OjohmbonX

創作のブログです。

ラブ・ラビリンス

 あたしの顔を見て、あたしのダーがあたしに
「うるせえ」
とどなった。あたしは去年から一言もしゃべってないのに。
「メーンゴッ」
 あたしは2012年に入って最初の言葉をしゃべった。
「うるせえドブス」
 ダーはもっと怒ってピスタチオをあたしに投げつけた。ピスタチオはあたしが2週間前に近所の家から拾ってきた猫だ。
 あたしはすっごく猫好きだから、よく近所の家の中に入って猫を拾ってくる。名前をつけてかわいがって2、3日すると、「猫を探しています」の張り紙を見かけるようになる。張り紙の写真やイラストの特徴が、びっくりするくらいあたしの猫に似てるから、あたし、猫を探してるおうちにあたしの猫を連れていく。そのおうちがちょうどあたしがこの前猫を拾った家だから、重ね重ねびっくりしてるのに、そのうちの人、ちょうど探してる猫だったってあたしの猫を見ていうから、もう、あたし、激烈にびっくりしちゃって。ゆずりあいの精神が大切だから、あたしその人に猫を渡すんだけど、あたしってほんとうに猫好きだから、お別れがかなしくってつらくって、ぽろぽろ泣いちゃうの。そうするとその人が、お礼にって、猫をかわいがってくれたお礼にって、お菓子とか、お金とかをくれる。そのお礼であたしとダーは生活してるんだけど、なんかい考えても、これってすっごくふしぎなシステムだと思う。あたしが猫をダイ好きで、みんなも猫をダイ好きで、ただそれだけなのに、お金が発生して、あたしたちは生きてるんだ。どうなってるんだろう。
 ピスタチオはあたしに当たらずに、あたしの顔の横を飛んでいって、そのまま窓の外へ飛んでいった。
 ダーがうるさいっていうから、今度は口パクで
(メ、ン、ゴ)
とあたしは声を出さずに言った。
 ダーは燃えるように怒った。しずかに、すごく低い声で
「もう殺す」
って言って立ち上がって、ゆっくりあたしに近づいてきた。ダーが、床の上に転がってた首のないキティちゃんのぬいぐるみを踏んづけて、キティちゃんの中身が首から飛び出した。白いわたが床の上にふわっとちらばった。
 あたしはいつもキティちゃんの首をちぎってる。ダーが踏んづけたのはあたしがさっきちぎったやつだ。あたし、猫は好きだけどキティちゃんはダイッ嫌い。だってわけわかんないもん。なんか白いし? 外がわも白いし、中がわも白いし、わけわかんない。あたし、むかし猫をまちがえてちぎったことあるけど、猫は外がわもあんまり白くないし、中がわも内臓だからフクザツな色してる。なのにキティちゃんは全部白いから嫌いだけど、あたしが猫好きって知ってる人たちがキティちゃんのぬいぐるみをくれるから、しょうがないから、あたしいつも首ちぎってる。
 ダーは踏んづけたキティのことは気にならないみたい。じいっとあたしの目を見てゆっくり近づいてくる。殺すっていわれて、あたしはダーとの初デートのことを思い出してた。
 とっても混雑した駅前のマックだった。どこも座る席がなくて、あたしとダーはうろうろしてた。ちょうどオリンピックがあって、セットを頼むとオリジナルグラスがもらえて、あたしはふくよか(デブじゃない)なのでLLセットを2つ頼んで、トレイがとっても重いのに、席がない。なのに2人用テーブルを合体させて4人分の席を1人で占領してる若い男の人がいた。だからダーが
「席を半分ください」
というと、男の人は
「だって、ぼくが使ってるじゃないですか」
といった。
「ならいいです」
 ダーがさっきもらったグラスを箱から出して、
「じゃあ死んでください」
といって男の人をゴンゴン殴り始めた。あたしも、まだ付き合いはじめだったから、きらわれないようにと思って、できるオンナを見せようと思って、あたしのグラスを出してダーといっしょに男をゴンゴン殴った。あたしたちが男を殴ってるのを見て、まわりの人も、あ、いいんだ、と思ってみんな殴りはじめた。みんな、だれが一番たくさん殴れるか競争してるみたいにがんばって殴ってるから、オリンピックって感じして、参加することに意義があるっていうから、関係ない人もどんどん男を殴ってる。男の人は頭骸骨が壊れたから死んで、店の人はそれをすぐに片付けて、あたしとダーはビッグマックやポテトを食べた。
