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創作のブログです。

王将のマナー

 餃子の王将ではおばちゃん(ほとんどおばあさん)の店員が、カウンターに座るサラリーマンたちの背中を木の棒で叩いていた。早く食べて出ていけという意味だ。新しい客がなにか注文すると、フロアの女が「淫乱ガーゴイルー!」と厨房に向かって叫ぶ。厨房からは「淫乱ガーゴイルー!」と叫びが返ってくる。そうすると餃子が出てくる。なるほど、餃子のことを「淫乱ガーゴイル」という隠語で呼んでいるようだ。
 餃子は必ず全員に一皿くる。しかしその他、天津飯やラーメン、炒飯、ニラレバの何が出てくるかは完全にランダムだ。出てくるだけありがたいと思え。おばあさんの店員に棒で叩かれたサラリーマンが「いま食べとるやろうが!」と振り向いて怒った。おばあさんの店員は「ぎゃっ」と言ってぽろぽろ泣き出した。かわいそうだ。両脇のサラリーマンが、そのサラリーマンの頭をがっと掴んで、いきなりラーメンの丼にぼちゃっと顔をつっこんだ。しばらくサラリーマンはじたばたして、もがもが言っていたが静かになってぐったりした。死んだのだ。おばあさんの店員は元気を取り戻して、カウンターのサラリーマンたちの背中をまた木の棒で叩き始めた。死んだ客は厨房に引き取られて、餃子の具になる。当たり前だ。そうやって食材になれば、無銭飲食の罪に問われることもないし、遺族も莫大な賠償金を払わされることもなく、うれしい。
 食べ物が出てきたら1分以内に食べきらないとおばあさんがめちゃくちゃ怒ってくる。食べ物が出てきた直後から棒で叩き始めるけど、1分がたつと耳元で「ウオーッ!」っと叫んでくる。怒ってるのだ。店の回転率は客が支えないといけないから。食べ物がまだ届いていない客は、食べている客を応援しないといけない。手拍子をして、冬は広瀬香美の「promise」をみんなで歌う。合間合間で、おばあさんが人間を棒で叩く音と「ウオーッ!」という怒りの声が入る。ゲッダン(ウオーッ)揺れる廻る振れる(ドンッ)切ない気持ち(ドンドンッ) そんな感じだ。
 夏は店内の温度が6000℃を超えるので人間が生きていけない。店の前に募金箱があるため、客は食べたつもりでそこに金を入れて帰る。地球温暖化の影響だ。昔は店内も400℃くらいだったからチューブを歌っていた。


 ここまではカウンター席の話だ。テーブル席はもっと優雅で、叶姉妹や皇族が座っている。「淫乱ガーゴイルー!」「淫乱ガーゴイルー!」と店員が呼び交わして出てきた餃子も、ミリ単位でゆっくり食べていく。だいたい半年かかる。だから、住み込みで食べてる。いつも10月くらいにきて、翌年の3月に帰っていく。おばあさんは時々、棒で叩きたそうな目で見てくるが、そういうときはかわりにカウンターのサラリーマンをめちゃくちゃ叩く。スーツもシャツも破れて背中が血だらけになるけれど、餃子の王将に来るのが悪いんだからしょうがない。
 叶姉妹はときどき、パエリヤとかを食べてる。デリバリーを注文して王将に届けさせている。あと全裸のメンズを駒に見立てて、チェスをしたりしている。テレビ出演があるときは、プロジェクションマッピングで、餃子を食べる叶姉妹の映像を壁に映している。最近はテレビも少ないので王将にだいたいいる。
 美容にいいから、炒飯をスムージーにして飲んでる。餃子も、パリコレに出てきた新作じゃないと食べない。カウンターの席のサラリーマンたちは、有史以前からある土から掘り出してきた餃子を食べてる。産業資本主義が進み、格差社会となった、その縮図である。


 そういうわけで、ベビーカーとかを入れるスペースは王将にはないので、家族連れは赤ちゃんを入れたベビーカーを店の外に置いて食べる。赤ちゃんを連れて入っても、おばあさんに棒で叩かれてすぐ死ぬから、意味がない。だけどベビーカーを店の外に置いておくとすぐに赤ちゃんは盗まれて外国に売られてしまう。王将がある地域というのは治安が悪いからだ。川崎駅の店舗などは、店の中におじさんが入ってきて勝手に人の餃子を食べたりしてくる。しかし、盗まれる赤ちゃんが悪い。自分の身は自分で守らないといけない。ちゃんと自分の両足で大地を踏みしめて、入店して、棒で叩かれながらも餃子を食べきる。そういう赤ちゃんでなければ、生きている資格がない。
 ここまで「木の棒」と言っているけれど、おばあさんのコンディションや種類によっては、最初から包丁で客を刺し殺してくる。そういう場合はジャケットの下に雑誌を仕込んでおくとか事前準備が必要だ。


 店の奥から淫乱ガーゴイルが出てきた。石の悪魔、ガーゴイル。餃子1皿の隠語が「淫乱ガーゴイル」だと思われていたが、たんに料理の名前だったようだ。淫乱なのに、相手がいなくて切なそうに、狂おしそうに、身をよじらせている。オスのガーゴイルだ。股間から立派な一物が屹立している。
「御覧なさいな美香さん。すごいじゃないの。」
「そうですわね。」
 叶姉妹が喜んでいる。皇族の方々はしずしずと箸をはこんでいる。一番奥にいたサラリーマンがガーゴイルに食われた。この場合、どうなるのだろうか。法的には? 客が料理に食われた場合、支払いはどうなるのか。かといって客が抵抗すれば、それは鳥獣保護法違反で厳しく罰せられる。ただなすすべもなく食われるしかないのだろうか。生活笑百科に取り上げていただき、四角い仁鶴がまあるくおさめまっせ。
 しかしこの淫乱ガーゴイルの欲望を、いったい誰が満たすのだろうか。おばあさんがガーゴイルの股間の棒を、木の棒でめちゃくちゃに叩き始めた。「ウオーッ!」「ウオーッ!」おばあさんかガーゴイルか、どっちの叫び声かわからない。サラリーマンたちが「promise」をみんなで合唱した。厨房とフロアで店員たちが「淫乱ガーゴイルー!」「淫乱ガーゴイルー!」と呼びかけあっている。店内には餃子の焼ける匂い、音。叶姉妹が手を叩いて笑っている。皇族がほぼ静止しているようにしか見えないスピードで餃子を食べている。「ウオーーーッ!!」ガーゴイルとおばあさんが吠えた。ガーゴイルの棒の先端から液がだらだらと漏れ出した。そう。本来ガーゴイルは、西欧の建築における雨樋の装飾であった。その口から雨水を放出するのだ。だからこれは、ある意味で正しい。淫乱ガーゴイルは店の奥へ帰っていった。


 都会の駅近の店舗はおよそこんな雰囲気だが、地方の郊外店舗になるとまた話はがらっと変わる。ブレーキとアクセルを間違えた老人が大量に店につっこんでくるため、郊外型店舗はことごとく壊滅した。今は、より頑丈な、牢獄のようなバーミヤンにかわってしまった。これもまた、時代の流れである。