OjohmbonX

創作のブログです。

早くこいこいクリスマス

 100万のサンタが空を覆い、まるで空が落ちてくるようにプレゼントが降ってきた。何千万の鈴の音が空気を隙間なく攻撃的に満たして、地面を揺らした。トナカイの強い獣のにおいが怒りのように地上に迫ってきた。
 去年はオンリーワンだった。その前の年も、その前も、ずっとオンリーワンだった。誰もがサンタは一人だと思い込んでいた。だから何の前触れもなく100万のサンタが現れて目から鱗だった。


 子供たちは呆然と空を見上げていた。サンタは上空3000メートル程度を飛行していたから、その姿を視認することは困難だった。なんだろうとただ不思議に思って見上げていた。家の中にいた子供たちも外へ出てきた。子供たちはたとえ目で見えなくても、サンタさんを感じる特別な能力が備わっているのである。そしてだんだん空が落ちてくるのを見た。子供たちはわくわくしたよ。みんなそれがプレゼントだって心で感じていたからね。
 そして終端速度に達したプレゼントの数々が地上に降り注ぎ、子供たちは頭蓋を割られていった。サンタの群れは南へと去っていった。そして明け方にかけて雪が降った。
 朝になって、無数の壊れたプレゼントと、頭を割られた子供たちの死骸、固まった血だまり、その上に降り積もった粉砂糖みたいなまっ白の雪が、地上をおおっていた。雲ひとつない、手をのばしてもつかまるところのないような青空だった。音がみんな雪に吸いこまれて静まり返っていた。


 なにが人々を恐怖させたかって、それが11月の下旬の出来事だったってことだ! まだクリスマスまで1ヶ月も残してサンタの惨事が起きた。翌日も、その翌日もサンタの群れは北から現れては空を覆って南へと去っていった。少しずつ増えているようだった。
 このままだとイブの夜はどうなってしまうのだろう。空が、朝の田園都市線みたいに乗車率200%になってしまうのだろうか。
 みんなうすうす感づいていた。日本がハロウィン終了後すみやかにクリスマスなんてやっているから、罰が当たったんだ。商業主義に従順だった大人たちのせいで子供たちが死んでいくんだ。


 もちろんお母さんは子供を家の中にひきとめたよ。だけど子供たちはうっとりした目で、ふわふわした足取りでお母さんを振りきって外へ出ていってしまう。
 もちろんお父さんは玄関に立ちふさがったよ。だけど子供たちはその小さな体をもっと小さく丸めて、ボーリングの球みたいに床をすべってお父さんの足元に迫ったかと思うと、素早く体を開いて足払いをかけた。あえなく崩れるお父さんの体を飛び越えて外へ出ていってしまう。
 外はトナカイの強い獣のにおいが怒りのように満たしている。大人は一瞬で吐き気を覚える空間だけど、子供たちには平気だった。だって子供はだいたい鼻くそつまってて匂いとか何にもわかんないから。
 そして子供たちは、うっとりした目をお空にむけて、両手でもかかえきれないおもちゃの山を夢見て、しあわせに満たされたまま、頭を割られて死んでいったよ。


 日本政府は怒り狂った。年金の財源になる予定の子供たちがどんどん死んでしまうのだから当然だ。ラブホ特別法をものすごい早さで国会に通した。ラブホの領収書があれば全額、確定申告で税額から控除される。交尾して子供を作れってことだ。
 結果的にふつうの宿泊施設の利用者が激減して全国のホテルが廃業に追い込まれた。そりゃタダで泊まれるならセックス目当てじゃなくてもラブホに泊まるでしょ。
 経済界もだまっていなかった。クリスマス関連のイベント、商品販売その他は12月第2週までは自粛するよう合意をとった。ただし今年は急に中断しては影響が大きいため、クリスマス当日のみの自粛とし、開始時期の厳格化は来年からとなった。
 さて、産官学のうち残る学界はどうだろうか。ひたすら無力だった。どうしてこんなことが起こったのか、どうすれば解決できるのか、そうした問いに手をこまぬいていたわけではない。試しに何体かサンタをトナカイもろとも地上に引き下ろした。根本的になぜサンタは飛ぶのか、そのメカニズムを解明するためだ。しかしサンタは地上に下ろすとすぐにしぼんでしまった。どうやら気圧の低さでふくらんでいたようだ。サンタとは、はかない生き物なのだ。
 トナカイは一度地上に足を下ろすと二度と飛ばなかった。飛ばないトナカイはただのトナカイであり、チキンナゲットの材料にした。


