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OjohmbonX

創作のブログです。

純粋怪談 元水路

 日が落ちても暑さが残る、夏の夜でした。仕事帰りにすぐシャワーを浴びてたんです。それで頭を洗っているときに「ギッ」って音が風呂場の扉からして。立て付けが悪いのかなと閉め直しても、また体を洗っている最中に「ギッ」と鳴るんです。その時は鬱陶しいなと思っただけでした。
 洗い終わって出ようとした時です。扉が開かないんです。内側に引いても動かない。思いきり引いたらちょっと開いたけど、向こう側から強い力で引っ張られて閉まったんです。誰かがいる! 一人暮らしなのに誰かが向こう側にいる。一気に心拍数がはねあがって一瞬硬直してしまいました。でもすぐに、もしその「誰か」が風呂場に入ってきたらヤバいと思って、足で思いきり扉をつっぱって開かないようにして、そのままじっとしてました。
 空き巣や強盗、あらゆる可能性を一気にぐるぐる考えずにはいられませんでした。今思えば馬鹿げているかもしれませんけど、レイプ犯の可能性さえ真剣に考えてたんです。空き巣だったらもう部屋を出て逃げてるだろうとか、強盗だったら銀行の暗証番号を聞かれるかもしれない、そしたら扉越しに答えよう、殺されないためにも絶対にここを突破されたらダメだとか。
 もしレイプ犯だったら、やっぱり扉を開けさせないように頑張るしかない。でもこの扉、なんの素材だろう、あんまり強そうに見えないな、相手がバットとかバールとか持ってたら簡単に破られそうだ。そしたらもう、命だけは助かるようにしないとだめだ。とにかく相手を逆上させないように、協力的な態度も見せないといけない。肛門に入れられるなんて死ぬほど痛いだろうけど、とにかく耐えて、気持ちいい振りとかして……そんなことを必死でリアルに考えてたら、恐怖でおかしくなったのか、中学生くらいにぴんぴんに勃起してたんです。


 30分くらい経った頃でしょうか。体も頭もほとんど乾いて、もうずっと何の物音もしてませんでした。おそるおそる外に出ました。アパートの部屋の中をひととおり見て回ったけど結局だれもいませんでした。ベランダと玄関のドアも確認しましたが鍵はしまっています。
 どっと疲れが出てベッドの端に腰かけてしばらくじっとしてました。腹は減ってるのに何も食べる気がしなくてとにかく胃が痛い感じでした。彼女にLINEで連絡して、くわしくは後で話すから今日は泊めてくれと頼みました。
 汗だくな僕を見て彼女がシャワー浴びてきてと言うんですが、やっぱり怖いんですよ。もし自分に憑いてたらまた閉じ込められるんじゃないか、もっと悪いことが起こるんじゃないかとか想像しちゃうんですよ。それで今日は家で入ったからもうシャワーはいいやと言ったら彼女が鬼みたいな顔してくるんです。
「だったらベランダで寝ててくれる!?」
って握りしめた左手でガンガン自分の太ももを叩いて、怒りをギリギリで抑えてるみたいな雰囲気で言ってくるんです。それで僕がゆっくりベランダの方へ移動すると、
「ちょっと窓開けないでよ。虫入ってくるじゃん。今夏なんだよ、そんなこともわかんないの!?」
「でも、それじゃあベランダに出られない……」
「知らないわよあたし、そんなこと知るわけないじゃない!」
 下顎が真っ二つになるんじゃないかってくらい力入れて、首の筋も浮き上がってて、怒ってました。シャワーを浴びてきました。何も起きませんでした。さっぱりしたら落ち着いてきました。
 さっきの不思議な出来事を彼女に話しました。彼女はずっとベッドにうつぶせで、iPhoneで何かのゲームをやっていました。この頃はずっとソーシャルゲームを無表情でやってます。丁寧に説明していると、さっきの怖さや興奮が少しよみがえってきました。ベッドの脇で正座して、ちょうど目線の高さに寝てる彼女の、薄いTシャツと半ズボンの、背中から尻にかけてのやわらかいラインを見ていたら、なんかもうたまらなくなって、上に覆い被さってズボンと下着を乱暴に脱がせて彼女の尻に性器を押し当てました。彼女はソシャゲをしていました。そのまま入れました。妊娠したらすぐ結婚すると約束しているので普段から避妊具をつけないこともあるのですが、こんなに身勝手に挿入したのは初めてでした。犬みたいに腰を振りながら同時に、命を脅かされて男に容赦なく犯される自分を想像して、今まで体感したことのない激しい興奮を覚えました。まもなく射精しました。
 直後にものすごい疲れが全身を襲いました。目をつむれば即眠りに引きずり込まれそうでした。彼女はソシャゲをしていました。汗ひとつかいていないようで、背中に触れるとぞっとするほど冷たくて思わず手を引きました。


