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OjohmbonX

創作のブログです。

十九、二十歳

 こんな夜中に掃除してる。クイックルワイパーでフローリングの床をざっと拭いて、ガラスのローテーブルの上はウェットティッシュで拭いたあと乾いたティッシュで跡にならないよう水分を拭き取った。
「ごめん。急なんだけど今から泊めてもらえないかな。」
「いいよ。」
「実はもう一人友達もいるんだけど、、、終電のがしちゃって、、、」
「うちベッド以外は布団一組しかないけど」
「えっと、それでも大丈夫だけど、、、だめ?」
「いや、そっちがいいならいいけど」
「ありがとう」
「来る時間わかったら教えて。だいたいでいいから」
 ローテーブルをどかして布団をクローゼットの上から引っ張り出して敷いた。もう〇時半だった。平日はいつもなら十一時には寝てる。
 落ち着かなくて部屋の中をうろうろしてしまう。あれから一時間たったのにトラからLINEの返事がこない。その「友達」との話に夢中で気づかないんだろうか。トイレのペーパーホルダーの上に少しホコリがたまっているのが気になってここも掃除した。もとから部屋を汚くしてるわけじゃない。別に掃除をしなきゃいけないってこともない。でもいちばんいいところを見せたいってどうしても思ってしまうのは結局なんか、見栄なんだろうな。
 そう。見栄だ。泊まりにくるって言われたのが嬉しくて即答して、でも友達が一緒だと聞いたときに嫌だなと思ったのに、断らずに寛容な人間のフリしたのだって、見栄でしかない。
 チャイムがなって急いでドアを開けたら茶髪でふわふわのパーマになってるトラの頭を見て、一年以上も会ってなかったんだなと思った。その後ろに「友達」がいて二人とも大きなギターケースをしょって、なんだかごちゃごちゃしていた。
「あの、俺明日、七時前には家でなくちゃいけないし、六時に起きるんで、早めにシャワー使ってもらっていいですか」
「早っ」
「明日仕事なんで」
「バイト?」
「いや、普通に会社で働いてますけど」
「えっ。でも峰口と同い年のいとこなんですよね? えっ」
「高卒で就職してるんで」
「あー……そうなんだー……」
 この想像力の欠けた「友達」にも、来る前に説明のひとつもしてないトラにも、イライラした。早くシャワーしろって言ったのに荷物も下ろさずコートも脱がず無遠慮に人の部屋を見回してくるこの初対面の「友達」にも、いつまで経ってもお互いの名前すら紹介しないトラにも、ますますイライラした。
「いや俺、シャワーいいっすよ。もう遅いし」
「そうじゃなくて、整髪料も枕につくし……」
「あーと、ああ、そうゆうこと」
 そうやってイライラを抑えられずに、もろ態度に出してる自分にも腹が立つ。
「は? あの人なんか怒ってんの?」
「いやいや、そんなんじゃないと思うよ」
 風呂場を案内して離れる間際に「友達」がそう言うのを聞いて叫び出しそうになった。
「リョータごめんね。急に、こんな遅く、明日も早いのに。えっとサークルで今日飲み会があって、」
 そのまま説明を続けそうなトラを遮った。
「いや。いいから。俺さき寝るから、あのお友達は下で寝てもらって、トラはベッドこっち半分使っていいし」
「うん。ありがとね」
 全然寝付けない。なんでこんな風になっちゃったんだろ。一人暮らしはじめてそういえばトラに泊まってほしいなと思ってたんだった。ゲームとかしたりして夜遅くまで遊んだり話したりして、そういう子供じみた楽しみ期待してたんだってこと思い出したのに、なんだこれ。
 壁にほとんど密着させてた顔を離して仰向けになって目を開いたら視界の端に、所在無さそうに部屋の真ん中で突っ立ってるトラの後頭部があった。
