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OjohmbonX

創作のブログです。

おだやかな生き地獄

 もしぼくが今死んだら、と布団の中で考え始めてもし、ぼくが死んだらお父さんやお母さんが、天国で待ってて三人で暮らしていけると思った。それならいいかもしれない。死ぬのはこわい。でも学校生活もうれしくないことが多い。いやなことを言われたりする。本当の親友がいない。橋岡君と遊ぶのが一番楽しいけど、橋岡君は長野君といちばん仲がいい。ぼくが橋岡君と遊んでたのに長野君がきて、橋岡君が長野君とずっとしゃべったりし始めるのは、おかしいんじゃないか。だってもともとぼくの方が先に橋岡君と遊んでたんだから。それで橋岡君の腕を引っ張ってぼくが話かけると、橋岡君も長野君も怒ってくる。じゃあもういいしって二人をそのままにして走った。去年までは木之本君とかともけっこう遊んだりしてたけど、さいきんはあまりしゃべったりしない。木之本君はいまは戸坂君と仲がいい。お父さんと二人だけだとすこし、むずかしいかもしれないけどお母さんとお父さんと家族三人で、そういういやなことがなくて暮らせるならそれはけっこういいと思った。
 でもお母さんにもお母さんとお父さんがいる。お父さんにもお母さんとお父さんがいる。だから天国ではみんな自分の両親とくらすのかもしれない。それだとぼくは一人でくらすことになる。ご飯とかはいらないと思うけど、親がいないのにどうやって生きていくんだろう。生きていくというか、もう死んでるんだけど、天国で暮らすというのは一人でそういうことを永久にやるっていうことなんだとしたらそれって、一体何なんだろう。それで布団の中で一人で泣いていた。


 死んだら天国にいく。車にひかれたりとか、高いところから落ちたりとか、病気になったりして死ぬ。そこまではわかるけど天国がわからない。


 この前お母さんが学校でいやなこととかないかと聞いた。いじめの話をテレビでしてたから聞いた。別にない。そういうことを言われると腹が立つ。いいクラスだと思う。団結力があるから。3年1組のスローガンは「団結力」だ。クラスがえから半年たって団結力がかなり出てきた。ひょっとすると天国じゃなくて地獄にいくのかもしれない。人殺しとかはしてない。クラスでもあまり悪いタイプではない。でもぜったいに天国に行けるという保証はない。自殺することがかなり悪いことだと言われているから、もうそれだけですごくいい人でも地獄にいくかもしれない。せっかくいいことをしたポイントをためていてもそれでゼロになってしまう。
 大人に怒られる。怒られると泣いてしまう。自分が悪いと思う。でもたまに、わかってるのに言われたりする。大人になれば怒られなくなる。早く大人になりたいと思う。子供が地獄にいくと、かわらで石を積み上げる。でも途中で鬼がきて、つんだ石をけってこわす。鬼はそれしかしない。鬼のことはあまりこわくないと思う。しかし永久に続くのがこわい。地獄にも一日があるのだろうか。決まった時間に寝て、起きるのだろうか。もし一日がなくて、ずっと石をつんでこわされるっていうのが続くなら、それはもう時間がないのと同じだからまだいい。でも一日がきちんとあって、それがぐるぐる続いてくなら、それは永久になってしまうからいやだ。


