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OjohmbonX

創作のブログです。

ゴールデン・ジャーマニズム

 小学生の唇の奥で金歯が光る。お昼休みなのに土砂降りで冗談みたいに外が暗い。教室の蛍光灯の青っぽい光がジャーマンの金歯の表面をねらねら滑ってく。全員ひとことも口きかずに見てる。
 ほんのちょっと前までみんな大笑いしてたのに。頭おかしくなるくらい笑ってた。何も知らずに廊下を通りかかったよそのクラスの生徒もつられて笑うくらい笑ってた。急に松坂がブリッジで歩き始めたから。みんなが周りに集まって変なうごき! きもいきもい! 松坂が右へちょこちょこ動くとみんなも右へ、左へ動けばみんなも左へ。女子が松坂のおなかをちょんと押すと、きゃっと叫んで松坂がぺちゃんと背中から落ちる。息できないくらい笑ってた。
 いい加減にしろって大声で怒鳴る声して松坂はびっくりして怯えて固まったけど、怒鳴られてたのはジャーマンだった。人垣の奥の方で溝口に腕つかまれてにらまれてた。ゆるく開いた唇のあいだで金歯が光る。溝口が怒鳴って誰も気にしてねんだよお前の金歯とかさあ、ジャーマンは耳を真っ赤にして頭がいっぱいになって泣きそうな顔して、溝口も耳を真っ赤にしてうちら、たしかにもう一年たつのになと思いました。


 みんなで何して遊ぶか決めててジャーマンの案が無視されたからだっけ。急にジャーマンが怒って走り出して、うちらの方向いてわめきながら走ってて前向いてないから、あ、やばいあぶないってうちら叫んでジャーマンが前向いたらもう鉄棒が目の前でガーンッてぶつかった。口が血だらけで病院に運ばれて金歯になった。
 金だからゴージャスって呼んだ。恥ずかしがってしゃべるとき口許を手で隠すようになって、あんまり口も大きく開かないようにしてたからオホホホホ、オホホホって感じで笑う。貴族みたいだからマロってあだ名になった。ゴージャスの方のあだ名も残ってた。
 あんな風に金歯隠して笑ったりしてかわいそうってみんな思ってたけど、それとあだ名つけることは別問題だから。本人も最初しか嫌がってなかったし。それが5年生の夏の話で、今は6年生だけど。あだ名をつなげてゴージャスマロって呼ぶ人でてきて、長いからゴージャマンになって、ジャーマンになってみんな由来忘れてジャーマン、ジャーマンって最初からそういう名前だと思って呼んでる。
 5年生に金歯の男子いるって噂が同級生、兄弟、同級生、兄弟って全校に一瞬で伝わって知らない1年生の子が、金歯を見せてくださいお願いしますってやってきた。ジャーマンが困った顔して黙ってるから、かわりに溝口が1年生を殴った。まだ幼稚園児みたいにふにゃふにゃしてるのに1年生を殴るのはひどいからジャーマンは溝口を止めて、口を開けて金歯を見せたけど1年生はもうひたすら泣いてる。
 せっかくジャーマンのために1年生を殴ったのに結局金歯を見せるから溝口は怒り狂ってジャーマンをぼこぼこにしたことでジャーマンの奥歯は折れて金歯が増えたが溝口は手首が折れた。そういう人間だから溝口が左手だけでノート書いて大変そうだったけど誰も手伝わないし。それでまた怒りだして溝口が壁を殴って左手も折って犬みたいに口だけで給食たべるの見てやっぱりかわいそうだなと思ってもうちら誰も手伝わないし。
 3年にジャーマンの妹がいていつもすごくアピールしてる。
 ほら今光った。今! 見た? じゃあ私の指さしてるほう見てて……ほら、光った! すごいでしょ。だって、私のお兄ちゃんだよ。ジャーマンが金歯を持つ男だってこと校内での宣伝に最も尽力した人物がこの妹。