「髪染めたんだ?」
「えっ」
 ベッドの端を指して席を勧めた。こんな風にトラが自分に気を遣ってるのを見るくらいなら、泊まるのなんて断れば良かった。
「あー髪ね。うん、どうかなーと思って」
「結構似合ってると思うけど」
「リョータも、いっぺんやったら似合うんじゃない」
「いや、そういう職場じゃないし」
「あー、……そっか」
 そうじゃない。そういう気まずい雰囲気にしたいわけじゃないんだけど。トラがシャワーに行って、部屋で「サークルの友達」と二人になったから寝たふりしてたらそのまま眠ってた。シャワーから上がったトラがベッドに入り込んでくる動きで目を覚まして、自分が眠っていたことに気づいた。もう部屋は暗かった。「サークルの友達」はもう寝息を立ててた。ほんのちょっと酒の臭いがして、そうだ、学年いっしょだけどもうトラは二十歳なんだよなと思った。
 シングルベッドが狭すぎて、もちろん仰向けうつぶせは無理だし、二人で背中合わせに寝てるけど掛け布団の幅が足りなくて寒いし、寝返りも打てないし、他人と寝るとかそれこそ小中学生のころトラとふざけて同じ布団で寝たりしてたの以来だし、もうぜんぜん眠れない。体感で午前二時、家を出るまで四時間きってる。


 急に自分のダッフルコートが子供っぽく思えてきたのはリョータが、スーツにネクタイにしゅっとしたトレンチ着てていつもは、もっとラフっていうかビジネスカジュアルって感じだけど今日は外注先に行く用事があるからって言ったから朝、駅までいっしょかと思ったけど俺、下りの列車ちょっとギリだからごめん先急ぐねって俺と横田を残してさっさと行っちゃった。朝六時台の、歩いてる人も車もまだまばらな、住宅街を白い息吐きながら歩くなんて、久しぶりで変な感じがした。
 あの人さあ高卒で就職ってヤバくない工場とか、建設現場とかで働いてるのって横田が聞くからうーんと、コウミツって会社らしいんだけどって言ったらえーっ大手じゃんすげえコンシューマー向け製品じゃないから普通の人あんま知らないけど計測器で大手だよって横田が急にコンシューマーとか言い出して腹が立ってきてめちゃくちゃ、リョータって頭いいんだよって言ったらなんで、大学行かなかったんだろって横田が言うから二年前のこと思い出してた。もうこれ以上学校で勉強したくないし、社会でやってみたいって言ったけど母さんも、おばあちゃんもおじさんおばさんも、父さんも、自分が養子だから遠慮したんだって今でも思ってて、俺はでもよくわからない、リョータに直接聞いたこともないし。俺が進学してリョータが就職してから前みたいにあんまり会ってないし。
 就職するって言い始めたとき大人ら全員すごく怒ってるみたいに大学に絶対行けって言ったけどリョータは、困ったみたいな顔して遠慮してるとかほんとにそんなんじゃないんだけどなって全然折れずにほんとに就職した。大人らにしたら罪悪感の裏がえしで怒ってる。母さんにしてみたらリョータは、実の息子なのに、そうじゃない俺だけ進学させて悪い母親って思ってるし、父さんは本当ならリョータを引き取って息子になってたかもしれない子供なわけで、自分の息子だけえこひいきしたみたいな形になってるし、おじさんおばさんは自分達がわがまま言って引き取った子供なのに大学に行かせられなかったってメンツが立たないし、みんなリョータに復讐されたって感じしてた。そういう空気もあって俺もなんとなくリョータのこと敬遠してたみたいなとこもあるかも。やっぱ頭よかったリョータが就職して、頭わるい俺が進学したって変な感じするし。
