわらの女子店員の鼻へ、おずおずと指を差し入れる。]

  • 男子店員 君のはかさかさしているね。鼻くそって感じ。
  • 女子店員 あんたのはほとんど水みたい。まさに鼻水ね。あんなに吸われたのにまだまだ溢れてくる……
  • 男子店員 よろこびの泉なんだ、尽きることのない……鼻って神秘だね、ほんとうに!

[男たち三人は離れて若者を見つめている。]

  • 男たち バンザーイ、バンザーイ、バンザーイ!

[男たち、万歳三唱。]
[幕。]