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OjohmbonX

創作のブログです。

カリスマ美容師への道

「平林さんお願いします」
 バックで昼休憩をとっていたら呼び出しが流れた。おかしいな。ぼくはサンドイッチをテーブルにおいて、とにかく店に戻る。急に混んできたのかな。それとも……いや、それはないよな。ぼくに指名がきたなんて、でも……
 店はまったく混んでなかった。あの大人気の斉藤さんも、宮内さんもお客さんを担当せずに立ってる。でもぼくが呼ばれた。これって……指名だ! 一気にうれしさがこみ上げてきた。突き抜けるみたいにあたまのてっぺんまで一気にうれしさがあふれてきて、なんかちょっと、うまく歩けなくなってロボットみたいになってる。ぼくみたいに、ぼくみたいに、まともにお客さんとお話もできないようなやつに、練習はしてるけどまだうまくもなんともないやつに、指名がきたんだ! 気に入ってくれたお客さんがいた! うわあ!


 うわあ……。レジの近くで待ってたのは、どう見てもやくざ屋さんだった。ぼくこの人担当したことないよ……。思わず斉藤さんと宮内さんを見たら、目を逸らされた。ああ。そうね。かかわりたくないからぼくを呼んだのね。指名じゃないのね。
「早くしろ」
 こわいよー。なんかもう怒ってる。とにかくシャンプーの席に通す。うまく歩けなくてロボットみたいになってる。今度は、恐怖で……
 シャンプーするから、やくざ屋さんの顔に白いタオルをかけようとしたらめっちゃ見てる。睨んでる。なんで。やめてよー。とどきどきしてたら、はっ、と気づいた。これ、もしかして、白い布を顔にかけるのって、「お前を亡き者にするぞ」っていう意味だと思われてるのかもしれない。
「ち、ちがうんです、これは、ちがうんですよ」
「はあ?」
「これはタオルです」
「何言ってるんだ」
 もう無理だと思った。ぼくはタオルをあきらめた。と、とにかく、シャンプーだ。シャワーを持つ手が震える。あああ、こんなんじゃシャンプーできない。狙いが定まらない。
「おい、早くしろ」
 もう覚悟を決めるしかない。とにかくシャワーをかける。しかしかけたのは、思いっきりやくざ屋さんの顔にだった。間違えたー!
「うわー!! か、かゆいところはございませんかーっ!?」


 ほとんど記憶が飛んでて、気づいたときにはシャワーは止まってやくざ屋さんは顔を拭いていた。やくざ屋さんは押し黙ったまま小刻みに震えていた。それから低く静かな声で
「次は殺すぞ」と言った。
 ぼくは、やくざ屋さんをカットの席に案内しながら、そっか、やくざ屋さんだもんきっと、もう人を殺したことがあるんだ、とぼんやり考えて、もう通り過ぎちゃったのか恐怖という感じではなくただ放心していた。そして席についたのを確認して、椅子の高さを上げて、やくざ屋さん(たぶん人殺し)は、鏡ごしにぼくの目を見て、言った。
「まあ、いいや。適当にぱぱっとやってくれ」
「ええっ!? や、殺るのはぼくの仕事じゃなくて、あなたの仕事ですよ!?」
「はあ? 何言ってるんだ。お前がやらなきゃ誰がやるんだ」
「え、で、でも、ぼくが、その、誰をやるんですか」
「俺に決まってるだろうが馬鹿野郎。お前がやってくれなきゃ俺は何のためにここに来たのか意味が分からんだろうが」
 ぼくのほうこそ意味がわかんないよ! なんでぼくがこの人を殺さなきゃいけないの? ここはそういうお店じゃないよ。ただの美容室で、ぼくただの美容師! 意味がわかんないよ意味がわかんない。ってかじゃあ、さっきのタオルは正解だったの??
 とにかくいつもどおりクロスをやくざ屋さんにつけた。血で汚れるといけないからね。いや違う。ぜんぜん違うよ。髪が服につかないようにだよ。何かんがえてるんだぼく。やくざ屋さんはクロスの袖に腕を通した。袖口から手が覗く。あ、この人、小指がない……
「そうだな、まあ、全体的に短くしてくれればいいから」
 全体的に!? 短くっ!!?? 小指以外の指も全部みじかくしろってことなの!?
「す、す、す、すみません、ぼく、むりです」
「お前、ふざけたこと吐かすとぶっ飛ばすぞ」
「でででででも、道具がないんです」
「はあ? お前、何のために腰に提げてんだそれ。おかしな奴だな」
 これでー!? これで指つめるのー!? むりむりむりむり。これ髪切るやつだもん、指つめるやつじゃないよ!?
「いいからさっさとやれ。しくじったらただじゃおかねえからな」
 殺られる……! ぼくがこの人を殺らなきゃ、ぼくはこの人に殺られる。殺るか、殺られるかなんだ、もはや。
 ぼくは腰の道具入れから一番するどいハサミを取り出して、強く握り締めた。ふしぎと落ち着いていた。やくざ屋さんのうなじをほとんど無心で見つめながら、その無心と矛盾なく同居して思考があれこれ、覚悟とはこういうものなのだなとか、集中とは強力に緊張と弛緩が同時に作用している状態だと聞いたことがあるが、確かに今がそうだとか、感想を述べていた。
「殺る方を先にやります。全体的に短くする件はその後で確実に果たしますから、安心して下さい」
 客の依頼は、たとえ客の人生が終わっていても達成する。それがプロだと思う。やくざ屋さんは妙な表情を浮かべていたが、もはや何も気にならない。一撃であの世へ送る。ただ、それだけだ。
「では、殺りますね」
「ああ」
 やくざ屋さんはゆっくり目を閉じた。ぼくは刃先を振り上げ、そして息を止めて、思い切りうなじに突き立てた。
「うぉぉぉおらあああぁ!!」
 やくざ屋さんは絶叫し、うなじを手で押さえて勢いよく振り返った。お寺の前にいる、仁王さまの怖いほうみたいな顔してた。
 あ、あれー? 死んでないじゃーん?? 失敗しちゃった、殺される!
「もうワンチャンス! もうワンチャンスお願いします! 次は絶対、ぜっっっったい、ちゃんとやりますから!!」
「はぁああ?」
「ここかな!? ここかなっ!? あれっ、あれっっ!??」
 もうこわくてこわくて、ぼくはめちゃくちゃに刺した。椅子をくるくる回していろんな方向から刺した。たぶん心臓とか、肺とか、首とか、それっぽいところをいっぱい刺した。どれが正解かなんて、知らない。