 Dr. 富岡源十郎の幼い一人息子もまたおもちゃに殺された。
 Dr. 富岡源十郎とミセス富岡の間で、親子3人、川の字で眠っていた。夜中にぱっちりとまぶたを開き、小さなかわいい唇からふいに「あ、サンタさん」とかすかな声が漏れた。布団をしずかに抜け出して、寝息をたてるミセス富岡の頭をちいさな足で慎重にまたいで、音をたてないように部屋のドアをしめる。夜中に一人でトイレにもいけなかった子が! この前買ってもらった妖怪ウォッチのパジャマの裾をぎゅっとズボンの中に押し込んで、小さなスニーカーに足をつっこんで、外に出た。
 表の道路には、顔は見たことがあるけれど話しかけたことのない近所の子供がちらほらいた。目が合うとおたがいに照れ笑いのような表情を浮かべて、それから空を見上げる。真っ黒な空がゆっくりとおりてくる。恐怖なのか期待なのか子供たちにはわからなかったけれど、どきどきしていた。鈴の音が津波のように押し寄せ、そしてプレゼントが落ちてきた。はじめはパラパラと、すぐにどしゃ降りになった。Dr. 富岡源十郎の息子は、さっき微笑みかけてくれた名前をしらない子供が肩を壊され、次の瞬間に顔を潰されるのをみた。その次にはもう彼自身が死んでいた。


 Dr. 富岡源十郎は妻とは異なる女性とKISSを楽しんでいた。忘れそうな想い出をそっと抱いているより、忘れてしまえば。今以上それ以上、愛されるのに。あなたはその、透き通った瞳のままで……
 知的レベルの低い女性だった。会話を楽しんだことはない。関係を続けているのは、性の相性がよかったからとしか言えない。Dr. 富岡源十郎は科学者として不満だった。「としか言えない」など知性の敗北でしかあり得まい。
 彼は、専門の分化と深化の進んだ現代では珍しく極めて学際的な人物だった。今は愛欲に興味を持っている。サンタの生け捕りに成功したという連絡が入った。愛人を助手席に乗せて大学に向かったが、守衛が「愛人の方は構内に入ることができません」というので愛人は車を降りて帰っていった。雨が降る中をとぼとぼ歩く後ろ姿を見て、また明日もココイチのおばさん店員として働くんだなとふいに思って、なにか胸が苦しくなった。


 サンタはしぼまぬよう減圧室の中に入れられていた。トナカイは地上におろさずわずかに浮かせてあった。
「これまで28体、減圧状態で地上に引き下ろしましたがいずれもしぼんで死んでしまいました。このサンタは地上の環境に比較的強い個体のようです。それでも、減圧室の中でしか生きられませんが」
 サンタは人間にひどくおびえ、震えていた。
「はじめまして、Dr. 富岡源十郎です」
「あ、こわいよ……せまいとこ、こわい……」
「煙突には平気で入れるくせにか?」
「あっ、いじわるなこと、いうのやめて」
 研究者12人の中で最も尊敬をかちえているDr. 富岡源十郎が自然とヒアリングを主導する形となった。どうしてクリスマス以外にもやってくるのか、なぜ今年だけ、日本にだけ大量にやって来るのか、様々な質問を投げかけるが、いずれもはかばかしい答えが得られない。唯一明確に回答したのは、おもちゃをどうして地上に投下するのかという質問に対してだった。
「おもちゃは、ブックオフの、おもちゃ売り場から盗んだやつだから、わるいのは、ブックオフとおもうけど?」
「ふざけるな!」
 子供を殺された研究者が激昂してガラスを叩いた。
「ああっ、おおきい音やめて! おおきい音こわいから!」
 Dr. 富岡源十郎は同僚をなだめ、サンタを落ち着かせるために他の研究者を退室させ二人きりになった。Dr. 富岡源十郎はさしあたり愛欲に興味があるため、サンタへの怒りは特になかった。


「水でも飲むか?」
「あっ、おゆ……おみずは、おなかが冷えるから、むりだから、おゆ……」
 サンタはマグカップをふうふうして少し冷ましてから湯を飲むと、とびきりの笑顔を見せた。Dr. 富岡源十郎は減圧室の開口部から腕を差し入れ、サンタの顔に手をのばした。豊かで雪のような白さの髭を、人差し指でめくりあげた。
「あ、やめて、はずかしいから……」
 髭のチラリズムで小さくふっくらした唇があらわれた。ひどくつややかで、健康的だった。Dr. 富岡源十郎は人差し指でサンタの唇をしばらく撫でていた。サンタは目を閉じ、リラックスしている様子だった。そしてDr. 富岡源十郎は指をサンタの唇のわれめに差しこみ、こじ入れていった。
「あっ、あっ……」
 サンタのまぶたがひくつく。Dr. 富岡源十郎は指を激しく出し入れした。サンタは口をすぼませて指に吸い付いている。もっと勝手に入れこんだり。もっと指を楽しんだり。忘れそうな想い出をそっと、抱いているより忘れてしまえば。
 今以上それ以上、愛されるのに。あなたはその、透き通った瞳のままで。あの消えそうに燃えそうなワインレッドの、心を持つあなたの願いが叶うのに……
 10分ほど両者無言で指を楽しんでいたが、突然サンタが身震いして叫んだ。
「だめっ、だめっ、あうーんっ! メリークリスマースッ!!」
 えーっ、と苦しそうに吐いた。闇夜の雪みたいに光る、小さなつぶをさらさらと口から吐いた。Dr. 富岡源十郎は右手でいくらかこぼしながらもそれを受け止めた。
 涙目にサンタはDr. 富岡源十郎を見つめて言った。
「それ、おほしさま、おそりに乗せて、南に返してあげて……」
 Dr. 富岡源十郎は「おほしさま」をそりにばらまいて、トナカイを放した。トナカイはサンタのいないそりをひいて窓から飛び去った。サンタは窓の方に向かってしきりに両手をこすりあわせて呟いている。
南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏
 そりを見送ったDr. 富岡源十郎はさっと振り向き、素早く減圧室のバルブを開けた。たちまち空気が流入していく。
「ああっくるしい! くるしいよ!」
 みるみるうちにサンタがしぼんでいった。