 急にあたし、おなかがすいてきた。いつもだと猫を飼いはじめるとすぐにお金や食べ物が手に入るのに、ピスタチオを飼って3日になるのに、ぜんぜん張り紙もでないし、ピスタチオも飛んでいっちゃったし、ほんとうにおなかがすいてきた。それであたし、自分の指をデュパデュパしゃぶってるの。なんか塩あじがきいてておいしいっていうか、マックポテトみたいな味がするし、しかもあたし、すっごくビンカンだから、指しゃぶってるだけですっごくもりあがってくる。「ンッハァ、ンッハァッ」ていいながら、いっしょうけんめいしゃぶってたら、ダーが目の前にいて、あたしを窓際に追いこんで、ぐいぐい押して、あたしを窓から落とそうとする。そういえばダーはあたしを殺してるところだった。ちょうど窓の下にぐちゃぐちゃになったピスタチオがいた。わたじゃない、ほんものの内蔵。これがほんとの猫だよぉ。
 そこにずんぐりしたおじさんがやってきた。がにまたでスーツを揺らしながら走りよって、ピスタチオのまわりをぐるぐる回って、大声で泣き始めた。あたしとダーはそれをみてびっくりした。ふいにおじさんがこっちを見上げてあたしたちと目があった。怒鳴った。
「殺す」
 6階までの距離のせいでおじさんの口がうごいたあとに声が丸まって聞こえてきた。おじさんはぐちゃぐちゃのピスタチオをこぼさないように手と腕ですくって上を向いたままマンションに吸い込まれて静かになった。
 急にダーが真っ青な顔で震え出した。
「あれ絶対やくざだよ。殺されちゃうよ俺。死にたくねえよ」
 これってラブ・ラビリンスだと思った。
 やくざはピスタチオを愛してる。でも死んだ。あたしはダーを愛してる。でも殺されかけてる。そしてやくざはダーを殺しにくる。でもダーは死にたくない。そしてみんなが愛してたキティたちはあたしが殺した。そんな全員がいま集まる。いまからこの部屋が愛の迷宮(ラブ・ラビリンス)になる。
 あぁーっ。
 なんかあたしわくわくしてきた!
「オラ、どうしてくれんだこれぇ!?」
 やくざがきた。これっていうのは、たぶん、腕の中のぐちゃぐちゃのやつだ。
「すいません……このドブスが全部やりました……」
 ダーが言った。このドブスっていうのは、たぶん、あたしのことだ。
「だからお兄さんのお猫ちゃんのかわりに、このドブスを持っていってもいいです……」
「いいのか?」
「いいと思います。おれはドブスがいなくなってオッケーだし、お兄さんはお猫ちゃんがいなくなった代わりができてオッケーだし、これでたぶん、つじつまが合ってるって思います」
「あぁ? 何かおかしくないか? ちょっと考えさせてくれ」
 やくざはしばらく眉間に皺を刻んで少しうろつきながら考えてた。真剣にかんがえてるみたいだった。それから重々しく
「確かに、それで辻褄は合ってるらしいな」
と言った。ピスタチオの残骸を床に捨てて、あたしの腕をつかんで帰ろうとした。あたしは、
(そっか、つじつまがあってるんだ)
とおもって、やくざに連れられていったけど、ピスタチオが横目にちらっと視界にはいった瞬間、これって絶対ちがうって分かった。
 だって確実に、白いわたじゃない、ほんもののまだあったかい臓物がちゃんとそこにあるのに、それはなかったことになって、全部つじつまが合うって、そんなの変だよ。ちがう。
「これってちがう、ぜったいちがう」
「うるせえドブス、黙ってろ!」
 ダーが怒鳴った。でもあたし、これだけは黙ってられないと思った。あたしはやくざを振り切ってダーに向かった。
 弾丸みたいにとびだしたあたしを見て、ダーが軽い悲鳴をあげた。ダーの後ろの姿見にうつったあたしは、鬼みたいな顔してて、しかも、たぶんさっき殺されかけた時に顔からいっぱいお汁が出たせいでメイクがぐしょぐしょになってた。あたし、ダーにちょっとでもドブスじゃないあたしを見せたくて、いつもダーの前ではフルボリュームでメイクしてる。いつも朝3時半におきて顔を製造してる。
