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OjohmbonX

創作のブログです。

憎まれっ子はばかるザ・ワールド

 ああ、磯野に馬鹿にされていると先生が突然思ったそのときにはもう、授業を続けられなくなっていた。
 先生が何の前触れもなく黙って、教室の入り口あたりをじっと見ている、子供たちはそわそわ落ち着きを失って、お互いの顔を見合わせたり先生の視線の先を追っている、だけど先生が黙っているせいで誰も声をだせない、静かな教室に耐えられなくて、わざとノートをかしゃかしゃめくったり鉛筆をとんとんしたり音を出す子も出てきて、みんなの心のざわめきが少しずつ、教室のざわめきになりはじめる。
 もう無理なのだ。もう心が囚われているのだ。私はこの子に馬鹿にされている。先生は教壇を降りて入り口に向かう。戸をがらりと開けて顔を外に突き出す。
「磯野。」
 廊下に立たされていたカツオがびっくりして振り向く。目をまん丸にあけて見上げている。つるつるしたほっぺたで、あどけなく小さく口を開いて、隙があれば面白いことをいって誰でも笑わせてしまおうと伺っている顔で。
 だけどすぐに口は閉じて目は不安げに光を失ってしまう。先生が険しい表情で容赦なく見下ろしているから。子供の目は先生の目とネクタイの間をいったりきたりして、頭でくるくる理由を考えている。遅刻したこと以外で叱られる理由、廊下に立っている間に何か、叱られるに値する行動があったのかどうか。
「わざとだろう。磯野。わざと廊下に立っているんだろう。」
 みんな息もできずに教室の入り口を見まもるしかない。壁の影に隠れて先生の顔もカツオの顔も見えない。反対側の窓から入り込んでまじりあってくる低学年の体育の音からよりわけて、廊下の声を必死で聞いている。教室が5年生の耳だけになる。
「答えなさい。いや、答えなくていい。先生はわかってる。磯野はわざと遅刻している。廊下に立つために。そして通りかかる先生や、下級生に見られて、恥ずかしくてうれしいだろう? 妹に見られれば恥ずかしさで頬を真っ赤にして、心臓がどきどきして、筋肉という筋肉がふるえて……うれしいだろう? そんなうれしさが病み付きになってわざと遅刻して、今日もまた遅刻して、そしたら先生が怒ってぼくを廊下に立たせてくれる、わざとだなんて気づかない馬鹿な先生が。磯野はそんな風に思っている。だけど先生はわかっている。そうだな?」
「あの、ぼく、よく、わかりません……」
 ディーッン! あ、っ。
 花沢さんが思わず立ち上がって叫ぶ。先生!
「あんまりです先生! 教師が生徒をたたいていいんですか。」
 こんな緊張、小学5年生には耐えられない。だって何が起こってるのか目で見えないんだ。なのに、間違いなく、突然わけもなく先生が友達を殴る音が、そばだてた耳に侵入する。女子の何人かは声をおさえて泣いている。
 にゅーっと先生の顔だけが教室に戻ってくる。一人立ち上がっている花沢さんに、先生のおだやかな顔が振り向く。人差し指を立てて、口にあてて、しー。
「座っていなさい。」
 返事もできずに花沢さんはくたくたと椅子にもどる。空になったままの、となりのカツオの席に、右手をついて、ようやく座っていられる。まるで体に力が入らない。先生の顔はほほえみを残して廊下ににゅーっと戻っていく。


 カツオが絶叫しながら引きずられる。鳥のような叫びのあいだに、ごめんなさいごめんなさいと謝罪の言葉をわけもわからず混じらせながら、泣き喚いている。その足首をつかんで引きずりながら先生が教室に入ってくる。大声で笑いながら入ってくる。そしてカツオを教壇の上に放り投げる。
「みんなの前で説明しなさい。ぼくはわざと遅刻して廊下に立って、気持ちいいんです、頭がおかしいんですって、みんなに言いなさい。」
「ごめんなさい、ゆるしてください、」
 息ができない。わけもわからない。まともに言葉にならない。しゃくり上げながらカツオは、まともに頭もはたらかずに、ただ謝りつづける。鼻水と涙で顔がくしゃくしゃになる。
 ディーッン! あ、っ。
 キィーヤッ。今度は目の前で同級生が先生に殴られる。一斉に悲鳴をあげてもう男の子も女の子も関係なく、ぼろぼろ泣いたり、固まって目を見開いたり、目をかたく閉じて耳もふさいでいたり、ほんとうに、こんな小さな心では耐えられない!
