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創作のブログです。

サッカーのこと

 小学3,4年生ごろまで美容所で,それから中学2,3年生ごろまでは理容所で,それ以降はかつて美容師であった母に,散髪をしてもらっていたのだけれど,一ヶ月半前に営業を始めた学校のすぐ近くにあるモレラ岐阜というショッピングモール内にある1000円の価格で散髪のみをするらしい理容所,QB HOUSEに,どんなもんかしゃんと行ってみて.
 そわーとQB HOUSEの店舗脇を通りながら中を窺ってみれば既に客が2人居て数分程度待たねばならない様子.とっても観葉植物を見たい気持ちになってホームセンターへ,それから書店などをふらついて,30分ほど経て後再びそわーと店に近づけば客は居ないようで店員も奥へ引っ込んだらしく見当たらないので俊敏に入店.チケット販売機の前に立って瞬時逡巡する僕を認めたらしい店員がぎゅびょっと奥から現れた.あらかじめWebサイトによって店のシステムを熟知していたにもかかわらず,えと,これ,千円入れれば,いいんです,よね,なんて可愛らしさを現出せしめようとしたのであった.問題は,結果として可愛い(と店員に思われた)かどうかではなく,可愛らしさを現出させようという下品な行為で店員と僕の精神を緩衝させようという,少なくともそれを試みることで店員に対する免罪符としようとする,僕の精神の劣弱.でも,可愛らしさが止まらないの! えとー,1.5cmくらいの長さで,全体を,こう,切って,もらってー……
 ちょきちょき.無言で髪を切る店員,無言で僕の後方に立って見学している他の店員.「私はこんなとき どんな顔したらいいのかわからない」「ふつうは 笑うんだよ」という漫画『新世紀エヴァンゲリオン』の作中人物・綾波レイ碇シンジの会話がにわかに想起せられてにたにた笑いを笑いそうになっていかんいかん,いかんのだ.「ふつう」人は「こんなとき」にたにた笑いを笑わない.しかし,にたにた笑いを笑いたくなるほどの気まずさは僕だけでなく店員たち,特に僕の髪を切る店員にとっても同様であるに違いない.気まずさを解消するためににたにた笑いを笑うのは無益であるばかりでなく有害であって気まずさはいや増す,ということを承知しているに違いない店員は,恐らく会話による気まずさの解消を試みるであろう.その話題として,昨日の今日であるから2006 FIFAワールドカップの日本対オーストラリアの試合のことを選択するに違いない.話しかけたくてうずうずしているんだ.あ.くる,くるくるくるくるきたー「サッカー,負けちゃいましたね」え? ええ.声のかすれるのが自分でもわかる.
 訪問販売において,明らかに不当に高価な商品,浄水器とか羽毛布団とか,を購入する際の消費者の心情は,この商品は本当に良質のものだ,そういえば自分はかねてからこれを欲していたのであった,というようなものであるらしい.これは,早急に販売員に帰ってもらう,この場をすみやかに逃れる,互いにとって穏便な手段として商品の購入を選択するが,「互いにとって」つまり自分にとっても穏便に済ませるために,無意識に商品購入の動機が商品に対する魅力にあると思い込むのだそうだ.そのとき,販売員を自宅に請じ入れてしまった(実際は,販売員は独特のテクニークによってそれと気づかせずに上がりこんできていたりするのだけれど)後ろめたさも手伝っているとか.「こんな感じでどうですか」と眼鏡をかけて鏡を見てみると,明らかに1.5cmより長い.確実に5cm以上はあるように見える.全体が1.5cmというのはつまり5分刈りであるのに.しかし……これはこれで別に悪くないのであるし,店員が1.5cmという要望を意図的に無視したのは明白であるが,その「意図」は素人にありがちな長さ感覚の不足・欠如を考慮した好意的なものであるに違いない,それに,大体,考えてみれば僕は前からこんな髪型にしたかったような気がする.えーと,まあ,こんな感じで,いいですー


 あーっきゃっきゃっきゃっきゃっきゃ.全然違う! 望んでいた髪型は,こんなのじゃないのに! 学校に戻って研究室の書類棚のガラス扉に姿を映して,心,千千に乱れて.いや,これはこれで決して変なわけではないし別に良あーっきゃっきゃっきゃやっぱ嫌! 何が嫌って精神の柔弱.うくく.大体,試合終了10分前までリードしておきながら3点取られて逆転なんて気落ちが大き過ぎる.などとくさくさして明日を迎えることを私は私に許さない.というわけで電器店にてバリカンを買って帰り自分で髪を刈ったのでした.
 と一言で済まし得ない多大な精神の減摩がそこに存する.
 電器店にはおよそ20種のバリカンが並んでいて,その選択に正味30分はかかったのであるし,「正味」でない時間として,バリカンの前で長時間悩み続ける人を不審に思われるのを厭悪して,バリカンコーナーに対して適宜ヒット・アンド・アウェイを試み,その方がよっぽど不審であると自覚しながらヒット・アンド・アウェイ.ついに購入.
 帰宅後,バリカンを充電させておいて説明書を熟読した後,夕食を食しながらも頭の中はバリカンバリカン午後8時.
 右手にバリカンを持ち,全裸で全身鏡の前で蹲踞.バリカン・スタイルを整えて.片手にバリカンを持って全裸で,「相撲や剣道で、つま先立ちで深く腰を下ろし、膝を開いて上体を正した姿勢」であるところの蹲踞をしている全身鏡に映った自分の,股間にだらしなく睾丸の垂れる様などが見えて,どうしてこんなことになっているのかと情けなく思えてくるし,案外脚が疲れる.が,椅子に座ったことで脚の疲れは解消された上,睾丸の垂れる様も強調されなくなり,バリカンで髪を刈り始めれば情けなさなど雲散霧消してただハッピーなだけ.髪の塊など次々と落ちる様なお愉快.こんなに刈れて,いいのかしら! ところが襟足のあたりの処理は如何ともし難く,あ,あ,昂揚がしぼむしぼむいやんいやん.
 結局,深更に母の家を訪ね母に仕上げをよろしくお願いしたのであった.できあがった頭はスタジアムの芝のようで22人の小さいタイプの人たちがスパイクで僕の頭皮をずたずたにしながら僕のフィールドを駆け回る様子を夢想しながら一日を終えることができて,バリカンの値段は8,370円でした.