 アパートの管理会社に電話して浴室の扉は交換することになりました。立て付けが悪くて閉じ込められたとだけ伝えたら、すぐに大家がタダで直すと話が通ったそうです。管理会社の担当者が、正直この大家は修繕を渋ることが多いのに不思議だと漏らしていました。何かわけでもあるのだろうかとふと思いましたが、最近は借り手不足でサービスがいいのかもしれないと納得しました。
 平日に休みをとって交換に立ち会いました。体格のいい工務店のお兄さんが一人で来ました。ドア交換で一人なんて意外だったけどこれが、力強くかつ精確に、てきぱき作業してました。ヒマだったのであれこれ世間話をしました。
 お兄さんはこのあたりが地元だと言って、昔の話をあれこれしてくれました。どこそこに駄菓子屋があったとか、駅前はもっと何もないところだったとか、今は公園になっているが屋外の市民プールがあったとか。それからこのアパートの下がずっと昔は用水路だったという話もしてくれました。それはお兄さんが生まれるよりもっと前の話とのことです。もう12年前に亡くなったお兄さんのお祖母さんがよくその話していたそうです。お祖母さんが8歳のとき同級生の女の子が、増水していたその用水路に落ちて亡くなったのだそうです。
 同じ型の新しいドアに変わり、動きを確認しました。最初は外から開閉、次に内側から開閉。広くはないユニットバスの中に二人で入ると狭くて、どちらかという小柄な僕は、工務店の人と話そうとすると見上げる形になります。たぶん32、3歳くらいで僕より5つほど年上で、腹は出ているんですがガッチリしているというか固太りという感じでした。
 開閉確認が終わって浴室を出ようとしたら、遮るように工務店がドア枠に腕をつきました。
「物欲しそうな目ぇしてんじゃねえぞエロガキが」
 今まで穏やかに他愛なく話していたのに突然、きつい言葉をかけられて体が硬直しました。そのまま強く壁に体を押し付けられて、股間をでかい手で乱暴に覆われました。さんざん揉まれて、ジーンズを下ろされてしごかれて、それから相手の性器を口に突き込まれて猛烈に擦られました。サラダ油をとってくるよう言われてふらふら取りにいって戻ると工務店は全裸になっていて自分も脱ぐように言われました。和式便所で用を足すみたいな格好でサラダ油を塗った指を肛門に入れられ、少しずつ指が増えて4本になったところで、工務店が脱衣所に脱ぎ捨てたズボンから傷だらけの革の財布をだして、中からコンドームを抜き取りました。
 浴槽のふちに手をついて腰を突きださせられたところへ、工務店が性器を入れてきました。動かれるたびに、痛いのと、それ以上に苦しくて本当に死ぬかと思いました。呻き声を上げながら、脂汗が浮いてくるのがはっきりわかって、これってもしかすると出産の痛みや苦しみに近いものかもしれないと考えていました。
「平日の、昼間なのにな、こんなとこで、男に犯されて、どうしようもねえな」
 そう言われて、同僚も世の中も普通に働いてるのにこんなとこで汗だくで犯されてるのかと思うと頭がおかしくなりそうでした。工務店は軽くシャワーで体を流して帰っていきました。全身が筋肉痛みたいになってしばらくまともに動けませんでした。


