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創作のブログです。

明日もほじってくれるかな? <いいところ>!

 近藤真彦の「スニーカーぶる〜す」の一節「ジグザグザグ ジグザグジグザグ ひとりきり」は鼻歌(替え歌)にとって応用性が大変高く,「はーなほじほじ 鼻ほじ鼻ほじ 君とぼく」と歌いながら研究室で鼻をほじほじしていたら,幼くまだ中学生に見える本科1年生か2年生の学生服の少年が廊下からドアーの窓越しに,私を見つめていた.
 私が鼻をほじりつつ手招きすると,彼は研究室に入ってきた.彼を隣の椅子に座らせ,向かい合わせでもう一度「はーなほじほじ 鼻ほじ鼻ほじ 君とぼく」と歌うと,彼は赤くなってうつむいた.私は鼻をほじっていない方の手で彼の手をとって「やってみなさい」とささやいた.彼はおずおずと彼の指を鼻の穴に入れる.
「傷つけないように……そっと……そう,やさしく……」
「……はい」
「あたたかいでしょう?」
「あっ」
 彼は勘がいいらしく,すぐに<いいところ>を探り当てたようだった.体に力が入らないようで,ほじっていない方の腕を座面につっぱって上体をささえながらも,だるそうに背もたれに体をもたせかけている.顔が上気し目はうつろだが,鼻をほじる手は休めない.かつて自分が<いいところ>をはじめて知ったときのことを思い出しながら,私は,私も鼻をほじりながら,勘がよく好ましい彼を見つめていた.
 そろそろ頃合かと考えて,私は彼の耳許に顔を寄せて,ささやいた.
「はーなほじほじ 鼻ほじ鼻ほじ?」
「あ,うん,ん」
「ほら,しっかりしたまえ……はーなほじほじ 鼻ほじ鼻ほじ?」
「あ,あなた,と,ぼくうぅぅぅんんんんぁあああ」
 彼はそのまま,気を失った.


 意識を取り戻した彼は,私に尋ねた.
「研究室で鼻をほじっているということは,これは,あなたの研究なのですか」
「研究……というより,これは……ライフワーク,かな.鼻をほじる研究では,卒業できないからね」
 それから彼ははにかみながら
「また,来てもいいですか」
と問うので,私は
「もちろん,いいとも.ぼくはいつも鼻をほじっているから,好きなときにいつでも来たまえ」
とほほえんで答えた.そして彼は,目を伏せて恥ずかしそうに,研究室を辞した.


 彼は勘が良いだけでなく,聡明であった.学生の多くは私が手招きをすると驚いて逃げるものだ.私は鼻をほじりながら,廊下を全速力で逃げる学生を追いかけることになる.彼らを廊下の端にようやく追い詰め,抵抗する彼らを組み伏せたときには,互いに不幸な体力の消耗を招いているのだ.それから私の,あるいは彼ら自身の指を,彼らの鼻の穴に入れるのだが,肉体の疲労が,彼らの生まれてはじめての鼻ほじりの幸福を阻むのである.……もちろん,鼻ほじりを知ることは彼らにとって幸福なことに違いないのであるが.
 聡明な彼は,充実した体力と気力との全てをはじめての鼻ほじりに投じ,そこで得られ得る最大の幸福を手にしたのであった.私は彼に可能性を見出していた.彼は,私でさえかなわなかった,ほじり貴族になり得るかもしれない……