OjohmbonX

創作のブログです。

息できないほど恋してる

 兄貴のバイト先の、先輩のゴリラに恋した。俺が。わかんないけど、恋でしょ。たぶん。
 兄貴なんて家でいばりくさってても口ばっかりだよ。どうせ。バイト先じゃまともに働けてないだろ、あいつ。って見てやろうと思って、自分でも意地悪くて嫌になりながら、そういう気持ちで兄貴のバイト先の牛丼屋に行ったら、先輩のゴリラが兄貴をぶん殴ってるところだった。ゴリラの脇から丸太みたいのがぐぅんとゆっくりまわって、兄貴の胸に衝突した。兄貴は吹っ飛んで、狭いカウンターの壁にぶつかって、いろいろがしゃがしゃ落ちたり割れたりする音で店がいっぱいになった。客はみんな黙ってる。
 俺は動けなかった。何でもないふうな顔をつくって、でも何にも考えられない。体が内側から潰れそうになる感じがして、心臓がばくばく言った。
 先輩のゴリラは、山が揺れるレベルで吼えて、腕を頭の上で振り回しながら低いジャンプを繰り返して怒ってるみたいだった。先輩のゴリラの足音がどすどすいうだけで、客はみんな黙ってる。俺も何もできない。動けない。心臓が潰れそうだった。
 兄貴は胸を押さえてうずくまってる。痛いのは痛いんだろうけど、痛くて立ち上がれないっていうより、恥ずかしくて立ち上がれないみたいだった。こいつならそう思うだろうなと思った。客の前でぶん殴られるなんて恥ずかしくて、どうしていいかわからなくて、とりあえず「痛がっている人」のふりしてる。いつも「俺はわかってる」みたいに本気で自分で信じてて、「これも俺わかってるんですよね」っていうフリしてる。「殴られるのも想定通りなんですけどね」みたいな。馬鹿だ。こいつのこういうところが、見てて本気でいらいらする。でもこうやって冷静そうな顔つくってそれ見てる今の俺もどうせ同じだから、余計にむかつく。
 そいつが殴られて、すかっとしたかっていうと、そうでもない。ただ、いったいどうなるんだろうっていう緊張みたいのが続いてただけだ。
 兄貴はその日でバイトをやめた。いっつもバイト先の先輩や後輩がぜんぜん使えないみたいなことをずーっと理屈っぽく家族に言ってたのに、何にも言わずにやめて、それからも何にも言わなかった。
 俺はずっと考えてる。
 兄貴が先輩のゴリラに殴られた理由なんかじゃない。そんなのどうでもいい。どうせあんな奴は人をむかつかせることしか言わないやつだから、殴られるくらい時間の問題だし。先輩のゴリラがどういう気持ちで殴ったかとかも、考えてもわかるわけないし、どうせこれかな?っていう理由を見つけても、それを正解って決めるのはウソだから、そういうことも考えない。考えてもいいけど、別に俺が勝手に大量に考えて、一つに決めないだけだ。
 そうじゃなくて、俺が何なんだっていうこと。あのときなったああいう気持ちは何なんだっていうこと。あんなどきどきして、どういうことだっていう。わからない。だから、恋かもしれない。
 恋とかよくわからない。中学で告白されて、付き合って、会ってないときでもそいつのこといろいろ考えたりして、ほかの男と話してるのみてイラついたりして、別れたときは何なんだよとか思ったりしたけど、あれが恋かっていうと違う気もする。だって俺スタートじゃないし。やっぱそういう風に考えるのがマナーだからその女のこと考えてただけっていうか。そういうことがわかってから、高校に入ったあと別に付き合ったりとかはなくて、普通にセックスとかしてるだけで、その女のこといつも考えてるかって言うとそういうわけじゃない。じゃあ何が恋なのかとかわけわからなくなる。
 でもこうして俺が一方的にずっと先輩のゴリラのこと考え続けてるっていうこれが、もしかしたら、恋ってことなんじゃねえの。そういう気もする。
