OjohmbonX

創作のブログです。

パートタイマー弘美

「彩子が大学行かずに就職するって言ってるの,知ってる? お父さんがリストラされたから」
「違う! 自主退社だよ」
「言い方の違いでしょ.退職金があるから,ってクビ切られる前に辞めて……『雀の涙』の退職金も,もう底を突くし,失業保険だって,もう……」
「だから,毎日ハローワークで仕事探してるじゃないか」
ハローワークに行くだけでお金になると思ってるの?」
「でも,仕事がないんだから……」
「営業の仕事なんて,リストラされたお父さんみたいなおじさんにあるわけないじゃない.コンビニの深夜とかガソリンスタンドとか,50歳以上の男でもいい仕事を,広告とかで私が探しても,うん,とか,ああ,とか言うだけで,どうしてやろうとしないのよ.毎日何時間もハローワークにいる間に働けば,その分お金になるのに.そんなに働きたくないんなら,お父さん,死んでよ」
「……」
「自殺でもそれなりに保険おりるし,お父さんが『いなければ』私のパートだけでも何とかやっていけるのよ.昨日計算してみたの.これが計算した紙,ほら」
「……」
「海とか山とかは駄目よ,死体が出なかったら,ただの失踪になっちゃうんだから.家で死ぬのもやめてよ,彩子と私はまだ住まなきゃいけないのに,夢見が悪いし……電車に飛び込むのも駄目.保険金なんて全部鉄道会社に取られるらしいから……車ならいいけど……車に飛び込むのが一番いいわね.自殺だってばれないように,上手くやれば,保険金ももっとおりるし,轢いた人からもお金が貰えるしね.今なら夜で暗いし,そこの国道なら交通量も多いし,でも,即死してよ.変に入院したら,余計にお金かかるんだから」
「……」
「何してるの.私の渡した紙なんかじっと見てても,お金にならないじゃない.早く死んできてよ」
「いや,無理だよ……」
「じゃあ何だったらできるの? 仕事は無理,自殺も無理って.じゃあ私が代わりに死のうか?」
「いや,」
「お父さん,本当は,私が死ねばいいと思ってるんでしょ.私が死ねば,自分は死ななくても,働かなくても済むし.別に私,死んでもいいよ.お父さんより上手く死ぬ自信だってあるし.私の保険金で,ちゃんと彩子を大学に行かせてよ」
「ちょっと,もう,やめろよ」
「何をやめるの? 現に生活していかなきゃいけないし,彩子を大学に行かせるんだから,やめられないじゃない,お父さんが死ぬか,私が死ぬかしなきゃ.でも,お父さんが死にたくないって言うんだから,私が死ぬって言ってるだけのことじゃない.はっきり言ってねえ,お父さんが死ぬのがベストなのよ.だって今私はパートの収入があるし,かけてる保険だってお父さんのほうが高額なんだから.でも,お父さんが死にたくないって言うんだから,私が,」
「わかったよ! 俺が,死ねばいいんだろ!」
「だから,最初からそう言ってるじゃない.……」



「私,パート換えることにしたから.お父さん,結局死ななかったし」
「あれからちゃんと仕事してるじゃないか」
「まあね.でも,コンビニの深夜5時間で時給1千円なら,保険金のほうがトータルで高そうだけど」
「……」
「だから,私,もっとお給料のいいパートにしたの.時給2千5百円だって」
「え,何の」
「ヤクザ.最近は経費削減の為にパートを使うらしいわ.若い女の子はやりたがらないし,おばさんが意外と多いみたい.それに,男の人よりおばさんの方が度胸据わってたりするって……そうそう,この前の,お父さんが死ぬとか何とか言ってたのを録ったテープを面接の人,組長さんに聴いてもらったら,人を疲れさせるのが上手い,素質がある,って褒められちゃった」
「あの会話を録音してたのか? どうして,」
「たまたまよ.それから,そのとき隣にいた若い組員の子も,こんな風に言われたら俺マジ死ぬかも,だって.ここまで言われて死なないなんてすごいッスね,って」
「……」
「組の人たちは意外と気さくだし,結構上手くやっていけそう.明日は取立てだって.ええと『ピースフル消費者センター』だったかな,組のやってる街金の取立て.とにかく,私,頑張らなきゃ」
「……」
 私は,言葉にして叫んだあのときとは比較にならないほど,これまでの私の生のどのときとも比較にならないほど,私の死を強烈に願望していた(している).明日,とは限らないが早晩,妻が,弘美が,私の借金を督促する…….それは即ち,弘美による私への死の督促であるはずだ.恐らくこれまで以上の,これまでとは比較不能の,弘美による死の督促を,私の精神は耐え得まい.どの道死ぬのなら,督促の責め苦にあう前に死んだ方が「得」ではないか……,と考えながらも,未だに私は私の(人性の自然の)「弱さ」のために自殺できずに,妻・パートタイマーヤクザ弘美による「責め苦」を待ち受けている.