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OjohmbonX

創作のブログです。

おまる上京譚

 上京して4年も経つのに全然芸能人を見かけない。東京には芸能人がたくさんいるって言うから上京したのに、騙された。
 俺、就職面接で社長にちゃんときいたんだ。
「東京ってビヨンセとかダンカンとかがたくさん歩いてるって聞いたんですけどその辺、大丈夫っすか」
「オッケーオッケー、わしビヨンセじゃもん」
 浮かれて上京してよく見たらただのジジイじゃねえか。ただのネジ工場の社長じゃねえか。町田にビヨンセがいるなんておかしいと思ったんだ。ビヨンセはやっぱ、有楽町にいるって感じする。
 マンションにも騙された。
 不動産屋の若い男が、
「ここ、住民全員ダンカンですから大丈夫ですよ」
って言うから借りたのに一人もいない。だから不動産屋に文句を言ったら、
「テレビ映りと生には差があるんですよ」
だって。一人ずつじっくり見たけどやっぱ違う。もう我慢の限界にきたからこの前、ちょうど出勤しようとするサラリーマンのダンカンに、
「おめぇ! ダンカンじゃねえじゃねえかっ!!」
って怒ってやった。少しは反省しろ! 少しはダンカンっぽくする努力をしろ!
 しかし偽ダンカンは逃げてった。相手にダンカンを要求する以上、俺の方ももうちょっと、たけしっぽくするべきだったかもしれないと、少し後悔した。


 工場が休みの日に俺は赤坂に繰り出した。4年目にして初めての都心だ。やっぱり都心じゃないと芸能人はいない。さっそく見つけた。鈴木福くんだ。芸能人の図鑑で見たことがある。近ごろマルモリダンスで人気絶頂の、マナちゃんのヒモだ。まだ7歳だっていうのに、ちょっとふっくらしていて、たれ目っぽくて、どことなくエロい感じがする。あれは絶対、枕営業とかしてるんだろうな。悲し過ぎるぜ、芸能界ってさ。
 俺はダッシュで追いかけた。福くんは逃げた。恐怖に泣きながら逃げていく。俺はそれを見て、どんどん興奮していく。ハハハ、もっと泣け! 大人から逃げられると思うなよ! 十分楽しんでから捕まえた。近くで見ると意外と大きい。と思ってもっとよく見たら美輪明宏だった。また騙された! たはー。
 落ち込んでいる俺に明宏は優しく教えてくれた。
「小僧、テレビ局へ行きなさい」
 ちょうど目の前がTBSだった。俺は本物の福くんを探した。いつの間にかモニターがたくさん壁に埋め込まれたフロアに紛れ込んでいた。人々が忙しなく歩き回り、紙が飛び交う。俺、知ってる。これは報道フロアだ。報道っていうのは旬な情報が集約されているところだ。好都合だ。俺は一番えらそうな奴のところに行った。セーターを肩にひっかけて、室内なのにサングラスをしている。こいつが絶対一番えらい。
「福くんはどこだ」
「ばーか。ありゃCGだよ」
 言っている意味が分からなかった。
「クーフー、キースズ。あれ、ポリゴンだから。つーかゴンポリだから。これだからトーシローは困るんだよね」
「そんな。あの喋る犬の方はCGだと知ってたけど」
「ックハーッ! これだからトーシローは。ありゃ実写。実際に喋る犬を用意してんの。これ、ビーテレのシキジョー」
 男が言う経緯はこうだ。そもそもマナちゃんは、現在飛ぶ鳥を落とす勢いの双子女優マナカナ(男は「カナマナ」と言ったが)のマナのポジションを奪取するために生まれ、名付けられたわけだが、残念ながら双子ではなかった。その穴埋めのために福くんがレンダリングされたというわけだ。
 男が指をキザに鳴らすと、無数のモニターに福くんが現れた。そしてマルモリダンスを踊っている。確かにカクカクしている。歌っているその声も、人工音声のものだった。俺の周りを無数の福くんが取り囲んで踊っている。男は笑っている。紙が飛び交う。ダバデュア、ダバジャバ、デュアー。俺は思わず頭をかかえてうずくまった。やめてくれ、やめてくれ、芸能界はもうたくさんだ!


 どうやって出てきたのか記憶も曖昧なまま、俺は外を歩いていた。外も福くんだらけだった。小さな福くん、大きな福くん、女の福くん、おじさんの福くん、おばあさんの福くん、おやおや、自動車も福くんだねえ、ビルも福くんお空も福くん。ああ、なんだかとっても気持ちがいいなあ。幸せだなあ。
 そんな福くんたちをかき分けて、一人の福くんが近づいてきた。なんだかとっても黄色い福くんだなあ。しあわせだなあ。
「キエェェエエイ!」
 凄まじい気合声が、膜を破裂させるように俺の目を覚ました。そこは普通の人達が歩く東京の街だった。そして目の前にはとても黄色い美輪明宏がいた。
「小僧、憑かれたな」
 明宏は俺に教えてくれた。福のような子供の姿をした木偶には水子の霊が宿り易い。あのマルモリの歌は、溜め込んだその霊を定期的に降ろす儀式だという。
 「マル・マル」で両手を擦り合わせる動きをする。あれは、霊を食べやすい大きさにすり潰している動きなのだ。その後「みんな食べるよ」で霊を一旦体内に取り込む。「ツルツルテカテカ」は顔を亡くした霊のことだ。今食べたばかりなのに、飽き足らずさらに霊を呼び寄せている。見ただろう、福の顔を、あのもの欲しげな目を、柔らかく膨らんだ体を、まさしく霊を欲望している。そして「明日も晴れるかな」と、こうだ。本来、霊を体内に取り込むなど非日常でなければならぬ。つまり、特別なハレでなければならぬ。それを貪欲にも日常に転化しようとしている。つまりハレをケにしようとする。
「しかしそれでは霊を吸収するばかりで、いつ降ろすんだ」
「小僧、まだ分からないの。それが、ダバデュア、ダバジャバ、デュアー。」
 確かに、かなり<出してる>って感じがする呪文だ。その排泄物たる霊が俺に降りかかり憑り付き、幻影を見させた。要するに俺は、福くんの<おまる>って訳だ。
「でもどうして、俺を助けたんだ」
「勘違いするな小僧、ただ哀れな霊を成仏させただけよ」
 明宏は顔を真っ赤にして否定した。遅れてきたツンデレか。


「それにしても、結局芸能人には一人も会えなかったなあ」
「え、私は……?」
「黙れババア!(ジジイ? ん?)違う。あんたは俺にとってただの芸能人じゃない。一人の、美輪明宏さ」
「小僧……ッ」
 俺は明宏の手を取った。とってもあったかい。知ってるか? 美輪明宏ってあったかいんだぜ……
 そのとき、俺と明宏は奇跡を見た。俺たちの目の前を、腕を組んだビヨンセとダンカンが横切っていったんだ。あいつら、付き合ってやがった! 本物の芸能人はこれだからすごい。やっぱ東京も捨てたもんじゃないぜ。