 おぉっ、磯野君、あたしっ!
 花沢さんは感極まって両手で口を抑え、涙があふれる。あたし、磯野君のことを、愛している! ふいの実感が彼女を襲う。わかってる。こんな風に泣き喚く姿を同じクラスの人たちに、見られるなんてほんとは無理だよね。恥ずかしくて死んでしまいそうで、だけど……今は生命がかかってるから。だからしょうがないもの。かわいそう磯野君、あたし愛している。
「ほら。ちゃんと言いなさい。ぼくは、廊下に立って、だんだん足や太ももや背中が痛くなってくると、しびれるように痛くなってくると、気持ちがいいんです。つらいけど、それを人に見られて、絶対に座っちゃだめだ、そう思うと……気持ちがよくなります。そうみんなに言いなさい。」
 がくがく頭をゆらして、ぱくぱく口を開いて、ぷるぷるふるえて、磯野君ったら、なんにもしゃべれないんだもの。そんな弱い男じゃ花沢不動産を継がせられないなんて父ちゃんは、言うかもしれないけど関係ないあたしが、なんだってやってあげるんだもの。ああ心があったかい液体に溶けてくみたい。涙が口に入ってきてしょっぱいみたい。
 そぅれ先生がまた叩いた。さっきよりも強く。
「それで先生のことなんにもわからない愚か者だって馬鹿にしてたんです。そう言いなさい。」
 もう先生はひとりで喋りつづけてカツオを殴りつづけている。あざだらけになって、服は汚れて、ぼろぼろになっていく。
「それとも磯野は、こうして殴られることも織り込んでいるのか。殴られて悦んでいるのか? 同級生たちの見ている目の前で、今も先生にこうして叩かれて、内心でほくそ笑んでるんだろう。引っ掛かった、馬鹿な教師が、まんまと引っ掛かったと。同級生たちの面前で殴られてまた悦んでいる。」
 怒りが怒りの呼び水になって、とめどなく続いていくのだと、子供たちの中でいちばん聡明な早川さんはそう理解した。なにかきっかけがないともう止まらない。例えば、チャイムがその役目を果たしてくれるかもしれないと思い始めてから、ひたすら視線を時計に注いでいる。まだ授業が終わるまで20分もあるのに、つぎの瞬間にはもうチャイムの音が響いているんじゃないの、そんな気さえしてじっと秒針の動きだけを注視していると、チャイムの幻聴、その気配まで耳に届く始末だった。早川さんの視界の下方でカツオは殴られ続けている。
 先生はふと殴るのをやめて、カツオのうわばきを脱がせてその先端を吸った。
「この味に、磯野の頭の悪さがにじみでているな。」
 左足。右足。交互に吸っている。
 うわばきを窓の外に放り捨て、すばやく足首をつかんで今度は直接カツオのつま先を、左足。右足。交互に吸っている。もう5月なのだ。小学生の足が蒸れる季節である。
「馬鹿にして、馬鹿にして、先生を、馬鹿にして、」
 チュッ、チュッ、左足、右足、左足、顔を左右にふって、リズムよく吸っていく。ヂュゾーッ!