 大人になれば怒られない。子供の悩みや苦しみから解放される。しかしそれは、「大人になること」のみによって十分条件が満たされるわけではない。自身を客観視する能力、物事を相対的に把握する能力、社会的・経済的な権能、等々の拡大に伴って、あの、どうするべきか、あるいは、どうしてそうしてしまったのか、わからずに手探りでもやを掻き分けて進む苦痛から免れてゆく。さもなければ大人になっても、日々異なる石を積んでは鬼に蹴り壊され、涙を浮かべるような繰り返しを生きることになる。
 世間の通念が期待させる能力を、もし上手く見せられなければ大人でも、あえなく怒られる。
 君はどんな大人になるのだろうか。一生を子供の悩みと苦しみにあえいで生きるのだろうか。あるいはそこから徐々に抜け出せるのだろうか。僕は君だが、確率的にそうなっただけの僕なのだから、君がどうなるのかは知らない。
 君の眼に映る光景は大人たちよりずっと狭い。橋岡君と長野君の仲がいいのは親同士の仲がいいからだが、君はそんなことを思い付きもしない。家族ぐるみで出掛けたりするし、お互いの家庭の中でそれぞれの話題が出れば、どうしたって子供同士の距離も近くなる。君の両親はPTAの役員決めでも無理だとにべもなく撥ね付けて、保護者間の交流も絶って、むしろ親たちの間で嫌われているくらいだ。それだから君が誰かと仲良くなってもその親はあまりいい顔をしない。君の両親は授業参観や運動会は見に来るし子煩悩にも違いないから君からはそうした景色まで見えない。
 君は自分自身を頭も心根もいい人間だとあいまいに信じている。そして自分がそう思っているということ自体も、親が誉めそやすからそう思い込んでいるのだということも、見えてはいない。
 君は3年1組が団結力のあるいいクラスだと考えている。団結力とは何で、確かに3年1組にその条件が備わっていると判断しているわけではなく、先生がそう言うからそうなのだと信じているということも、見えてはいない。
 そうしたいくつもの分厚い緞帳に阻まれて君には世界がよく見えない。
 限られた視界の中で必死に思考している。大人によってたびたび、その思考の射程距離の短さを責められて、君は涙を目にためる。泣くのは反省や後悔を意味するわけじゃない。ひたすら悔しさからくる涙なのだが、大人は正しく理解できずに幼さ可愛さで片付ける。


 もみじまつりでお化けやしきをやることになった。3年生は6年生のクラスといっしょに作る。ダンボールや黒いビニールぶくろで教室の中にかべや飾りを作った。暗くするとめいろみたいになる。ぼくはお化けの服や持ち物を作るかかりになった。6年生の矢野君といっしょに作った。矢野君は絵が上手で、図書館でかりたお化けの図かんを見て、そっくりにかいた。お面を作った。
「暗くするからどうせ見えないけど、この方がモチベーションが上がるから」
 モチベーションはやる気のことだって矢野君は言った。矢野君はサッカーをしててコーチがよく使う言葉らしい。ぼくがワゴムをお面にとりつけた。矢野君がお面をかぶった。三つ目入道という妖怪だという。
 リハーサルが始まった。ぼくと矢野君はお客さんのばんだった。お客さん役なのに矢野君はお化けのお面をつけたままだったので、面白かった。笑ってたら矢野君がふり返ってぼくを見た。なにも言わないでぼくを見ていた。ぼくは笑うのをやめた。入ると中はまっ暗だった。こんなに暗いと、お化け役の人ができないと思った。ダンボールのかべはざらざらして、強くおしたらこわれそうだった。教室の中の道が作ってた時と変わってた。道はすごくせまかった。顔に冷たいものがあたって声が出た。こんにゃくだと思った。まっ暗だったけど目がなれて、すこし見えてきた。暗いから色がわからなかった。みんなお面をつけてかべのまどから顔だけ出していた。手をのばしてぼくを横や後ろからおしてきた。大きい声でおどかしたりしなかった。みんなだまってた。みんながだれなのか分からなかった。6年生の人は矢野君い外知らなかった。3年生の人はクラスメイトなのに、分からなかった。お面をつけた人たちがだまってぼくを見て、手でおしてきた。矢野君はどんどん前に行ってしまい見えなくなった。
 ビニールののれんをくぐると広いところに出た。円になっていた。次に進む先がわからなくなった。もどろうとしたら、だれかにつきとばされた。まどからみんなが見てた。3年生の人か6年生の人かわからなかったので、
「道がわからなくなりました」
とていねい語で言った。だれも何も答えなかった。急にこわくなってきた。怒って泣いた。何どもかべに近づこうとしたが強くおし返された。
「なんで」
とくり返し言った。怒って泣いてた。急にうでを引っぱられた。
「こっち」
と言われて見たら矢野君だった。
「引っ張らないでよ」
と言った。どうしてそう言ったのか自分でもよく分からなかった。でも矢野君はむししてぐいぐい引っぱっていった。外に出た。急に明るくなった。矢野君はお面をしてなかった。
「こわかったな」
と矢野君は言った。
「うん」
とぼくは言った。