OjohmbonX

創作のブログです。

これが岐阜のあたたかさです

 家の中では邪魔なので折り曲げているズボンのすそを片方だけ戻し忘れているのに外出してかなり経ってから気づくのはとても恥ずかしいものですが,「キィエー」と鋭く叫びながら丸々と太ったパーマをかけた知らないおばさんが買い物袋をさげたまま突然とび蹴りをしかけてきたのには驚きました.何とか一撃目をよけたのですが,間髪入れずに二撃目が飛んできました.よけきれなくて頬に一筋の切り傷ができました.これはあなどれない種類のおばさんだと思いました.「オァタッ! オァタァ!」という裂帛の気合とともにテンポよく突きや蹴りがおばさんから繰り出されます.午前の人通りの少なくない駅構内のことでしたから,みるみる人だかりができました.僕は,おばさんの打撃を適切に防ぐなり避けるなりしつつ,僕より背の低いおばさんの密度の高いパーマがゆっさゆっさ揺れるのをふしぎな気持ちで見下ろしていました.やっぱり,見覚えがないなあ.「失礼ですが,どちらさまですか?」おばさんは打撃を中止して息もきれぎれに言いました.「名乗る必要など互いに,ない.必要なのは,お前が適切に,あたしの愛を,受け止めることだけだ!」おばさんは打撃を再開しました.だいぶん疲れているらしく明らかに威力が落ちています.周りからは「おばさんがんばって!」とか「ガキィ,いい加減にしろ!」とか聞こえてきます.いい加減にしてほしいのは僕のほうだ! ううっ,と低いうめき声をあげておばさんはくずおれました.どうやら力尽きたようです.僕はほっとして,その場から立ち去ろうと踵を返しました.すると目の前に身長175センチくらいのすらっとしたイケメンの男子高校生が立っていました.「どうしておばさんの,みんなの愛がわからないんですか」ととても悲しげな顔で男子高校生は言いました.「俺が,引き継ぎます」あっ,と気づいたときには体が吹っ飛んでいました.どうやら回し蹴りを食らったようです.くらくらする頭を片手で押さえながら上体を起こしたところにすかさず蹴りが顔めがけて飛んできました.思わず,蹴り足の彼の右足首を左手でつかんで強く引いて,右ひじを彼のみぞおちに当ててしまいました.彼はうずくまりました.いったい,何なんだろう.僕は今度こそ立ち去ろうと立ち上がったら「えげぇっ!」.わき腹に駅員のドロップキック.何なんだよ!「たぁけー! 何やっとるのー空気読みゃあてー回し蹴りやんかあ,何で回し蹴りやらんの,そぉいっ!」と駅員が正拳突きをするのでそれを右の回し蹴りで払ったら「あかんてーたあけんたぁ,右足やったらいみないやんかあ,ひ・だ・り・あ・しっ! えかっ!」とにかく駅員のアドバイス(?)に従ってどんどん繰り出される突きを,利き足じゃないので苦手な左の回し蹴りをくるくる回りながら何度も放ってかわしていると,周りで「あとちょっと! もうちょっと!」という掛け声が飛んできて手拍子まで起きて,ついに,一瞬しんとしたかと思うとわあと駅が歓声と拍手につつまれて,駅員も突きをやめてにこにこしながら「やったやんか」と僕を祝福するし,おばさんは「愛が通じました,天国のお父さん,通じました」と涙をぬぐっているし,高校生ははにかみながら「俺も,うれしいです」と言うし,何がなんだかさっぱり分からない.