OjohmbonX

創作のブログです。

兄弟とただの他人

 地元の子供だろう。親も見当たらない。真夏の日の中でおだやかに流れる川を泳いでいる。こちら側は広い川原だが、向こう岸は切り立った岩だ。子供たちが川を泳いで渡り、向こう岸の岩を軽々とよじ登っては、その上から川面に飛び込んでいく。飽きもせず繰り返している。ちょうど向こう岸の岩の手前が少し深くなっているようだ。
 子供たちを見ていると全員が友達同士というわけではないことに気づいた。小学校低学年と高学年くらいの兄弟と、それ以外の子供たちで分かれていた。ゆっくり背中を地面におろした。川に丸められた石が背中をごつごつと押した。午前中で石はまだ触れていられないほど熱くはなかった。たえ間なく水音と子供たちの歓声が視界の外から聞こえつづけた。


 ああー、ああー、と水音に途切れながら聞こえた泣き声に目を向けると兄弟の弟の方が向こう岸の岩の上に取り残されていた。川がやや増水していた。他の子供たちは既にいなかった。兄が水をかきわけて弟の方へ向かっていった。あんな子供でも、自分は兄なのだから弟を助けるのは当然なのだと思っている。拾っていた丸石を抱えたままその光景を見ていた。兄が向こう岸についた。弟をおぶって戻ろうとする。流された。
 「あっ」と短い声が勝手に漏れたと思ったらもう、僕は走り出していた。厳選した丸石をみんな捨てていた。Tシャツを脱ぎ捨てた。
 ごつごつした足場を走りながら、諦めにも似た気持ちだった。ひょっとしたら自分も川に呑まれてしまうのだろうか、あの子たちも助けられず犬死に終わるのだろうか。仕方のないことだと思った。仮に今を見過ごしてそのまま、あの時見過ごした自分を生きていく不幸に比べれば、今こうして賭けてみるのは自分としてもう仕方のないことだと思った。それは今考えたことじゃない。何でもない日常の中でふとこんな状況を想像してみて、組み立てた言葉が今出てきたのだと思った。兄弟の位置より下流まで走った。水の中に入ると思いのほか水流が重かった。ここには、大人といってもずいぶん離れた位置の釣り客たちと、川原のずっと手前のやなで酒を飲んでいる者たちしかいない。大人はもう僕しかいないのだから仕方がないのだ。半分歩くような、半分泳ぐような動きで子供たちとの距離を詰めていった。状況が整って、ある立場に立ってしまったのなら、人はもうその役にふさわしくあるしかない。


 兄を自分の首につかまらせた。苦しかった。一方の頭であれこれ考えていたのも止まった。水の中を、手をかき分けて、足を踏ん張って、進んでいったら気付くともう川原にいた。弟は少しむせて咳き込んでいたが何ともなかった。何かあっさりと全てが終わり3人で呆然としていた。川は水かさがわずかに増したばかりで、相変わらず夏の日を瓦屋根の連なりのように輝かせて濁りもなかった。
 僕は兄弟のことを今はじめて気づいたような思いで見た。弟は兄の後ろに半分隠れるようにして僕の顔を見ていた。兄は帰ってもいいのかどうかはかりかねたように僕の顔を見ていた。こんなとき、なんて言葉をかけたらいいのかわからなかったけれど、年長者として何かふさわしいことを言わないといけないと思った。
「あ、大丈夫だったかな」
「あ、はい」
「えっと、うん。あの、気を付けた方が、いいよね……」
「あ、はい」
「川はときどき、あぶないから……」
 もう三人の肌は着々と乾き始めていた。
「今日は、えーともう、うちに帰った方がいいと思うけど」
「はい」
「あの、僕も、これで帰りますので」
 恥ずかしそうに逃げるように兄弟を置いて川原の向こう、自転車の置いてある場所まで戻った。あの兄弟を振り返りもしなかった。タオルを出して手早く体をふいてシャツを着たらもう自転車のペダルを踏む足に集中していた。次に自転車を止めるまでは汗も忘れていた。その僕は17歳だった。