 あのあとリョータから連絡きてめし行ってリョータが、会社のこととかいろいろ話してくれてそれ聞いてたらほんとに仕事が充実してる感じだから別に、リョータはほんとに進学したくなかっただけかもしれないと思ってリョータは、もう働いてるのに自分がこんななんとなく大学通ってレポートとかサークルが忙しいみたいなこと言ってるのなんなんだろみたいな気がした。こっちから誘ったんだしそれに、今月はボーナス入ったしって言ってリョータがめし代を払った。


 置いてあったPS3でトラと桃鉄をやってた。ボンビーがついて邪魔されると
「あー」
と言ってくすくす笑う。もともと大声で話したり大笑いしたりするタイプじゃなかった。せっかく集めた物件とかカードとか勝手に捨てられたりすると、ちょっと本気でイラッとしてしまう自分とは大違いだなと思った。なんでこんな穏やかでいられるんだろ? 画面を見つめて特急カードを使うかどうか迷ってるトラを、斜め後ろから見てた。スウェットの襟から伸びたうなじと短く刈り上げた襟足の、案外しっかりした首筋を見ながら、そうそう、細い割にけっこう筋肉しっかりしてんだよなと思った。ふわふわしたパーマの茶髪がちょうどトラの性格と似合ってると思った。
 就職するときにもうほとんどゲームなんかやらなくなってたから家に置いてきた。年末から元日まで久屋の方の家にいて、元日から二日は峰口の方の家にいる予定にしたら、トラも同じ日程で合わせることになった。去年は結局、大晦日と元日だけ帰ってすぐ会社の借り上げ寮に戻ったんだった。まだ就職して一年も経ってなかったし、進学せずに就職したことでまだ何となく家というか親たちも変な感じだった気がして居づらかったけど、今年は父さんも母さんもばあちゃんも、どことなく帰ってきてほしいような雰囲気だったから。どうせ寮にいても一人だし暇だし。
「俺エレキギターの音ってちゃんと聞いたことなかったわ」
「そうなんだ。これ、この前の追い出しライブでやったやつ」
 トラの演奏は思ってたよりずっと上手かった。桃鉄にも飽きて、トラがギターを出して弾いてた。アンプにつなげずに小さな音だったけれど、キュイキュイ鳴ってけっこう気持ちいい音なんだなと思った。
 高校から始めたって聞いてたけど、四年くらい前に自分とこの高校の学祭で見た同級生のライブなんて、なんだこれってくらい下手くそだったからトラもそんなもんだと勝手に思ってた。
「あーもうぜんぜん覚えてないや。ライブ終わっちゃうとすぐ次の曲の練習しないといけないから忘れちゃうんだよね」
 もともと全然知らない曲だったから気にならなかった。トラの中で出てきたフレーズをあてもなく弾いてるみたいだった。
「ここがねー。このリフがちょうかっこいいんだよ。めちゃくちゃかっこよくてライブで本人が弾いてるの見ちゃうともう泣けるくらいかっこいいんだけど、難しくて、ほんと自分とか全然だなっていやんなるよ」
 謙遜しているというより本気でそう思ってるみたいにそう言ったけど、素人の自分が見るとすごく上手かった。トラの、長くてやや骨ばった指がすばやくコードを押さえてくのを見てた。
「その弦がキュイキュイ鳴るのかっこいいな」と言ったらトラは、んふふーみたいな笑い方して、
「俺も好き」と嬉しそうに言った。
「年明けにね、またライブがあるから冬休み中も練習しないと。俺だけできないとみんなにも迷惑かけちゃうし」
 色んなバンドの曲をやると言って床に散らかしたスコアを手に取って見てみたけどどれ一つとして名前を知らなかった。トラの言う「みんな」っていうのがどんな人たちなのかも全然知らない。この前うちに泊まっていった「サークルの友達」なのかどうかも知らない。
「そうやって色んなバンドのコピーとかやるじゃん。で、そのフレーズ、リフ? とかどんどん覚えてったり、コード進行とか覚えてったりするじゃん。たくさんバンドのライブに行ってかっこいいなとか思ったりするでしょ。そしたらさ、こうしたらもっといいかもとか、こういうのが聞きたいなとか思ってきて、自然と自分でも曲作ってみたいとかってこと、ないの?」
