OjohmbonX

創作のブログです。

友達にはなれない

 あ、この人、すっごく感じのいい人だなあ。
 おれはお客さんの額を指で押した。
「いたいです」
「ごめんなさい」
 まちがえた。人間にはいいね!ボタンがついてないんだった。もうクセになっちゃってる。
 それにしても、石焼きビビンバの注文を50分も放置してたのに、ぜんぜん怒ってないんだもん、このお兄さんはやっぱりすごくいい人だ。
「いたいです」
「すみません」
 あちゃー。また押してた。連れの女の人(たぶん彼女)なんて怒り過ぎてほとんど白目になってるのに、この人は黒目のままだ。
「いたいです。やめてください。ぼくの額を押して石焼きビビンバが出てくるんですか?」
「え、そうなんですか? すてきです!」
「違うと思います。早く石焼きビビンバを持ってきて下さい」
「ないです」
「え?」
「石焼きビビンバはないです」
「え? メニューに載ってるけど」
「載ってるからってなんですか!? 関係ないです」
 お兄さんが一瞬だけ白目になった。女にいたっては、白目のままよだれをシャーシャー噴射してる。完全に怒ってる。
「石焼きビビンバはもういいです。何がありますか」
「ゴリラならあります」
「ゴリラ……?」
 女がよだれを止めて黒目になった。
「生ゴリラは食中毒になるってゆって消費者庁が禁止したので、石焼きゴリラしかできません」
「おいしいですか?」
「しりませんよ! さっきから、メニューに載ってるものは出てくるとか、店員なら味を知ってるとか、『お客様は神様』って勘違いしてると思います。親の顔が見てみたいです」
 お兄さんは完全に白目になった。ちょう怒ってる。女はすごく興味しんしんだ。
「いいから早くゴリラを出してちょうだい……」
「もう出てますよ」
「え?」
「あなたです。そんな風に、注文した品が出てこないからってすぐ怒るような、あなたの心がゴリラです」
「ぼくはゴリラと付き合っていたのか?」
「そうです。あなたたちはゴリラのカップル、ゴリップルです」
「あたしは人間よ」
「だまれ。さっそくこのメスゴリラを焼く石を持ってきますね」


「お待たせしました。石焼きビビンバです」
「あるじゃん」
「?」
「石焼きビビンバ出せるじゃん」
「お客さんが注文したから出してるんじゃないですか……何言ってる……ぜんぜん意味がわからない……」
 カップルはビビンバを食べ始めた。
「冷たい。固い」
「作ってから1時間も経ってるから当たり前です」
 女がまた白目になった。お兄さんがなだめる。
「まあまあ。いいじゃない。ビビンバが食べられるんだから」
 ああー。やっぱいい人だなあーっ。
「いたいいたい」
 おれはみんなの分もいいね!ボタンを押してあげようと思った。まずは
「おれの分!」
「いたっ」
「これはお兄さんの彼女の分!」
「いたいよっ」
 もうグーで殴ってる。
「そしてこれが……ゴリラの分だーッ!!」
「ひーぃ」
 お兄さんは失神した。


 カップルは結局、ビビンバだけ食べて会計した。
「5,800円になります」
「え。メニューには950円って書いてあったのに」
「何回言わせる!? メニューとか関係ない」
 お兄さんの血だらけの額を見ていたら、おれは急に、たまらなく心がきゅんとした。
「ともだちの申請してもいいですか」
「え?」
 女が大声で笑いだした。
「この人はフェーィスブックしてないのよ」
 じゃあおれがいっぱい押したのは、なに?
「あんた、さみしいんでしょ?」
 女がおれの手を突然つかんだ。
「あたしがあんたのお母さんになってあげる」
 やわらかくておおきい、女の胸がせまる。おれは女に頭をがっちりつかまれて逃げられない。
 やめろやめろ!
 あぁ
 胸に顔を押し付けられる。息ができない。
 絶対にちがう。おれが望んでいたのは、こんなことじゃない。