 大口をあけて両足をまとめて、一気に吸い込む! 大人の吸引力を存分に発揮して、小学生の足をほおばる。喉の奥につかえてエロエロエロエロ大量にゲボを吐いてカツオの足を興味なさそうに捨てながら「これ、みんなで片付けておきなさい」と言いおいて先生は教室をあとにする。チャイムはまだ早川さんの耳に届かない。


 残された子供たちはふわふわ立ち上がって教室の前に集まってくる。「片付けておく」が先生のゲボのことなのかカツオのことなのかよくわからずにみんな黙って見下ろしている。誰も何も言わないのに一番のともだちは中島君なんだから、なんとかしてよの雰囲気が濃くなってくる。こんなことになるなら磯野の友だちなんてやめていればよかった。
「こんなのひどすぎるよ!」
 中島はタニシみたいな速度でカツオに近寄っていく。なんだよこんなのぼくにどうしろっていうんだよ。
「こんなことがあっていいわけない!」
 中島はみんなの顔色をうかがう。みんなの態度が自分の発言の正しさを裏打ちしてくれて少しずつ自信をつけていく。とうとう磯野の前にきてしまった。ぼんやりぼくを見上げてる。それで、どうするの?ってみんながぼくを見てる。
教育委員会に訴えるべきだ。子供が解決できる問題じゃない。」
 ぱちぱち誰かが拍手した。みんなが拍手しだした。ぼくはうれしかった。磯野がぼくを見てる。ゆっくり金魚の口みたいにまばたきしている。魚みたいにもう、何も考えてないみたいな顔してぼくを見てる。こんなの友だちって感じぜんぜんしないな。念のため、もう一度言っておこう。
教育委員会とか、PTAとかに、なんとかしてもらうしかない。」
「そういう問題じゃないな。」
 大きな大人の手でいきなり、後ろからがっしり両方の二の腕をつかまれて中島は、呼吸が止まり瞳孔が開き、足にも腰にも力が入らなくなって崩れそうになるけれど、先生がそれを許さない。
「みんな、もっと近くに集まりなさい。よく見なさい。」
 先生のゲボが鼻につく。カオリちゃんが奇声を上げて手を叩く。中島が頭をそらして少し振り返る。先生の大人の大きな顔が間近に迫って大人の男の息がかかる。先生はカツオだけを見てる。
「先生はね、5年3組、このたった一年しかない永遠に、全身が壊れそうなくらい感謝しているんだ。」
 先生の熱い言葉を耳から注ぎ込まれて中島は尿を漏らす。カオリちゃんがゲータゲタ笑い出す。さっきまでしくしく泣いていた恐怖を心がもう耐えきれずに笑いに変えている。先生に指示されて橋本と西原がカツオをかつぎ上げる。他の男子も手伝って教卓の上にカツオを腹這いにのせる。先生はペンギンの親子みたいに中島をよちよちカツオの尻の前まで運んでくる。半ズボンにぴったり収まった、肉の薄い少年の尻。
「中島は磯野の親友だから、尻を思い切り叩きなさい。」
 ピシャーン。きゃるーん。
「もっと叩きなさい。めいっぱい叩きなさい。」
 ピシャーン、ピシャーン、きゃるーん。ピシャーン、ピシャーン、きゃるーん。
「なるほど。」
 先生は満足そうに頷く。中島は不動明王に似た憤怒の形相でカツオの尻を叩き続ける。カツオは背をのけ反らせて子犬のように鳴く。花沢さんが顔を火照らせて凝視している。早川さんはじっと目を閉じてチャイムを待っている。ゲータゲタカオリちゃんが笑っている。


 背中をぽんぽんと叩かれて中島は我に返り親友の尻を打つ手を止める。
「さあみんな席に戻りなさい。ああ、磯野さん。」
 教室の入り口に波平が立っている。
「お仕事中にお呼び立てして、どうも申し訳ありませんが。どうぞ。」
 保護者を教室に招じ入れながら先生は、床を汚している生徒の尿と自身のゲボを気にしている。
「近頃の生徒は掃除はしない、遅刻はする。特にカツオくんは少々私の手に余ります。そこでお父様からも一つ。」
