OjohmbonX

創作のブログです。

2ちゃんねるにありがちな感動話

 小学5年生のときに交通事故で両親をなくした俺を、ばあちゃんが引き取ってくれた。そのおかげで俺は親戚中をたらいまわしにされることもなかったし、ばあちゃんの家が近かったから学校も変わらずにすんだ。じいちゃんはもう死んでたから、ばあちゃんとの二人暮し。
 そのころの俺は、両親を亡くした自分をいたわってくれるのは当然と勘違いしてたのか、ばあちゃんに反抗的な態度をとり続けてた。そんな俺にもばあちゃんはずっと優しくしてくれた。学校帰りにいつのまにか作ってきた膝の擦り傷を見つけて、オロナインH軟膏を塗ろうとしてくれたばあちゃんに、うっとうしいなんて言ってしまった俺に、ごめんねごめんねと謝っていたばあちゃん。今思い出しても心苦しい。どうしてあんなことを言ってしまったんだろう。
 それにしても、今考えてもばあちゃんのオロナイン信仰は常軌を逸していたと思う。ある日、俺の両親の位牌に向かって「あれほどオロナインを持っていきなさい、って言ったのに……」と呟いているのを聞いたがオロナインにそこまでの効能は無い。
 それから、こんなこともあった。ある夕食時のこと。
「なんだよ、焼き魚かよ。刺身が良かったのになあ」
「ごめんね、ヨウちゃんお刺身好きだってことおばあちゃん知ってたのに、ごめんね」
 そう言いながらばあちゃんは食卓の上のオロナインを――ばあちゃんの家にはあらゆるところにオロナインが常備してある――手にとって、焼き魚に塗りたくりはじめた。
「こうやってオロナイン塗ればお魚のヤケドが治って……明日の朝にはお刺身が食べられるからね」
「馬鹿なこと言うなよ! そんなんで刺身になるわけないだろ、もう、ばあちゃん自分の頭にオロナイン塗れば? そしたら少しはまともになるんじゃないの?」
 しまった、と思った。言ってしまった瞬間、まずいと思ったが口から出た言葉は取り返しがつかない。いかに温厚なばあちゃんでも怒るに違いない……。しかし、ばあちゃんは笑っていた。それまで、ばあちゃんについてはもちろん、他の誰についても見たことのないような酷薄な笑みを浮かべていた。
「ごめんねー、おばあちゃん頭悪くてー……」
 ばあちゃんはそう言いながら立ち上がった。ばあちゃんを見上げながら、俺は、自分の全身が震えるのを感じた。不思議にもそのとき案外冷静に「本当に怖いときって体が震えるんだな」と思ったのを覚えている。それでも恐怖が恐怖であることに変わりはなく、突然ズボンを下ろし、ベージュ色の下着も脱いで下半身を露にしたばあちゃんの不可解さにさらに恐怖しつつ、目が離せないでいた。そしてばあちゃんは、性器にオロナインを塗りたくりはじめた。
「ちゃんと塗らないとねえ、うまくいかないから」
 オロナインを塗り終えたらしいばあちゃんは、性器をはがしはじめた。それは、まるでいささかの抵抗もないようにばあちゃんの身体からあっさりとはがれ、はがされた性器はばあちゃんの手のひらの上にあった。ばあちゃんはそれを、時代劇で侍が小柄を投げるようなやりかたで、窓の外へ投げた。性器はそのままどこかへ飛んでいった。
「さ、早くしないとせっかくのご飯が冷めちゃう」
 下着とズボンを身につけ、ちゃぶ台に向かって座り食事を始めたばあちゃんを見ることができずに自分の手元ばかり見つめながら、食欲なんて全く無かったけれど、とにかく俺は、オロナインまみれの焼き魚以外のおかずを食べ始めた。
 そうして無言の食事がどれくらいか過ぎたところでばあちゃんが「そろそろかねえ」と言いながらテレビをつけた。テレビでは天気予報が流れていた。テレビ局の前の歩道に接した広場で、リポーターが明日の天気について語っていた。「ワンワン!」カメラとリポーターの間を、四つん這いの男が走り抜けた。何だ、今のは!
「ヨウちゃん、今の男の人はね、おばあちゃんのヴァギナとお話をした人なんだよ。おばあちゃんのヴァギナとお話をした人は、自分が<雑踏に生きる犬>なんだと自覚するの。そうして元気よく四つん這いで街へ出て行く。おばあちゃんは、そんな若い人たちを見るのが、好き」
 ばあちゃんは菩薩のような慈悲深い微笑を浮かべていた。


 そのとき、俺は、俺を取り巻く何もかもが、この世界の全てが、氷解したように思った。
 最近なにか飛んでるなーと思っていたけど、みんなのヴァギナだったのか! 「迷いヴァギナ探してます」の貼り紙も、四つん這いでワンワンしか言わなくなった同級生も、テレビでときおり空にモザイクがかかるのも、あれも、これも、何もかもが、ああっ!…………
 食事を終えたばあちゃんは、窓際に立ち、窓外に叫んだ。
「カムバァーク、マイ・ヴァギナ!」
 俺は、夕暮れの雲間から黒いヴァギナがこちらに向かって滑空するのを、見た。 


 もちろん、翌日の朝食は刺身だった。

オマージュ・トゥ・フライングヴァギナ

 上記エントリ「2ちゃんねるにありがちな感動話」は、もちろん『そこは洞窟ではありません。私の肛門です。』の「低空飛行ヴァギナ」(id:asianshore:20070712)へのオマージュ(?)である。他の誰かによってさらなる「低空飛行ヴァギナ」のオマージュ(?)が書かれることを私はひそかに希求する。ヴァギナvsメカヴァギナとか。


 ところで、ヴァギナとは膣のことであって外性器のことではないのだけれど、ここではもっぱら外性器のことを指しているという用語の不正確な使用が何かクリティカルな部分に抵触しているのではないか、という疑いを私は拭いきれない……。「クリティカルな部分」ってヴァギナのことじゃねえよバーカ。