OjohmbonX

創作のブログです。

ストップ。迷惑行為。

 電車で隣に座ってるOLっぽい女の人が、ときどき首を回転させてる。モーターがついてるみたいに、すごい速さで首から上が回転する。扇風機と同じくらい速い。
 学校帰りの電車、いつもは絶対座れないのに、乗った瞬間席があいてるのを見つけて一直線に座ったら、ちゃんと理由があって空いてたんだってことすぐわかった。2、30秒ごとに首が回転しててこわい。みんな避難している。
 僕も席を離れたかったけど、今さら席を立てなくて、もう寝たふりすることにした。ほんとは完全に起きてて、ものすごく緊張して、一個ずつ駅が進むのをお祈りする気持ちで過ごしてた。目をつむってても女の人の首がたまに回転するのがわかる。だって、風がくるから。
 目をつむってても座席が沈んで誰か近くに座るのがわかる。でもみんなすぐ席を立っていなくなる。ずるいぞ! ちゃんと座ってろ! 僕だって我慢してるのに。


 顔にぴしゃぴしゃ水が当たるから寝たふりをやめると、女の人が回転しながら水を飛ばしてた。回転が止まったときに見たら泣いてた。遠心力で涙が飛んできてた。めいわく! 女の人がこっちを見て目があった。しまった! しょうがないので声をかけるしかない。
「あの、大丈夫ですか? 首が、さっきから、そのー、回ったりしてますでしょう?」
「つらいに決まってるでしょ!」
 女の人が大きい声出してびっくりした。また回り出した。僕てっきり好きで回ってる人だと思い込んでたけど、そうじゃないみたい。好きじゃないのにこんなに首が回転してたら、それはつらいだろうなと思った。
 おおぉお~。おぉお~。と山が鳴るみたいな音がした。女の人の頭部が回転しながら嗚咽してる声だった。回転が止まった。ちゃんと毎回、正面で止まるから、よくできてるなあと思った。
「ごめんなさい。心配してくれたのに、あんな言い方して。すいません」
と言ってまたぽろぽろ泣くので、僕は汚いハンカチを黙って出した。見た目は汚くないけど、今日学校で、ハンカチ忘れた汚い友達に貸してるから、菌とかがついてる。女の人は「ありがとうございます」と言って涙を拭いてる途中で回転しはじめて、ハンカチが弾き飛ばされて飛んでいった。
 女の人が立ち上がって拾いに行こうとするけど、頭部が高速回転してるので、あっちこっちふらふらしてまっすぐ歩けない。みんなが怖がって逃げてく。ずるいぞ! お前らも参加しろ!!
 大人の癖にと思ったね。僕は中学生なのに、大人は逃げて、ずるい。


 回転が止まった隙にすばやくハンカチを拾って返してくれた。僕ポケットにしまいながら
「病院行った方がいいですよ」
と言ったら、
「いろんな科を回って検査したんですけど、どこも『異常なし』って言われるのよ。医者の目の前で回転してるのに、異常ないわけないじゃないね。でも目をそらして、たぶんストレスだと思います、とか言って、3時間も待たされて診察は5分、ふざけてるよ、適当なこと言って役にも立たない精神安定剤みたいのをあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
 回転しはじめると扇風機の前で喋ってるのと違うような似てるような声になるね。スマホパズルゲームをやってたら止まった。
「結局、目が回るんですよ。回転してるから」
「目が回るんですね」
「そう! つらいんです!」
「つらいんだ」
 女の人はすごく大声でしゃべる。たぶん他の乗客にも聞かせてるつもりだと思う。そうやって私は悪くないっていうアピールしてる。逆に私は被害者なのよって。覚悟が足りねえなと思って僕ちょっと不愉快だったね。
「あとは歯医者なんか大変なのね」
「あ、そうなんですか。歯医者……」
「頭を完全に固定してもらって、逆に体を回転させてるんです。最初そうしたら、腕や脚が診察台にビタンビタン当たって、あざだらけになるし、周りの器具も壊れるし。今はあらかじめ体をプチプチでぐるぐる巻きにしてるから、大丈夫」
「へえ……すごいですね……」
 興味がないのと緊張してるのとで、黙ってしまう。気まずくてしかたなくていっしょうけんめいしゃべること考える。
「その、寝てるときとかも、大変そうですね……」
「寝てるときは回らないに決まってるじゃん。じゃああなたは寝てる時にご飯食べたりするんですかあ? しないですよね?」
 バカにした顔で僕のこと見て、ほんと腹が立って、なんなの、もういいから黙って回転しててよねと思ったらまた回転しだした。一生回転しててほしいです。


 一応こうやって話も聞いてあげてるし、もう完全に他人ってわけでもないからいいよねと思ってスマホで動画を撮った。止まる前に動画を止めてポケットにしまった。女はちゃんと気づいてて怒りだした。
「なんで撮るのよ~。なんで撮るの~~??」
 映画泥棒の動きをしながら怒ってる。
YouTubeにアップしようと思って……」
「もう上がってるよ! 『head spin』で検索すれば出てくると思う」
「自分で投稿したんですか」
「盗撮に決まってるじゃない! 120万よ! 再生回数120万回!」
 ものすごい大声で言ってる。怒ってるくせに自慢してるからほんとに腹が立つ。
「もう自分からテレビとか出たらどうですか」
 そうなげやりな気持ちで吐き捨てたらまんざらでもない顔する。
「でもねえ。一発屋はちょっとね。最初にこの芸でウケて、それから飽きられないギリギリ手前で、私のパーソナリティがウケてトーク番組とかに呼ばれるようになって、って感じで自然にシフトできれば一番いいんだけど」
 そうやってタレントとして生き残る自信はあるんだ。急に女の皮膚がぴかぴかして、顔がむちむち張り切ってきた。それでまた回転する。