「んーそういうのはあんまないかなあ。好きなバンドの好きな曲を演奏できて楽しいって感じで。サークル自体もオリジナルはやらないとこだし」


 めちゃくちゃ腹一杯で階段のぼって俺の部屋むかう途中で上から、リョータが振り返って「多すぎだろ」って言ったから二人して、ゲラゲラ笑ったのはもう年末からずっと久屋の方でも、めちゃくちゃ豪華なめしだったのにこっちの家も、めちゃくちゃ豪華なめしが出てきてぜんぜん、食べきれない量が出てきたから。そりゃそうだよだって、久屋のおばさんにとっても母さんにとってもリョータは自分の子供なわけだしぜんぜん、リョータもふだん会社の寮にいて帰ってこないし去年も大晦日と元日しかいなくてすぐ寮に戻ったし。「あり得ないでしょあんな量」ってうれしそうな顔で言うからほっとしたってとこあってやっぱ、大人たちみんな大学行けって言ってたの無視して就職したからなんか、ぎくしゃくしてたのかと思ってたし。
 元旦だし年始の挨拶ってことで今朝は、父さんも母さんも久屋の方にきて昼過ぎにリョータも一緒に車でこっちの家に帰ってきたその、車の中で峰口のお父さんなんかテンション高くなかった? ってリョータに言われてそういえばそうだったかもしれない。なんか今日父さんの車乗ってたらはじめて、峰口のお父さんが運転する車乗ったとき変な感じしたの急に思い出したってことリョータが話してた。こっちはだいぶ早く離婚してて自分の遺伝上の父親って知らないから父親の、車に乗るって経験なかったしそれでって。そういえばリョータあの日帰り妙に静かだったもんね、それまでは初対面なのにめちゃめちゃ俺としゃべってたのにって言ったらリョータはぜんぜん覚えてないって言った。
 小五のときはじめて俺と会ったときのことぜんぜん、覚えてないってリョータが言うからおかしくて笑ってた。俺の方はめちゃくちゃ緊張しててだって、これから母親になるかもって人と兄弟になるかもって人に会うとか言われて緊張しない方が変だと思うのに親たちが、ドリンク取りに行って二人きりになってちょう気まずいじゃんって思ったらいきなりそいつがねえそっち行っていーい? って。自分のとなりに来たと思ったら急にDS出してゲームとかするのって聞いてきてこれ、やったことあるって言い出したのがテトリスで急にやりはじめたと思ったらこっち渡してきて遊ばせてもらったってこと。ぜんぜんリョータは覚えてないけどテトリスにはまってたのは覚えてるとか言うからおかしくてめちゃめちゃ笑ってた。「トラのことはなんか最初っから友達だったって記憶しかないんだよ。」そのあと、峰口君って呼ぶのもさあ、だってたぶんこの後俺も『峰口君』になるわけじゃん、そしたら虎彦君? だっけ? って呼ぶの? でも呼びづらいしトラでもいーい? 俺のことは『亮太さん』でいいよ、とか言い出してそれずるくない? って俺が笑ったらリョータも笑ってそれからリョータ、トラって呼ぶようになったんだったってこと思い出して、笑ってたけどそれもリョータはたぶん、忘れてる。
 結局リョータは兄弟に、ならずにおじさんとおばさんの養子になったからいとこになったけどその頃の大人たちとのやり取りの方ばっかりリョータは覚えててそれで、俺とは最初っから友達ってことになってるみたいだって。