 おばあさんがテレビを消して、よいしょとこたつから立ち上がった。よちよち歩いて玄関へ向かうと、すでにスタンバイが完了したおじいさんが玄関マットの上で亀のように腹這いでうずくまっていた。おばあさんは下駄箱の側面にほうきと一緒に立て掛けられていたショットガンをつかんで、おじいさんにまたがった。おじいさんが「フォン」と軽い音を立てて20センチほど浮き上がるのと同時に、玄関の引き戸ががらりと開いた。すうとおばあさんを乗せておじいさんは発進し、すみやかに高度を上昇、トップスピードに達した。
 全国のおばあさんがおじいさんにまたがって北へと飛んでいったのは、クリスマスイブの14時頃だった。そして20時頃、オホーツク海の上空3000メートルで日本のおばあさんたちと、北からやってきたサンタたちが接触した。サンタは垂直方向に30メートルほどの厚みを伴って、まるで壁のように日本へ向かっていた。おばあさんはひるむことなくサンタの壁へ突っ込み、ショットガンで殺戮していった。
「よしこちゃん、撃ち漏らしたやつが行ったわ。頼むわね」
「まかせて」
 サンタは人間にひどくおびえ、震えていた。なすすべもなく日本のおばあさんに殺されていった。
「あっ、あっ」「いたいよー」「あっ、おなかあつい、おなかきゅうにあつい」
 中にはロケットランチャーを用いるおばあさんもいた。あるいは補給専用のおばあさんもいた。独身のおばあさんはおじいさんに乗らず、そりからそりへと飛び移り、背後からサンタの喉元をサバイバルナイフで裂いていった。
 九州、沖縄地方のおばあさんの一部は南へ追撃した。前日までのサンタを殺戮するためだった。


 サンタは絶滅した。予告通り一切の関連イベントは取り止められた。この年、クリスマスは中止となった。


 翌年、あんしんして例年通りハロウィン直後からクリスマス色を出し始めたところ、11月末にまたサンタの大群が北からやってきた。しかしプレゼントを投下することなく、急にぴったり上空で止まった。その中から一台だけそりが降りてきた。Dr. 富岡源十郎の目の前に降り立った。
「ホーホッホ。メリークリスマース。と、いうのはまだ早いかの」
「随分饒舌だな」
「わしらは学があるのでな」
 サンタは鋭い目付きでDr. 富岡源十郎のとなりの愛人に素早く視線を送った。愛人は所在なさげに目を伏せ、右手で左肘をつかんで立っていた。手は日々の仕事で荒れていた。化粧は薄く地味な印象だった。
「何の用だ」
「ふうむ。わしはあんたにお礼を伝えにきた。サンタが絶滅せずに済んだのは、あんたが『おほしさま』を助けたから、南の島で無事わしらが『おほしさま』から孵化できたからというわけなのじゃ」
「ああ……サンタは無性生殖、口唇への刺激で産卵、卵は直径2ミリメートル程度で無色透明、わずかな発光を伴う……地上の気圧でお前は何故しぼまない」
「ホーホッホ。どうやら勘違いしておるようじゃが、サンタがしぼむ、しぼまないは気持ちの問題で気圧は関係ない」
「そうか」
「クリスマスのプレゼントは本来子供のものじゃが、特別にあんたにはプレゼントをやろう」
 サンタは漆黒の小さな球を取り出した。厳密にはサンタの指の間にプレゼントは浮いていた。そこだけ空間に穴のあいたような黒さだった。
「これは100万個のおもちゃを1立方センチメートルに圧縮したものでな、ホーホッホ。わしらみんなの気持ちじゃよ、メリークリスマース」
 サンタはおもちゃを残して飛んでいった。上空のサンタたちも南へ去っていった。おもちゃの気配を察知した子供たちがどこからか現れておもちゃに寄ってきた。子供たちは次々と黒い空間に吸い込まれていった。愛人は吸い込まれる子供たちを見て涙を流した。「つらいわ、なにもかもが」と言った。Dr. 富岡源十郎は急に愛しさを覚えて、愛人を抱き締めた。