 お兄ちゃん。金歯を隠そうとしても無駄だよ。本物の輝きは、かくし切れないものなのだから。
 ジャーマンの妹だからマンコというあだ名がついて本人もまんざらじゃないぜって顔で自分のことマンコ、マンコと呼んだが教師が有無をいわさず禁止した。みんなで先生に抗議したのに先生は理由も言わずに禁止した。それで女子からはゆっきー、男子からは水岡さんってもとの呼び方に戻った。水岡は校内でジャーマンを見かけるとぜったい走ってきて話しかけるけど、ジャーマンはほんとに嫌そうにしてる。ゆきもさあ。友達といるんだから別にぼくの方こなくていいし。なんで。なんでって……。なんで。兄妹じゃん。
 ジャーマンは上手に答えられない。なんで学校で家族に話しかけられるの恥ずかしいってこと、こいつがわからないのかわかんない。
 兄妹そろってスイミングスクールに通ってて、息継ぎのときは紛れもなく口が開いちゃう、平泳ぎで水面に顔を出すたびに金歯がギラギラ光って、この付近ぜんぶの小学校にジャーマン、この金歯を持つ小学生のうわさが広まる。スイミング帰りのバスでプールの匂いを出しながら水岡が、今日は西小のミチルがお兄ちゃんの金歯を見たよ、それから、ずっとお兄ちゃんの金歯見てる男子いて話しかけたら、西小の吉田とかいうやつでスイミング始めたばっかりって言うから、わたし金歯のお兄ちゃんの妹だよって自慢したらすげえって言われたし?
 バスを降りてマンションのエレベーターの中でも水岡はずっと自慢し続けてジャーマンの頭の中はむちゃくちゃになって、ジャーマンは家の玄関のところで水岡を突き飛ばした。殴るって考えたことない人間だから突き飛ばして、それでも他人に攻撃するなんてほとんどしたことないから興奮してサルみたいな顔で剥き出しの金歯がギラギラ光る。妹はギャーとサルみたいに叫んで手を叩いて喜んだ。これ。これだって。みんなが見たいやつ、わたしが見たいやつ、この輝きだよ!
 母親の水岡がジャーマンを怒る。妹を突き飛ばす兄、ろくでなし! 永久歯が折れちゃったからしょうがないのに、折れたのは自分のせいなのに。ジャーマンはその通りだと思った。妹の水岡がゲータゲタ笑って、母親の水岡の哀しそうな顔を見て反省した。ジャーマンは学校のウサギ小屋で臭いウサギを見下ろして、この者共は、と思った。いいなあ。前歯が伸び続けてる。舌で金歯の感触をさぐる。前歯が生えてこれば、金歯なんかいらないのにな。


 ウサギが激増してきてる。もともと子ウサギは教員が殺処分して焼却炉で焼いてたけど追いつかないペースで増えてる。週2の燃えるごみの日くらいのペースで近隣住民が無断で捨ててくから。ウシガエルみたいに平たく太ってちゃんと跳ねないのそのそ動くだけのウサギで小屋がいっぱいになった。となりのニワトリ小屋に進出してきて、さいしょはニワトリも抵抗してたけど全滅した。誰かが、たぶん先生が小屋にこっそり狂犬を入れてだいぶウサギを噛み殺していただいたけど、結局そいつもウサギに埋もれて死んだ。小屋から逃げ出して教室に入り込むウサギまででてきた。いたいって足首かまれて溝口はウサギを蹴りとばす。溝口の手の力が緩んだすきにジャーマンは腕を振り払って教室から逃げ出した。
 もう松坂もブリッジする気なくしちゃったし、することないからみんなでウサギを蹴るなって溝口を責めたけど、足を噛まれたからしょうがないじゃんとか言い訳ばっかりするから、でもウサギを蹴るのは悪い、ウサギを大切にしろって20人がかりできゃあきゃあ言ったら、はいはいすいませんでしたーって溝口は言うわけ。ってゆーかうちらじゃなくてウサギに謝りなよ。って女子が言ったら溝口がキレて殺すって、急に声変わりして言ってふつうに女子を殴りだした。本格的にうちら先生に言おうと思ったね。
 でもちょうどおばちゃんが教室に入ってきて、こんなとこまできてどうしょうもないウサギだよってウサギの耳をつかんで3階の窓から捨てると、土砂降りの音に吸い込まれてウサギは消滅した。窓を閉めるとおばちゃんの首が真後ろまで回って、ウサギ放っといてトロいわねあんたたち。あたしはウサギと戦うから。チャイムが鳴っておばちゃんは出ていってみんな席についた。いつのまにかジャーマンも席に戻ってた。


