OjohmbonX

創作のブログです。

ポンキッキはもう開かない

「お前、俺の女になれ」
と言われムックは激しく動揺した。
「わ、わ、わ、ワタシは男の子ですぞ」
「関係ねぇよ。俺の女になれ」
 ムックはときめいた。このままあの緑のバケモノと一緒にいたって幸せになれっこない。バケモノにばかり華やかな仕事がまわってくる。それを自分は家のテレビで見るばかり。果てはダスキンから就職の誘いがくる始末(モップとして)。もういやだ。
 ムックはガチャピンを残してテレビから去った。そして男と暮らし始めた。その夜、ムックは極上のよろこびを知った。
「わ、わ、わ、ワタシは男の子ですゾ〜〜」
 ただ男の帰りを待つだけの日々がひたすら幸福だった。そして帰宅した男を迎えるたび、うれしさに気がくるいそうだった。
「ご飯ですぞ? お風呂ですぞ? それとも……わたしですぞ……?」
 そうしてムックは極上のよろこびを味わう。
「男の子ですゾッー!」
 よろこびあまってムックの毛が伸びた。もじゃもじゃ。男はそれを刈り、売却した。いかなる生物の毛をも上回る滑らかな肌触りと鮮やかな赤に、世界は熱狂した。1kgで1千万円を超える値がついた。毛をすっかり刈り取られたムックは羽をむしられた鶏みたいなまるで別の生き物のようにすっかり貧弱になった。しかし、
「わ、わた、ワタシ、わた、ぐ、ぐふ。ぐふふふふ」
 男によろこびを与えられればすぐにまた毛は生えそろうのだった。それを刈り、売るの繰り返しで瞬く間に男は財を蓄えた。そして、ムックは男に捨てられた。
「愛。それははかない夏の日の一瞬のまぼろしなのですぞ……」
 愛は儚くても性欲はしぶといので、ムックはぎらぎらした目付きで男を求めて街をさまよった。「わーいムックだー」などと近づく子供たちをことごとく粉砕しながらさ迷い歩く。もう男以外は見えていないのだ。優しかったムックはもういない。それはまあいいんだけど、良質なムック毛が市場に供給されなくなったことは由々しき事態である。
 そこでクローン技術を駆使して大量のムックを地下で発生させた。さらに渋谷と原宿から連れてきた大量のイケメンをムック5頭につき1人供給することでムック毛の量産体制を確立した。イケメンは消耗が激しく、すぐ死んだ。地上からはイケメンが消えた。しかし周到なメディアの力によって国民はイケメン消失の事態に気づかなかった。そんな国民の目を覚まさせるために一人の女が立ち上がった。国会で彼女は叫んだ。
「青年をムックから解放しなければ、日本の少子化は解消されません!」
 少子化対策担当大臣小渕優子である。彼女は黙殺された。誰もが妊娠からくる情緒不安定と決め付けた。彼女は単身、地下へと続く扉(ポンキッキ)へと向かった。
「開け! ポンキッキ、開け!」
「うふふ ゆうこさん ポンキッキを あけたいの?」
 優子の背後にいつの間にかガチャピンが立っていた。
「お願いしますここを開けて下さい。日本にイケメンを取り戻したいの」
ポンキッキは ね もう あかないよ」
「それでも私は日本の少子高齢化をなんとかしたいのよ! この身がほろびても構わない!」
「ほんとう?」
 ガチャピンは人間の認知不能なスピードで優子に接近した。暗く緑に輝く巨大な顔面が眼前に迫るが、優子は恐怖を認識する暇も与えられなかった。
「これでも?」
 ガチャピンは優子の前歯を引き抜いた。負けん気の強い優子はガチャピンの前歯をつかんで仕返しに引き抜こうとしたが、びくともしなかった。
「うふふ にんげんには むりだよ」
 優子は歯のみならず、爪も剥がされ、髪も引き千切られた。気を失うはずの痛みであったが、彼女の大臣としての使命感が気絶を許さなかった。目を剥いて立ち続けていた。真の政治家の姿が人知れず、しかし確かにそこに存在していた。
 突然、優子は産気づいた。精神は肉体の痛みに打ち勝ってはいたものの、肉体は耐えられなかったのだ。ガチャピンはいささかの無駄も認められない動きで助産を果たした。
「たまのような おとこのこ だよ」
 優子は恩義に篤い女であったから、その後二度と地下を暴こうなどとはしなかった。歯抜け母議員としての生涯を静かに送った。


 ポンキッキの向こう、狭く暗い通路が地下へとずっと続く。どれほど下ったか意識も判然としなくなった辺りで突然、LED照明の白く人工的な光が天井から一様に注ぐ広大な部屋に当たる。壁も床も白いその部屋には真っ赤なムックと全裸のイケメンが無数に蠢く光景が広がっている。さらにその奥、部屋より一段高い位置で壁がくり貫かれたような空間に玉座が据えられている。玉座に一体のムックが座っている。オリジナル・ムックである。彼は自分のクローンたちを、焦点の定まらぬ目で見下ろしながら、歌を小さくぽつりぽつりと口ずさんでいる。


  パーパラ、パ、パ、パラ、パーパーパ、パ、パ、パラ
  パーパラ、パ、パ、パラ、パーパーパ、パ、パ、パラ
  おはようさん みなさん
  じゅんびはいいですか(はーい)
  いきますか
  げんき(げんきー)
  ゆうき(ゆうきー)
  ポンポ ポンポ ポンキッキーズ


 ポンキッキはもう、開かない。