 こんなことってあるのかよ! ともうめちゃめちゃ興奮して、でも言う相手がいなくてその日のうちに、夜中までかかって一気に文章にして匿名のはてなダイアリーに投稿しました。特定されないように風呂場のドアじゃなくて水回りの工事ってことにしたり、余分だろうと思って彼女との話やなんかは全部省いたり工夫しました。
 午前3時に投稿して気が立ったままでよく眠れず、次の日会社でもハイな状態のまま過ごして帰ってきたら8人だけブックマークがついてました。ブックマークのコメントには釣りだの創作だの書かれていただけでした。普通警察に連絡するだろ。釣り確定。そんなことを書かれて猛烈に腹が立って、釣りじゃないという追記を書いてたけど急に、そんなことどうでもいい、それが何だろうと思ってやめました。
 彼女にLINEして今夜は泊まりにきてほしいと言ったら、別にいいよとのこと。ああ、だから好きなんだよと思いました。彼女はうちにくるとスマホはほとんど触りません。一通り普通のセックスして、先に彼女がシャワーを浴びて、その後で自分も浴びて出ようとしたらまたドアが向こうから引かれて開かなくなりました。この前した話を覚えてて彼女が冗談でやってるんだと思いました。
「あっは! あははっ、ふぅ~ん。ふぅ~んふふふ」
 普段そうした子供っぽい冗談や遊びをしかけてくるような人じゃなかったので嬉しくなって、僕は笑いながらドアを押し引きしていたら急に軽くなって開きました。反動で後ろに転んでしばらくぼんやりしてました。
 彼女はベッドで寝ていました。スマホもテレビも見ずに仰向けに横たわっていました。そんな風にすましてる彼女を見て僕はまたにやけていました。
「ふ、ふ、君、あんなことして。びっくりしちゃったじゃん」
「は?」
「さっきの。お風呂の」
「は? 気持ち悪い。笑い方が」
「うふふーッ」
 どうも本当に彼女は何もしてないみたいだと、話すうちに気付いて混乱してきました。そのとき物音がして慌てて部屋を出たら、玄関に人影がありました。出ていくところのようでした。向こうも気づいたようで動きが止まってこちらに振り向きました。2年前に別れた元カノでした。
「えっ。なに? なんで??」
「違う違う。私、違うから。あの、私、私はお前が生涯食べてきた川魚の霊、その集合体……」
 それは川魚の霊の集合体ではなく、元カノでした。
 元カノは、別れる前にこっそり合鍵を作っていたこと、僕の部屋をカメラで盗撮していたこと、データを回収しにきたところに僕が帰宅して脱衣所の洗濯機と壁の間に隠れていたこと、すでに2度データ回収に成功していることなどを白状しました。
 僕がめちゃくちゃに怒って、でも近所迷惑にならないよう小さい声で怒っている間も今カノは、ベッドに寝そべって片肘ついて興味がなさそうでした。しかし元カノが今カノと僕が性交している映像を入手していることがわかったときに、ついに今カノが口を開きました。僕はおびえました。
「かわいそうな女。それ見てオナってたんでしょ」
「オナってないです。ネットで見てる人たちはオナってるかもしれませんけど、私はしてないです」
「オナってたんでしょ」
「オナってないです。っていうか私もう結婚してます」
「ふうむ。オナってない……」
 彼女は起こしかけた体をまた横たえました。しばらく黙ったあとまた口を開きました。
「ネットに流したって、FC2動画?」
「はい、そうです」
「有料?」
「無料のほうです」
 彼女は跳ね起きて怒鳴り始めました。
「どうして有料じゃない!? うちらのセックスに商業的価値ないと思ってんの!?」
「違いますっ、より多くの人たちに見ていただきたいと思ってですね!」
「あ、二人とも声小さくして。近所迷惑になっちゃうから……」
「他人の映像で金儲けとか私しません。私それくらいの常識ありますから」
「何が常識だよ! うちらの動画でオナらないとか礼儀がないんだよ!」
「足ドンドンするのやめて。下の階に響くから、あ、だめ……」