 おばちゃんも、おばあちゃんも、校舎に入り込んだウサギを競争するみたいに殺してる。授業中でもウサギ見つけると無断で教室に入ってきてつかまえて、ひねる。ウサギは動きがのそのそ遅いからすぐつかまる。おばちゃんの手の中でウサギがぐったりしてくの見て死んだんだってことに気づいた女子が泣き出しても、ふぁーって怒って、肉を食べなきゃあだめだ、大きくなりゃしねえって女子の顔をウサギの死体でひっぱたく。調理実習で使えば無駄にならねえって言う。この女の子がアパートで母子家庭の子だからそういうことする。おばちゃんは金持ちの子供をえこひいきする性質あるから、マンションに住む子供にはそういうことしない。金持ちの子供はがつがつしてないからという。
 子供たちは金持ちとか貧乏とかの概念は知っててもそれを友達に適用する習慣は持ち合わせていなかったのに、そうやって差別意識を植え付けられそうになった。だけど、おばあちゃんの方が頭ぼけてるせいで毎日ちがう子をえこひいきするおかげで子供たちの差別意識は定着せずにすんだ。
 おばちゃんもおばあちゃんも、もともと誰かのお母さんだったみたい。ぃゃーだ先生ったらこんなにお忙しいの。あたしたち保護者もなにか学校のことお手伝いした方がいいわよね。
 はあぁん? どうして先生方が反対する!? あたしは先生と学校、子供たちのこと思ってしてあげてますけど。そうやって教師の抵抗を押しきって学校に居座った。自分の子が卒業した後も、けっきょく子供って地域で育てるものと思いますけどねえと言って居つづけた。そういうお母さんはおよそ20年間隔で現れて今この学校には二人いる。年寄りの方の女をおばあちゃん、年寄りの手前の方の女をおばちゃんと呼んでいる。
 先生も全員かわってもともと誰のお母さんなのかわからない。おばちゃんとおばあちゃんはウサギを求めて男子トイレにも入ってくる。もともとウサギがいなくても勝手に入ってくる。男の子たちみんな1年生の時からずっとそうだし、先生も何も言わないからそういうもんだと思ってる。ぎゃーっかあわいいおちんちんだねえ! ぎゅっ。ウサギを絞めながらおばちゃんやおばあちゃんに大声で言われて男の子ははにかむ。ウサギは手の中で死んでいく。