子供の自分よりおじさんおばさんや母さんの方が緊張しててもちろんいつだってお母さんにも会えるしもし嫌になったら峰口さんちの方へ移ってもいいのだしおばさんもおじさんも子供もいないしお母さんが亮太のお父さんと離婚してこっちに戻ってきてから亮太と一緒に暮らしたこと自分の子みたいで本当にうれしかったしもし、このまま一緒にってすごく顔こわばらせておばさんが言ってたのとか、峰口のお父さんが虎彦と、全く同じくらいに君のことは自分の子供だと思ってるからこれからは、亮太君じゃなくて亮太って呼ぶよって言ってくれたときもなんか緊張しててリョータは、学校変わるのも名字変わるのもちょっといやだなと思ってそのときオッケーしたけどでも、そのあとも時々もし、あのとき峰口の子になってれば俺と兄弟になってたんだよなとか同い年の、兄弟ってことは双子になるのかなとかでも、そのまま完全に他人のままだったってこともあったんだよなとか思ってたってこと俺の、ベッドの上でごろごろしながら話しててリョータのそういうのはじめて聞いたなと思った。
 こうやって両親が二組いるっていうの悪くないなって今だと思うよでも、めちゃめちゃ飯が出てくるけどってリョータが言った。二人でけらけら笑ったけど俺にとっては両親とおじさんおばさんでしかないんだよなと思った。午前二時だった。


 歯磨きしながらもう一本の歯ブラシを見てた。もともと俺が着てたジャージはトラ専用みたいになってるし、コーヒー入れるマグカップも使い分けが定着してきたし、俺のiTunesはトラがせっせとCDを持ってきては入れていったバンドの曲を今も流してる。
 そろそろ遅いから、と思って部屋をのぞいたタイミングでトラがちょうど音楽を消した。目があったトラがにやっと笑って親指を立ててきた。
 土曜の夜に合鍵で勝手に入ってくる。日曜に部屋でだらだら過ごして夜に外で飯食ってそのまま帰ってく。完全にパターンになってる。
「これ俺のホームステイ」
「なんかそれ意味ちがくない?」
「じゃあなんだろ。疎開?」
「もっとちがくない?」
「まあとにかくリョータんちが一番落ちつくってこと。あと大学から近いし」
 トラはギター練習したり俺のパソコンで学校の課題やったりLINEとかツイッターとかしたりテレビみたりして、俺はベッドで寝転がってネット見たり漫画や本読んだりして、それぞれ勝手に過ごしてるのが半分で、もう半分は冬のボーナスで買ったPS4とStar Warsバトルフロントで遊んでる。最初のころはトラもやってたけど「むずい」と言って俺がプレイしてる横で見てる。たまに気が向いてちょっと借りてプレイしてる。トラはベッドに横になって布団にくるまって画面の推移に合わせて間投詞と効果音をずっとしゃべってる。「うおっ」とか「どーん」とか勝手に言ってる。俺がベッドでネット見てて面白いの見つけて呼ぶと上から「どーん」とか言って子供みたいにのしかかって肩越しにスマホを覗いてくる。
 なんか別にそれだけなんだけど、俺の生活がすげえうるおってるって感じがする。大学行かずに就職してから高校の友達とも全然会ってないし、職場には同世代もいないし、高卒の同期もほとんどいないし、よく考えたら友達づきあいがなくなってた。こうやって家に一緒にいて楽しいやつがなんとなくいるってだけでこんないい感じなんだなってことはじめて知った。
「そういえばトラって彼女とかいないの。学校とかサークルとか……」
「いたけど別れちゃった。一年の秋に先輩から告られて付き合ってたけど夏ごろフラれちゃった。なんか私のことほんとは好きじゃないでしょって言ってその人浮気してた。ってかリョータは? 高校のころからのとか会社の人とか」
「いないよ! 仕事でもほとんど女の人いないし、いてももう自分の母親くらいのおばさん……なんかね、職場の人がさ、『おばさんじゃない、おねえさんって言わなきゃだめ』って言ってくるんだよね」
 2月になって「ごめん俺あんま金なくて」ってトラがマフラーをくれた。トラから誕生日プレゼントもらうなんて中学生以来だなと思った。