 とにかく元カノと今カノをなだめました。三人でアイスを食べました。とにかくこの件を元カノの夫に報告すると僕は言いました。元カノは「旦那は関係ない」と強く主張して、今カノもそうだ、何を言ってるんだと言って、どうして僕が二人から責められるのか納得できなくて、絶対に夫に報告すると強がりましたが、元カノが、
「それにうちの旦那、いま植物人間だから告げ口しても無駄だし」
と言ったので、諦めました。そのかわり元カノのお兄さんに連絡することにしました。本当は元カノの親に言うのがいいけど地元が遠いし、お兄さんは近くに住んでるし、僕も面識があってかなり話のわかる人だし頼りになるので、呼ぶことにしました。
 一通り話を聞いたあとお兄さんはいきなり元カノの顔面を殴り倒しました。顔を手でおさえて切断したタコの足みたいに床で身をよじらせていた元カノの頭をさらに蹴りつけました。今カノは無言でしたが顔が紅潮して極度に興奮しているようでした。僕は怖くなってお兄さんを止めました。
「お詫びのしようもない。とんでもないことをした。今度、好きな服を買ってあげるから。本当に申し訳ない」
 僕はようやく話がわかってもらえて急に涙があふれてきました。今までものすごく気が張りつめていたんだと思います。お兄さんが大きな手でがっしり僕の両肩をつかんで、微笑みました。
「大変だったよな。もう大丈夫だから」
 僕は大人になって初めて声をあげて泣きました。彼女はベッドで肘をついてテレビを見ていました。元カノは顔の形状がやや奇妙になっていました。
「ん? ちょっと太った?」
 お兄さんは僕の肩、二の腕と揉みながら聞いてきました。
「え。そうですか?」
「うん。ちょっと肉付きがよくなってるんじゃない?」
 お兄さんはずっと僕の腕や首や腰を揉んでました。僕はお兄さんの胸のあたりを見てました。
「ちなみに俺は独身だ」
 お兄さんにもアイスをあげました。
 でも結果的によかったです。色々大変だったけど、風呂場のドアがあんな風になった原因がこれではっきりして。
「でも私、ここで鉢合わせしたのは今日が初めてだよ」
 一回目は元カノのせいではないと言います。じゃあ、いったい何だったんだ。
「ヨーでる ヨーでる ヨーでる ヨーでる♪」
 顔がおかしくなってる女が急に歌い始めました。さっき兄に殴られたせいで頭もおかしくなってるおそれありました。僕はお兄さんを見ましたが、お兄さんは天井と壁の繋ぎ目あたりを見つめて関係ないみたいな顔をしていました。
「これは妖怪ウォッチの主題歌。この続きが肝心だよ。『ようかいでるけん でられんけん♪』そう、これは、お風呂場から出られないという意味。妖怪の仕業」
 元カノは妖怪ウォッチについて説明し始めました。世の中の不思議なことや困ったことは全て妖怪の仕業であること。妖怪は、妖怪ウォッチの光を照射することで可視化できること。妖怪を倒せば妖怪メダルをもらえて仲間になって呼び出せること。傾聴していた今カノが質問しました。
「それで、あんたは妖怪ウォッチを持ってるってわけ」
「それはアニメの話。持ってるわけないでしょ」
 元カノは嘲笑するような調子で言いましたが今カノは特に気を悪くした様子もありませんでした。
「でも」
 元カノが不敵な笑みを浮かべたようでしたが顔がおかしくなっているため、よくわかりません。
「妖怪を見る方法、あるんだよね」


 部屋の照明をすべて消しました。家電製品や電子機器のLEDの光もダメだからと、全てプラグを抜かれました。みんなで真っ暗な中を浴室の方へとぞろぞろ移動しました。
「ローイレ ローイレ 仲間にローイレ と、も、だ、ち大事♪」
 そして元カノがiPhoneを取り出しました。
「妖怪ウォッチはなくても、妖怪アプリがあるから。これで川魚の妖怪をあぶり出す」
 カメラ用のフラッシュが発光し、まぶしく浴室の床を照らしました。
「ようかーい ようかーい ようかーい ウォッチッチ♪」
 元カノが浴室の中を舐めるように照らしていきます。全員がiPhoneの画面と光の先を交互に目で追っています。しかし何も出てきません。当たり前ですよ。iPhoneのライト当ててるだけなんだから。大人が4人もそろって、何なんだ。いったい何をしてるんだろう。早く帰りたいと思いました。自分の部屋なのに。
 何かが妙だと思いました。何もかもがおかしいのではないかと急に思いました。
「ふみよし」
 誰のものでもないみたいな声で名前を呼ばれて振り返ると目の前に、彼女の真っ白な顔が浮かんでいました。
「何もおかしくないでしょ。あんたが愛され上手なだけで。」