OjohmbonX

創作のブログです。

スナイパー四者四様

 かつてスナイパーだった祖母は認知症を患って以来かえって古い記憶が蘇るものか、二階の窓から近隣住民をスナイプし始めた。
「今日は三枝さんの奥さんだったわ。重くてねえ、あの人太ってるから、昨日の美羽ちゃんみたいに子供だと楽なんだけど、それでも土を掘り返せばスコップが重くて重くて筋肉痛になっちゃうのよ、もう埋めるところがないのよね、うちの狭い庭だと、今日なんて腐りかけた大内さんの顔が出てきて、気持ち悪いったらないわよ、こう、頬の肉が腐れてずるりと剥がれるのよ」
 電灯が消され、音の消されたテレビの明かりだけが動く夜の居間で、食卓を挟んで母は俺に、いっそう陰惨な顔でただ毎日こうして報告する。屍骸の後片付けを手伝えとも言わず、祖母を責めるわけでもない。父は実母によるかかる蛮行に知らぬ存ぜずを押し通している。残業をしているのか外で時間を潰しているのか家に寄り付かない。
 その父が祖母にスナイプされた。実子と知ってか分からずかは外からは知れない。母は微笑を湛えながら、もう終わりだね、と言い、父の保険金でゴルゴへ依頼した。
「たしかにあなたの技量からすれば役不足でしょう。けれど義母の最期を華やかに彩ってやりたいのです」
「…………………………いいだろう……………やってみよう…………………」
「オオッ、ありがとう、ミスター東郷!」
「……………。」
「?」
「……………………………………………………。」
「(ああ、気まずいわ。ゴルゴ、早く帰ってくれないかしら)」


 落ち窪んだ目がぐうと迫り上がるように見開かれ、空間をぼんやり捕らえるとも捕らえぬともつかぬあわいにあった視線は定められた。祖母は狙われていると知るや全く正気を取り戻し、劇的ビフォーアフターに葉書を出した。
「迎え撃つには、私の家はあまりに脆弱なのです」
 なんということでしょう。匠の手によりこぢんまりした民家がまるで要塞のように生まれ変わりました。おばあさんはうれしさのあまり涙を流しています。
「こんなによくしてもらってまるで夢みたいです。これで心置きなくゴルゴを迎え撃つことができゲッ、ゲエッ、グゥーッ」
 祖母は餅とこんにゃくゼリーを同時に喉へ詰まらせて死んだ。餅とこんにゃくゼリーを同時に食べる秘技を全国放送で披露したいという老人のささやかな味噌気が命取りになったのである。