「ってかついにリョータも二十歳だねー。今度どっか飲みいこうよ」
 あっ俺トラの誕生日なんもしてないって一瞬焦ったけど、去年の十一月なんてまだトラと疎遠だったんだよなと思って、半年もたってないのに自分の生活にこんな風に友達っていうか家族みたいのがいてすごく楽しいっていうの、全然想像もしてなかった。


 リョータが自己紹介して女の子たちが、顔見合わせて「は?」みたいな表情したときリョータの顔をつい、見ちゃったけど見なきゃよかったってあんな風に、ひきつった笑顔してなんか言おうとしてなんにも、言えずにいるずっと俺なんかより頭よくてしっかりしてる人がそんな状態になる瞬間を見て一生、忘れるってことないと思った。それであっちのメンバー集めた女の子が俺の、顔見てなんで、大学生つれてこないんだよって目をしたの、リョータもぜったい知ってる。
 君らコウミツって知らないかもしんないけどすげえメーカーなんだってリョータさんさあ、高卒で入るとかすげえエリートなんだってボーナスもあるし俺らより、ぜんぜん。横田がそう言ってフォローしてそのあと合コンの、あいだほとんど女の子たち無視して横田はリョータに仕事のこととか趣味とか聞きまくっててリョータは、さすがに合コンなのに女の子としゃべろうとしないってこと最初は気にしてたけど途中からもう横田としゃべることにしたらしくて俺と、渡辺が向こう四人の相手してたけど二人はもう、完全に怒っちゃってて一人はぜんぜん気にしない感じでバンド好きの子で声が大きくてめちゃめちゃよく笑う子でそのときぜんぜんしゃべってなかった横田と一ヶ月後に付き合うことになって一人は、俺がリョータんとこ毎週泊まってるって話したらそのこといろいろ聞きたがって話したらキャーキャーゆって喜んでくれた。
 なんか俺のせいでごめん変な空気なったっぽいってリョータが言ってなんて答えていいかわかんなかったから黙っててまた、合コンとかの話があったから何回か誘ったけどこなかったから誘わなくなった。仕事で元請けの人から俺のことこの前、しっかりしてるって問題とかあってもすぐ連絡くれるしうらやましいって言われたって課長が、あとで教えてくれてやっぱ、そういうこと社外の人に認めてもらえるとかってこと嬉しいっていう話を急にリョータが言って母さんにそのこと伝えたら母さんは、ドン引きするくらい喜んでてなんか、ちょっと、自分が責められてるみたいな感じがした。
 母さんはリョータがそういう仕事のことを自分から、ぜんぜん言ってくれないからもし、他にもあれば教えてくれっていうけど別に俺は、リョータと母さんの連絡帳じゃないし。
 仕事のことで自慢したのは合コンで女子に、ばかにされたみたいな感じになったことともしかすると、関係あるのかもしれない。


 なにこのアイコン、と思った。フェス行ったときの友達三人の写真っぽいけど真ん中じゃなくて右端がトラで、これじゃアカウントの主だってわかんないじゃん。ライブ楽しみーとか授業だるーとか意味のないつぶやきが少しと、友達とのやり取りがたくさんで、その友達はほとんど鍵つきアカウントだからどんなやり取りしてるのかはあまりわからない。どんな関係かもわからないけど、かなり仲良くしてるっぽい女の子はいるみたいだ。フェースブックはほんとにときどき写真が更新されるくらいだ。
 あれ、今週は来ないのかってことが続いてこの一ヶ月は一回しかトラは来ていない。来ないなら来ないって連絡がほしい、こっちの予定だって立たないし。それで次の土曜は来るのかってラインしたら既読のままぜんぜん返事がない。
「えーと、こっちも予定たたないから連絡ほしいんだけど、、、」
