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創作のブログです。

他愛なく無用である (8)

 私は自伝『希望と絆』をいんちき出版社から出して稼いだ小金を元手に自分でも何だかよく分からない仕事を興して成功した。ちょうど世界中で最後の悪あがきが始まった時代だったから、その中にあって金儲けはずいぶん容易いことだった。やろうと思うかどうか、そして実際にやるかどうかの二段を踏み越えさえすれば、悪あがきの側と諦めの側のエネルギー差から金を自動的に生むのは容易い。しかしそれが実際に何の仕事かはよく分からないまま事業を人に任せて私は子づくりした。馬子は娘を生んで打ち止めの気配を見せたから私は大学生のガールフレンドだった馬面の女を探し出した。女はまた逃げ出したので私は小脇に抱えて連れ戻して性交した。男児を出産した。その前に既に女には幼い息子がいた。高木の子だった。私はこれを養子にした。生まれたての男児は手がかかるからそのまま置いて女に育てさせた。その後、蘇我はあにはからんや追加で三人生んだ。全て娘だった。むしろ女の方が男児二人で打ち止めだった。男児二人は丸顔だが娘四人は全て馬面だった。
 引き取った男児一人と娘四人を育てて忙しそうに立ち働く蘇我を見ながら、立てば馬面、座れば馬面、歩く姿は馬の面という俚諺を思い出していた。まるで今私のために先人が残した言葉のように思えた。ふいにあの粥が、たまらなく懐かしくなった。忙しついでに蘇我に作らせたがまるで違っていた。たわむれに自身でも再現を試みたがこれも違った。どうせ実務は私の手を離れて暇だから粥作りをライフワークに据えたが何度やっても再現できないから諦めて出所した高木を訪ねた。小さなアパートの一室で高木の作った粥を一口食べてこれは違うと思った。高木は同じ作り方だと言ったが味は違う。私はそれ以上食べ進める気にならずにレンゲを置いたが高木は鍋に残ったかなりの量を平らげ、私に出した椀の残りまで食べた。
「なんか、なつかしいですね」
「うん」
 私が冗談のような高額の謝礼を渡すと高木は特にこだわりも見せずに素直に受け取った。私が部屋を後にしかけたところ、背後で「えー?」と軽い非難を込めた疑問の感嘆詞を聞いて振り返ると、高木が嘔吐していた。ほとんど水に近い物を、律義に手元に寄せた鍋の中へ、細かい砂の粒を一息に流したようなしゃあしゃあという音を立てて、えーっ、と長く尾を引く悲鳴を上げて吐き続けていた。そんな状態でも見られるのは恥ずかしいというように両腕で抱えるようにして鍋を隠そうとしているのを見て私は哀しくなった。吐き終え、そのままゆっくり前のめりに崩れて高木は死んだ。私は私の来た痕跡を丁寧に消して部屋を後にした。それから数日、私はひどい下痢に悩まされた。粥の再現は不可能なのだと諦めた。
 私は息子に、お前の父親はさっき意味も無く死んだよと伝えようとしたが、息子はそれを遮って嬉しそうに別の話を始めて結局、実の父が高木だと伝えそびれた。姉が結婚するよ。馬のおばさんの息子と結婚するんだと心底嬉しそうに言ったから、それは駄目だ、お前がお前の姉と結婚しろとかわりに言った。息子はひどく驚いていたが、長女とお前はそれぞれの両親が異なる一方、長女と馬のおばさんの息子とは父親が共通なのだと、禁止と許可の規則を説明すれば納得して長女と長男の間に孫娘が生まれた。それは隔世遺伝の力が働いたのか、とんでもない馬面だった。他方で妾の息子は押し黙って悲しみを目で耐え哀れを誘うから私は禁止の規則を棚上げにして次女から四女を差し出した。それぞれ孫娘をいくらか生んだ。孫娘たちは禁止の規則を気にせず健やかに育ち、そしてやはり、とんでもなく馬面だった。怒ったのは長男だった。家族ぐるみの付き合いをして幼いころからまるで兄弟のように慕っていた男に(実際、種違いの兄弟なのだが)自分の妹たちをバイキング形式で選ばれ、近しさがなお拍車をかけて憎しみを駆り立てたようで、何事も無いように数年を過ごした後に突如、兄を殺して自分自身も殺してしまった。残された四姉妹と孫娘たちを家に戻した。腹を痛めて生んだ息子を同時に二人亡くした哀れな妾も家に置いた。


(つづく)