 やくざ屋さんはいつの間にか静かになっていた。店も静かだった。店の外の遠くで車が走る音が聞こえるだけだった。血だらけでぐちゃぐちゃになっていた。ぼくの心臓は痛いくらいに跳ね上がって、息は上がってた。死んでると思ったやくざ屋さんの右手がふいに持ち上がった。そしてやくざ屋さんはつぶれていない方の片目を苦しそうに開いてぼくを見た。呼ばれている気がして、ぼくはやくざ屋さんの肩を抱いて、顔を寄せた。口をぱくぱくさせて、ほとんど息に近い声で、かすかにやくざ屋さんは名前を呼んでいた。
「平林、平林」
 なんでぼくの名前を知ってるんだ!
「どうしてこうなったのか、分からんが、もう、いい。こんなことで、止めるな、お前の道」
 うわごとみたいにきれぎれに、そう言ってやくざ屋さんは死んでしまった。


 なんで、なんで、ぼくの名前を知ってるんだろう? なんでぼくの名前を?
 ぼくはほとんど無意識に、店の中をぐるぐる歩き回ってぶつぶつ呟いていたらしく、少し離れた位置から気味悪そうにぼくを見ながら堪りかねて斉藤さんが答えた。
「指名だったから、お前……」
 弾かれたようにレジに駆け寄り、受付表を血まみれの手でつかんだ。そこにはお客様欄に「岡本」、指名欄に「平林」と書かれていた。斉藤さんの両腕をすがるようにつかんで、どうして、どうしてと詰め寄ると恐怖を顔に張り付かせたまま教えてくれた。以前来たときにぼくが担当したんだという。一生懸命さが、どこか自分の昔と重なったとか上機嫌に、少し照れくさそうに話したらしい。
「でも俺は、あの人を知らない!」
「前来たときはオフの格好だったから、覚えてないかもしれないって、言ってたけど……」


 とんでもないことをしてしまった。俺を最初に指名してくれた人を俺は忘れて殺してしまった。
「岡本さん、アニキ、アニキ」
 涙が止めどなく溢れる。泣きながらアニキの指をハサミで切り取っていった。馬鹿な俺を許して、アニキ、ちゃんと全体的に短くしましたよ……


 店長がそういう業者? と知り合いらしくて、アニキの亡骸はちゃんと処理されたらしい。警察もこなかった。店長は俺に店にとどまっても良いと言ってくれたが俺は店を辞めた。
 しかし美容師は辞めなかった。アニキとの血を賭けた約束だからだ。道を極める。すなわち極道。


 これが俺の、日本一のヤクザ専門美容師になり上がった事と次第だ。