OjohmbonX

創作のブログです。

大スキ!

 文具屋の店先で、いろんな苗字が彫ってあるたくさんのはんこが納められた回転式のケースの前にしゃがんで、熱心に探してる若い女の人がいた。とてもかわいらしい女の人で、私は見覚えはあったけれど名前が出てこないのだった。
 その人に向かってさっそうと、背筋をしゃんと伸ばして早足で別の女の人が遠くから近づいてきた。化粧っけのないさわやかな女の人だ。40代前半くらいかな。でもすごくいきいきとしていてかっこいい女の人だった。
 その人はしゃがんだ若い女の人の真横に立ち止まって見下ろした。何だろう、と若い女の人が顔を上げようとした瞬間、思い切り髪をつかんで、顔を引き寄せながら
「あんた馬鹿じゃないの?」
と言い放った。顔の角度が変わって、私は思い出した。この若い女の人、広末涼子だ。痛みと恐怖で顔をゆがませている。女の人は髪をつかんだまま、広末の頭を思い切りガラスケースにたたきつけた。何度も、何度もたたきつけながら言った。
「あんた何涼子? 『キャンドル涼子』か? 『キャンドル広末涼子』? それとも『広末キャンドル涼子』? あるわけないだろバーカそんな苗字」
 あ、そうだ。さいきん広末はキャンドル・ジュン氏というアーチスト(?)と結婚したんだ。そっか。たしかに「キャンドル」のはんこは置いてないだろうなあ。なるほどなるほど。
「先輩のあたしが言うんだ。間違いないね。ハハーハハハッ」
 あれ? と思ってよく見たらこの人、クルム伊達公子だ。そっかあ。「クルム伊達」もそうだなあ。説得力があるなあ。しかも広末は血まみれになっていて、やっぱりテニスのパワーはすごい。
 クルム伊達が手をはなすと、キャンドル涼子は白目をむいて頭をふらつかせながら
「とってもとってもとってもとっても」
と歌い始めた。あ、あの大ヒット曲だ。こんなところで生で聞けるなんてうれしいな。
「とってもとっても」
 クルム伊達がいきなりキャンドルの口をガッとつかんで黙らせた。
「だぁいスキよ! ガハハハハ。ダーリン、I like you, darling, イイ、イイー。アハハハハハハハハ」
 代わりに歌って、クルム伊達はさっそうと店を去っていった。
 私はふたりのことがもっと好きになった。