 ヴァッカモーン。あうっ。
「その通りです! 私が聞きたかったのは磯野さん、あなたのそのカミナリです! どうぞ叱ってやって下さい。私それ見てますんで。」
 ヴァッカモーン。ヴァッカモーン。あうっ。ヴァッカモーン。あうっ。
「よろしければ尻も叩いてやって下さい。」
 ピシャーン。きゃるーん。ヴァッカモーン。ヴァッカモーン。あうっ。
 きゃるーん。ヴァッカモーン。あうっ。ピシャーン、ピシャーン、きゃるーん。
 先生は教卓を回り込んでカツオの顔の前にやってくる。
「そもそも君が私を馬鹿にするのが悪いんですよ。」
 ディーッン! あ、っ。カツオの頬を張る。
「みんな目を離すな、これが教育です。」
 きゃるーん。ヴァッカモーン。あうっ。ディーッン! あ、っ。ピシャーン。きゃるーん。ヴァッカモーン。ヴァッカモーン。あうっ。
 父親に叱責され尻を叩かれ、教師に頬を殴られ、同級生の視線を集め、次第にカツオのたたきが完成してゆく。先生はたまらなくなって、大人の男の両手で少年の頬を挟み込む。自分の顔を引き寄せて胃の奥から熱い息を、教え子の丸い鼻に吐きかけながら
「これが教師をコケにした報いだ。一生後悔しろ。」
 生涯全てを注ぎ尽くしても得難いほどの悦びに腕の震えを止められず、先生はカツオの顔を覗き込む。涙と鼻水が乾いて凝り、頬も腫れている。父親に尻を叩かれて喘ぎながら、潰れたまぶたの奥で黒い目がぎたぎた嗤っているのを見て先生は戦慄する。湿った声でカツオがささやく。
「ね、先生。ぼく、お父さんに愛されてるんです。」
 息を詰まらせて先生は思わずカツオの体を教卓から払い落とす。びたーんと床に落ちたカツオを、胸が痙攣して呼吸もままならない先生は、胸に右手を強く当て、左手で口元を覆い、見下ろしている。
 どぉーん。ごぉーん。ぼぉーん。どぉんー……
 授業終了のチャイムが大太鼓のバチで鼓膜を直接叩くみたいに響いてくる。時間が遅延している。ぐちゃぐちゃになったカツオのたたきがうれしそうにお腹をかかえて、足をばたばたさせてけらけら笑っている。全て仕組まれていた。私が磯野に全部だまされていた。私に父親を呼ばせて、同級生全員の前で尻を叩かせるところまで、全てが磯野の意図だった。
 呆然として先生は波平に視線を移した。
 黒い影が一瞬沈み込み、躍りかかってくるのに気付いた。ほとんど無意識に、黒板の脇にかけてあった大型の三角定規を素早く手に取り前に構えた。直後に衝撃を感じ、目の前には波平の体があった。
「さて先生。ここからは大人が責任を取る時間ですな。」
 三角定規には刀が突き立てられていた。取っ手とプラスチックの板をつなぐ金具で受けて、今の一撃をかろうじて防ぎ得たのだった。三角定規は衝撃で二つに割れて落ちた。


「先生は、剣の方も随分遣われるとか。」
 先生と波平は教室を離れ、二人で連れ立って廊下を歩いていた。
「はあ。教職課程で習いました。それから少しく面白くなりまして、今でもたまに町道場に通っております。」
「結構なことです。関東では敵なしと聞いております。」
「いやいや、お恥ずかしい、ほんの手慰みです。」
 謙遜で言ったまでだった。最新のスポーツ科学の知見も取り入れ、解剖学的な理解、身体の効率的な運用、自他の心理の操作と、いずれ現代の剣術家として理論・実践の両面で最高峰に達しているという自負があった。
 すでに2時間目が始まって廊下には子供の姿もなかった。ただ二人が穏やかに並んで歩いていた。
「先生は『さざ波』という秘剣をご存知ですかな。」
「いえ……。ああ、聞き覚えがあるような気もします。道場の老先生がそんな話が好きで、かつて全国各地にあった古い流派のことを調べては、話したがるのですよ。」
 二人は来賓用玄関につき、波平は腰をかがめて革靴を履きにかかった。
