OjohmbonX

創作のブログです。

HAPPY BIRTHDAY TO HIS MAJESTY

 とても張りのある太もも。短いタイトスカートから伸びる二本。太ももの張りと張りを合わせて……はりあわせ。はりあわせが徐々に開いてゆく。そしてその奥の黒い密林、三角洲が望まれる。おろそかな膝を持つこの中年女は電車で眠りこけている。
 向かいに座る老爺はそれを凝視していた。彼の股間の眠れる獅子は久方ぶりに頭をもたげた。性的な興奮を覚えた訳ではない。ただひたすらユニクロの罪深さによる。ユニクロヒートテックは汗を吸って発熱する素材だ。ヒートテックのタイツは老爺の尿漏れを吸って耐え難い熱さを発揮した。獅子は熱にうかされたまでだった。
 それはまるで独立した無関係の二つの事象だったが、目撃者は統合して一つの物語で理解した。近くに立っていた若い女は何かが始まる予感を抱いた。この老いらくの恋を応援したいと思った。女がさっと車内をひとわたり目配せすると誰もが訳知り顔でうなずいた。
 中年女の左隣りの会社員が眠る女の脚をいっそうおっぴろげ、右隣りがなまめかしい中年の白の太ももに油性ペンで「おいでやす」と書き込んだ。老爺の左隣りが老爺のベルトを解き、ボタンを外し、チャックを下ろした。右隣りは手早く獅子を外界へ解き放った。車内の母親たちは幼い子供たちの目を柔らかいあたたかな手で覆った。子供たちは抗いもせず禁止を受け入れた。
 これら作業がすみやかに完遂され、みなが老爺へ期待に満ちた視線を送った。さあ、お膳立ては済みました、あとはあなただけですよ! 老爺は亡き妻に対してさえ貞操義務を全うすることを旨としていた上、この向かいの中年女にはだらしなさに起因する嫌悪感のほかにはいかなる好感も抱いてはいなかった。しかしある方向へと流れ始めた空気を乱すことは日本国において最も許されざる振舞いのひとつとされている。老爺は静かに絶望を受け入れ、席を立ち中年女へ向かっていった。こうして東海道線東京0905発小田原行2号車の乗客はことごとくこの祝祭に浮き立った。ただ一人を例外として。
 偶然乗り合わせたスーパーヘビィ級黒人プロボクサーは"Noooooo!"と叫びながら車両の端から詰め寄った。初来日したこの米国人にとって受け入れがたい悪夢の光景であった。彼は老爺と中年女の間に割って入り、力強く女のももをパァン!と閉じた。中年女は目を覚まし、ヒートテックを免れた老爺の獅子は再び眠りについた。プロボクサーは滂沱として涙を流して絶叫した。
"Today is the Emperor's birthday, isn't it!"
 老爺はかすかに落胆した顔をしていた。そして明仁は76歳を迎えた。