 お昼休みなのに土砂降りで冗談みたいに外が暗い。ぬれた廊下で滑っておばあちゃんがウサギの頭の上におしりから落ちる。ウサギがギャーッと鳴いて壊れた。腰を打ち付けてお年寄りがつらそうに立ち上がるのを見てジャーマンは小さな心をきゅうきゅう痛める。スカート汚れちゃったじゃないもう~ぷりぷり怒りながらすぐ洗わなきゃシミになっちゃうっておばあちゃんはいなくなる。ウサギは頭つぶれて死んでる。前歯が飛び出してる。泣きそうな顔でジャーマンが見てる。溝口も向かい側でウサギを見てる。二人ともギャーッってウサギの叫びが脳みそにこびりついてる。
 子供たちがどんどん廊下に集まってくる。かわいそう。ひどい。ウサギも集まって死骸をぺろぺろ舐める。気持ち悪くて吐いちゃう子もいてウサギがゲボもぺろぺろ舐める。おばちゃんがきてウサギの生きてるのも死んでるのもみんな窓から捨ててく。あんたたち、トロすぎ。すぐ捨てなきゃ臭くなるじゃないの。低学年の子だってできるのにあんたたち高学年のくせにどうしようもないほんと。みんな教室に戻ってジャーマンは昼休みなのに一人でぼんやり席に座ってる。
 前歯のこと考えてんだろ。
 びっくりしてジャーマンが顔あげると両手が壊れてる溝口が机の前に立ってる。前歯が、ウサギの前歯があんな風に飛び出しちゃって、ぼくが死ぬときもあんな風に前歯だけ出ちゃうのかもって怖くなる……金歯はぼくじゃないから、ぼくが死んでも金歯だけ残って、ぼくだけ窓の外に捨てられる。
 え。金歯ってお前の一部だろ。
 なんかベロでさわると変な感じするから。ほかの歯と違う気がするし。溝口も前の席に座って、机越しにジャーマンに顔近づけてベロで前歯を触って確かめてみる。口をちょっと離して、ツバが糸ひいたのをぺろっとなめとって別に変な感じしないけど。えー。あ、あと奥にも金歯あるからそっちは? ジャーマンの口を自分の口でおおって、ぐっと奥まで舌を伸ばしてなめてみる。ジャーマンは苦しくて口の端の隙間で息してる。つばがあふれてくる。
 運動場の地下ぜんたいにウサギが掘った巣に水がどんどん流れ込む。ウサギが溺れ死んでいく。
 あんたたち何してんのってみんな集まってくる。金歯をたしかめてるって知っておれもぼくも、かわりばんこでジャーマンの口の中に舌を入れてく。女子は思った。これってキスだ。ここに恋はないのかな? だれかの心の中に、いま恋があるかもしれない。本人も気づいてないくらいの小さな恋かもしれない。そう、恋ってことを本気で考えてもいいよね。だって6年生だもん。
 爆弾が落ちたみたいな音して地面がゆれる。男子たちは金歯の感触を楽しむことに熱中してる。金歯だけじゃなくて口とベロの感触も楽しんでる。運動場の底が抜けた音だった。ウサギが地下からあふれてくる。生き残りが校舎に流れ込んでくる。女子たちもジャーマンの金歯をベロでたしかめはじめる。いたい! ウサギに足を噛まれても、今は口の悦びを楽しんでいるからそれどころじゃない。みんなで足元のウサギを蹴ってる。邪魔しないでよ。ウサギはもう教室の床を覆いつくしてる。どかしてもどかしてもウサギは足を噛んでくる。もう! 邪魔しないでよってぎゅっと踏んだらギャーッ。簡単にウサギの頭は潰れて死んだ。前歯が飛び出て死んでる。ジャーマンはびっくりして友だちのベロを思いきり噛む。口を離してやめろって叫んでもだれかに頭を後ろからつかまれて無理やり口の中にベロが入ってくる。
 ウサギってかんたんに頭つぶれるね。あ、ほんと。おれもやってみるね。
 ギャーッ。ジャーマンが耳ふさいでもウサギの叫びが入ってくる。口から友だちのベロ、耳からギャーがひっきりなしに入ってきて頭ぱんぱんになる。溝口がウサギ潰してるやつを殴るけど両手が壊れてるからアーってものすごく痛い。痛くても溝口は殴ってやめさせようとする。頭突きもする。こういうやり方でしか苦しみを表現できない。それも無力でみんな溝口無視してウサギの頭潰すのをやめない。
 ギャーッってウサギの叫びが脳みそにこびりついてる。みんなにはこの叫びが聞こえてない? お願いします。あっ、やめてやめて……


 子供ーッ! と叫んでおばちゃんが教室に入ってくる。何してんだ。ウサギ潰してた子をぜんいん猛烈にビンタしていく。勢いで溝口もビンタする。そんなやり方でウサギ殺すな。大人がやるから家にかえれ!
 小さな獣どもーッ! ィヤーッ! ぜんいんの耳が破損するくらい絶叫しながらおばあちゃんも入ってくる。ジャーマンとベロ入れてる友だちをメリメリィッはがした。口のエロなんか覚えてんじゃねえぞ。抜け出せなくなるぞ。家にかえってお母さんによしよししてもらえ!
 それでみんな家に帰ってから、ウサギは汚れた水と一緒に死んでるのも生きてるのも学校のとなりの川へ流れていった。ウサギに負けて死んだおばちゃんとおばあちゃんも流れていった。犬も、ニワトリも、みんなみんな川に流れていった。それから中学生になって同じ学校に上がったのに溝口はいなくなってて、彼は恐らく両手がだめな人のための中学校に行ったのではないかと、学年でいちばん頭いい女子が言ったのでみんななるほどと思った。ジャーマンもいなくなってて、これは私立に行ったんだけど、私立ということを誰も理解できなかったのでジャーマンのことはみんな忘れた。でもあとからあれってキスだったんだってわかった。みんな50歳になって中学校の同窓会して、あ、ジャーマンね。いたいたそんなの。小学生なのに金歯なんて、変だよね。