「私は職員用の玄関から回りますので。」
「では先に運動場でお待ちしています。」
 波平が革靴の紐をきつく締め上げ、蝶結びでなく固結びに結び切るのを見て先生は、憐憫にも似た思いを抱いてその場を離れた。


 春の乾いた土埃が舞って口の中を不愉快な味で汚していた。先生は焦燥で灼け付きそうな頭を努めて冷静に保とうとした。焦りで不用意な打ち込みを見せれば、ただちに致命傷を受けるであろうと分かっていた。しかしもはや猶予はないと思った。構えた白刃の向こうから鋭く伺う波平の眼を睨みつけた。
 運動場の真ん中で教師と保護者の死闘はもう30分以上も続いていた。両者ともねっとりした汗にまみれ土埃に汚れていた。波平の背広の上着は肩のあたりが破れ、太ももには血が滲み濃紺のスラックスに黒い染みを作っていた。先生の方は右手首の傷が一箇所だけだった。しかし傷は深く肉がえぐれ骨が白く見えていた。
 はじめに背広姿の初老の男がグラウンドに佇んでいるのを見たとき、ふと哀れに思ったのだった。しかしたちどころに考えを改めざるを得なかった。打刀よりわずかに短い小太刀の構えはひたすら堅牢で、渾身の打ち込みをことごとく防いでいった。波平は素早さも力強さも先生に劣っていたが、体さばきに一切の無駄がなかった。脂の乗りきった中年の教師の激烈な剣撃を、軸を外して流し受け、半歩ずつ引いていく。打てども押せども響かない。体勢を立て直そうと一旦先生が引いた瞬間だった。波平の身が躍りかかった。隙を見せたわけではなかった。しかし浅く小手を斬られた。受けた直後に先生も追撃を放つが波平にはわずかに届かなかった。
 それから波平が右の小手だけを一途に狙い続けているとすぐに知られた。狙いは執拗を極めた。押せば引き、引けば押し寄せる。徹頭徹尾この繰り返しだった。
 秘剣、さざ波……。
 地方の小藩、海坂で編まれた技と老師範に聞かされたのを先生は思い出していた。今はただ名のみが伝えられているという。老人の他愛ない絵空事と聞き流していた。しかし絶えてはいなかったのだ。磯野の家は城詰めの侍だったと聞くが、まさかこのような技を代々伝えていたとは驚きだった。
 右手の感覚はもはや失われていた。猶予はない。次で決せざるを得まいと腹を据え、上段に強く振りかぶった。先生は低く叫んだ。右手が勝手に柄を離れて垂れ下がるのを感じた。黒い影が飛び込むのを見た。突き上げるように胸に剣が深々と刺し込まれる痛みに耐え、脇をすり抜ける影に向かって柄尻を掴んだ左手を振り下ろした。しかし何らの手応えもなく剣は空を切った。体勢を崩して倒れ込みながら、そのまま波平がグラウンドを突っ切り、校門から走り去るのを見た。
 地面に仰向けに倒れ土の匂いをいっぱいに吸い込み、かすんだ空を見た。
 どぉーん。ごぉーん。ぼぉーん。どぉんー……
 チャイムが耳を真っ白く覆っていく。2時間目の終わりだった。20分休みがはじまり、子供たちが校舎の入り口からあふれてくる。巨大なダムの一点にひびが入り、そこから一気に水が崩れ落ちるように、子供たちが校舎からあふれてくる。水面にきらめく光みたいな歓声が耳を騒がせる。ああ、本当に先生がバカだった。もう一度、あともう一度だけ5年3組の先生をやり直したいなあ。磯野がお父さんからあの技と愛情あふれる厳しさを受け継いで、こんどは磯野がお父さんになってその子供が、5年3組に入ってきてそしたらぼくは、もっといい先生になろう。子供たちにあんな顔をさせてはいけなかった、もう一度5年3組の先生にさせてください、みんな、バカだった先生を許してください。もしも許されるのならつぎの5年3組に会えるまでぼくを、洗い流してください……
 子供たちの暖かくてキャアキャア嬉しそうな声が押し寄せてきて先生は、ほほえみながら、何もかもが真っ白になるのを受け入れていった。