 なんか行き止まりになって正直よくわからないから、別の方から考える。セックスすることを考える。これで興奮するっていうか、どうしてもしたいって気になれば好きな証拠かもしれないから。とりあえず参考ってことで、女としたときのことを思い出す。一つずつ丁寧に思い出す。家に連れてきて、近くに寄って、揉んで、服脱がせて、普通に入れるとこまで、途中で言い訳みたいに言い合ってる言葉とかも細かく思い出してく。5,6回繰り返して、あきらめた。どうしてもそれが、先輩のゴリラに結び付いていくってことがない。
 どうやって考えたらいいか全然わからん。
 それはたぶん、考える材料が足りないからだと思った。だって兄貴が殴られたときしか見てないし、だからだ。それで高校の帰りに、家の向こう側だから遠いけど、牛丼屋に通った。ヒントがあるかと思って。
 でも店員のゴリラは普通だった。ほとんど毎日通った。いつもいた。たいして混んでる時間に行ってないしぜったい俺のこと覚えてるはずだけど普通のままだった。
 恋とか関係ないけど、高校入ってからすごく仲良くなったやつのこと思い出す。最初ちょっとしたきっかけで話しはじめて(なんか授業のこととか?)、音楽とかマンガのこといろいろ話して、二人ともYUIが嫌いとか、同じクラスのやつの話とか中学んときの話とか、とにかく最初のうちは何でもいいからこいつと喋ってたい、もうずっと喋ってたい。昼は学校で、そのあとマックで。猛烈な勢いで距離ちぢめてくっていうか、ほとんどそいつを自分の内側で飼うみたいな感じかもしんない。だって、あいつにこれ話すかって思うと、もうそいつの返しが自分の頭ん中にあるからね。それで実際に出してみたら違う返しが返ってきて、どんどんどうでもいい話がおかしな方向へ進んでく。そのうちなんでか、いつも急にそいつのことが嫌になるから、そこは課題だけど、最初の部分は真似できればいい。
 それと同じ道たどればわかるかもしれない。そう思ってたけど牛丼屋だから、長居できないし、話しかける用事もないし。何にもダメだ。
 もう半年たってる。ただ俺は毎日普通に牛丼食べてるだけのやつだし。バイトのゴリラも普通だった。店長みたいなおっさんが話しかけて来るようになった。おれ金無いからいつも一番安い牛丼頼んでたら、ある日おっさんが俺が頼む前に「いつものでいい?」って聞いてきた。それが最初。それからだんだん学校のこと話すようになったりした。おっさんは優しいし、いつもにこにこしながら話きいてくれて俺はうれしい。だんだん、行かないとおっさんに悪い気がして通うようになってて、まあそれでいいかと思い始めてたけど、やべえ、これやっぱ違う。もう半年たってる。本当に知りたいことをやらないとだめだと思った。店長からバイトのゴリラのことさりげなく聞こうとしたけど、せまい店にいつもゴリラがいたから、聞けなかった。もう半年たってるのに、ほんと何にも始まってない。こんなことしてても、だめだ。
 バイトあがって店から出て少ししたところをねらって、偶然のふりして、ゴリラにぶつかった。
「あ、すいません。あれ、店員さんじゃないっすか。」
 せっかくせりふを用意してきたのに「あ、」のところまでで後を出せなかった。いきなり体を横向きに持ち上げられた。いきなり重力がなくなる。そのままゴリラの頭の上から、地面に叩きつけられた。背中から落ちて息ができない。目が白くなる。その白さの向こうで、ゴリラは吼えて、腕を頭の上で振り回しながら低いジャンプを繰り返して怒ってるみたいだった。なんで。
 結構人通りが多い。見られてる。ああもう。そのまま伸びてれば楽だなと思いながら、でもめちゃくちゃ苦しみながらなんとか立ち上がったらまた、すくうように高々と持ち上げられて背中から叩きつけられた。
 なんで!?
 本気で息ができない。空気がうまく吸えない。ゴリラは吼えて、腕を頭の上で振り回しながら、低いジャンプを繰り返して怒ってるみたいだった。
 わかんない。何考えてるのか、ぜんぜんわかんない。