 いまのあたしのこんな顔、ダーに見られたくなかった、っていうきもちと、ダーがばけものを見るみたいにあたしを見たことが悲しいきもちで、あたし、わけわかんなくなって、ダーにゲキトツして、ダーの首をひきちぎろうとしたんだけど、なんか、ダーの首はちぎれずに、40センチも伸びた。
 ダーは息してない。床にあおむけにたおれたままだ。あたし、ダーの首を持ち上げて、ぱっと離すと、ゴンってフローリングの床にダーの首が落ちた。でもダーの顔はかわらない。目を閉じたまま。あたしはもういちど持ち上げる。それからまた離す。ゴン。また持ち上げる。落とす。ゴン。
 ゴン。ゴン。ゴン。なんかい落としてもダーの目はもう開かない。
 あたし、あたし
「メンゴォーッ、メンゴォーッ!」
 ダー、あたし、愛してる。いまでもずっと、あたし、ドブスだけど
「メンゴォーッ、メンゴォーッ!」
「その、おめぇ、元気出せや」
 やくざがそういって、だいたい、やくざがうちに来たからこういうことになったんだから、あたし怒った。
「貴様ァーッ!」
 あたしはやくざとの間合いを一気に詰めた。やくざは目を見開くばかりで何もできない。そのままあたしはやくざの首を引きちぎった。噴水みたいに血がいっぱい出た。あたし、ゴキブリを泡で固めて殺すやつで、やくざの首のへんをスプレーしたら、血は止まった。
 きもちわるぅい、と思ってやくざの首は窓の外へ捨てた。
「やぁん、やぁん」
 よく見たら、体の方もきもちわるぅいとおもって捨てた。ピスタチオの残骸もすてた。ダーも、首がのびちゃってるし、もうしょうがないから捨てた。
 あとそうじしたらきれいになって、思い出して、クローゼットにしまってあったキティの部品もみんな捨てた。部屋にだれもいなくなったから、これってつじつまがあってるって思った。みんないなくなって、最初っからないのとおんなじになって、ぜんぶつじつまが合ってる。
 あ、あとあたしだ、って姿見みてきづいて、あたし、窓からジャンプした。
 キティの白いわたが、いっぱい、夕ひのしわざできらきら金色に光ってる。すっごくきれい。あたし、きらきらの金色のなかを飛んでる。なんかすごーい。
 あたしデブじゃん? だから重力って敵なの。あたし、いつもひざが痛いとき、
「ファッキン・グラヴィティ……」
ってマドンナみたいにつぶやいてた。(マドンナだったかな。アメリカの映画で、かっこいい女のひとってファッキングっていう。)
 なのにいま、あたしひざ痛くない。きらきら光るわたの中で、あたし自由だ。重力も、ラビリンスも、あたしを解放した。
 だって部屋にはもう誰もいない。最初っからなにもなかったのとおんなじ。ぜんぶちゃんと元どおり。つじつまがあってる。
 ああん。でもやっぱりちがうみたい。あたしいま地面に近づいてるじゃん? その地面にダーややくざやピスタチオのぐちゃぐちゃになったやつが散らばってて、その上にキラキラわたが降りつもってく。やっぱまだあるんだ。ぜんぶなくなって、つじつまが合うなんてこと、ないんだ。
 地面ではみんなを見つけた人が集まってきてる。重力とともだちのあたしに気づいて、さけんでる人もいる。
 いまあたし、ぐんぐん地面に近づいてる。なのにすっごくゆっくり近づいてる。地面に激突したら、あたしたぶん死ぬ。ぐちゃぐちゃになって、市が、生ゴミの日にみんなまとめて回収する。それで地面がきれいになって今度こそ本当につじつまがあうかっていうと、そういうことないとおもう。どこまでいっても、あたしたちのぐちゃぐちゃがきれいになっても、今あたしたちを見てる地面の人たちがいつかみんな死んでも、その世界は、元にもどって全部つじつまが合ってるっていうのとは、たぶんちがう。あたし、つじつまがあったらいいな、っておもって飛んだのに、けっきょくだめだってもう戻れないのに、気づいちゃった。
 でも今は、そっちのほうが、いいかなっておもってる。
 伸ばしてた手が、先っちょの指から地面について、ゆっくり吸いこまれるみたいに、ぐしゃぐしゃ潰れていくのをあたし、見てた。