 ずーっとトラのタイムラインをさかのぼって先週、先々週のそのころトラがなにしてたのか見て、トラの友達で鍵つきじゃない人がトラの写ってる飲み会の写真をアップしてるのを見つけて、ああ、そっちを優先したのかと思って、なにやってんだろこれ。俺。なんだこれ。なんでこんな、人のこと女々しく気にしたりしてバカみたいだ。もう嫌だ。結婚したい。結婚して子供できてふつうの家族つくってSNSですげえ充実してますみたいな写真載せたい。
「今週は行けたら行こうかな」
 ギター持ってくのめんどいからってトラがうちに置いてった練習用のやつ眺めながら邪魔だなと思った。だって来ないんなら単に俺の部屋が狭くなるだけで俺が損じゃんか。ごめんこれ持ってかえってほしいんだけどって言われてえっと、ここ置かせてもらえるとリョータんちきたとき練習できてすごく助かるんだけどだめかなっていうか、トラだって来ないじゃん最近なんか、だんだん俺の部屋っていうよりトラと共同の部屋みたいになってきてるけどこれはちょっと、違うんじゃないかってってリョータが、不機嫌っぽかったからこの前の合コンのことまだ怒ってるのかなと思ってとにかく、ごめんっていった。
「なにが?」
「なにがって、リョータがなんか不機嫌だから謝ってるんだけど……」
「別に謝ってほしいわけじゃないんだけど」
 そういうつもりじゃない。ぜんぜん違う。なんでこうなっちゃうんだろう。せっかく久しぶりに遊びに来てくれたんだから楽しくやろうと思ってたのにこうなる。でも、ずるくないか? 不公平じゃないか? こっちばっかりあれこれ気にしたり便宜はかってるのに相手が何とも思ってないとか。
「でもそんなの、リョータが勝手にそう思ってるだけじゃんか」
 勝手にっていうかもともと、トラがうち来るっていうから予定あけたり、なるべく過ごしやすくしたりしてるんだろこれ。そんでこっちも予定立てたいから連絡してって言ってるのに連絡はくれないし、
「だって俺だってほかの友達との都合もあるからそんな前々から決めらんないよ」
 だからさあ、それだとこっちは来るか来ないかわかんないから予定開けといてさ、当日になったらそっちは友達とライブとか行ってるわけでしょ、なにそれ
「そんなのストーカーじゃん」
 リョータがきつく目をつむってしばらく苦しそうに、黙ったあと「そうかもね」って言った。どうしてこんなこと言っちゃったんだろって自分で思ったけどもうどうしようもなくて黙ってたらリョータが、もうほんとしんどいんだよいや、自分の方の問題だってわかってるけど、なんかもうトラのことばっかり考えてるみたいになっちゃってほんとしんどいしともかく、もう会うの当たり前って状態やめて前みたいに戻さないとだめだ。こういうこと話しながらこれ、トラの方は何とも思ってないんだよなとか思うと自分がみじめな気がしてしんどかった。うちに遊びに来るのは月一くらいにすること、来る予定は少なくとも一週間前には決めること、合鍵は返してもらってギターも持って帰ること、そんな提案をした。
「うん」
とうつむいて神妙そうな顔でトラが了承した。二十三時だった。そんな顔をしてほしいわけじゃない。もう一度ちゃんと友人としての距離を取り直そうってだけの話だからもっと、普通に事務的に返事してほしかったのに。
「えーと、で、……今夜泊まる?」
「いや、今日は帰る」
 でももう結構遅いし、泊まってっても別にいいよ、うん、でも、今日は帰るね。そっか。
 紐を結ぶのが面倒な靴を玄関で、履いているしゃがんだトラの頭を部屋着のリョータが見下ろしていた。その頭越しに体と腕を伸ばしてリョータは玄関の、鍵を開けてやったのに気づかずにトラが立ち上がりかけて体が、触れそうになった。リョータが怯えたように身を引いたから二人のからだも服も触れることなく避けていった。
「じゃあ、また」ってドアを開けたらもう、春の夜で生ぬるい、空気が部屋に流れ込んできた。