 最初は、首が回転しててかわいそうだなって思ったのに。なんだよ! もういやだー。いやだーって気持ち高まってきた。
「あの僕、次の駅で降りるんで」
「あれ。私と同じ駅なんだ」
 嘘ついたら裏目に出た。
「私お話できてとっても楽しかった。もう少しお話したいんだけど、よかったらカッフェかどっかに入らない?」
 回転してチャイティーラテを口から吹きながらまわりに撒き散らすつもり? やめてよ。関係ないんだよ。もう他人なんだよ。僕は黙ってへらへら笑って、ぺこぺこ頭下げてちょっとずつ離れてった。電車がホームに入る。ドアが開いて
「あれ。ねえ、なんか様子変だよ」
 ホームの向かいで電車がドアを閉めたまま止まってる。先頭車両のちかくに人が集まってる。積極的に女が野次馬に話を聞いてくる。
 小さな子が落ちてそこに電車がきたみたい。ちょうど線路の間にいて助かったって。でも傷つけちゃうから電車をかんたんに動かせないって。子供の様子みながらほんのちょっとずつ電車をどかしてく必要ある。全員、お客を降ろして、みんなで手で電車を動かすしかない、みたいな話になってる。でもそんなに、みんなの息ぴったり合わせるのは難しいぞ。リーダーみたいな客と駅員と、警察の人でわいわい話してる。
「私にまかせていただきましょうか……」
 静かに女が割ってはいる。先頭車両の側面に手を当ててひざまづく。お祈りするみたいに目を閉じて何かを待ってる。そして首が回転し始める。女は回転する頭を車体に押し付けた。
 ゆっくり車両が後退する。


 首が止まると、女の鼻が折れ、耳がちぎれかかっていた。出っ張ってる部分がこすれてダメージを受けたんだ。
「子供は、国の宝。未来の、希望。大人は、命をかけて、子供を守る使命がある」
 みんなもうドン引きだった。そんなやり方じゃなくても別に助けられるし。せめてタイヤでもつけろよ。何ひとりで背負っちゃってんのこの女……。しかもまだ子供は助かってないし。
 また回転しだした。顔を押し付けて電車をゆっくり動かしてる。顔が血だらけになるのが回転しててもわかる。女の血でべっとりした髪の毛がまわりに飛び散る。ちぎれた耳が遠心力に乗って飛んでくる。べちゃっと子供のお母さんの顔に貼りつく。お母さんは悲鳴をあげて耳をホームの床に捨てた。
 子供が出られるだけのスペースがようやくできた。首の回転が止まる。女がふらふら立ち上がり、お母さんに近づいていく。顔がぐちゃぐちゃになっている。
「あたしの耳~。あたしの耳~。捨てないで~~」
 ギエェエッ。お母さんが絶叫する。思わずちかくにいた大人の男が、女を突き飛ばす。女は棒みたいに後ろにたおれて床に後頭部を打ちつけた。頭が鈍い音を立ててバウンドして僕の足元に落ちてきた。子供がホームの上に引き上げられた。怪我もしてないみたいできれいな顔をしていた。お母さんに抱かれてようやく泣き出した。
「カッフェ……カッフェに……」
 足元の血まみれの女が小さく呟いて、手を空中でひらひらさせてる。しょうがなく僕は腰を下ろしてその手を握る。
「カッフェで……あたし、あなたと、もっとお話できたら、よかった……」
 たぶん泣いてるっぽいけど血まみれでよくわからない。いまいち目がどこにあるかもわからないし、口のありかもわからない。
「最期にこうして出会えたこと、キセキ。忘れないで。あたしの名前。まきこ。あなたの産みの母」
 まきこがギュオーッとものすごいパワーで手を握ってきた。怖くなって敵の手首を必死で叩いてたら、急に力が抜けてするっと落ちた。首もがっくり後ろに反ってる。まきこは死んだ。虫みたいに死んだ。


 みんなが拍手してる。子供と母親のまわりでにこにこ笑って感動の救出劇を祝福してる。まきこの死がいは離れた位置で誰も見向きもしない。あんまりだな。かわいそうだなと思ったけど、見た目が気持ち悪いとみんな扱いがひどい。
 でも僕の産みの母だとか言って……毎日回転してて頭がおかしくなってるのはしょうがないと思うけど、あんな風に死ぬ間際に言うのはずるいなと思った。でたらめでも忘れられなくなる。
 なんか急に肩がこってきた。肩こりなんて今まで経験したことないのに、緊張したり疲れたせいだ。でも痛いのは背中から首にかけてだ。首にすごく力が集まってる感じだ。う。勝手に首が右に向いてく。あ。あ。これ、僕、首、回転……
 気のせいだった。首はやっぱりこってるだけだった。
 人だかりから悲鳴が聞こえてきた。すき間から子供の首がめちゃくちゃ回転してるのが見えた。そっちかよと思った。ホームの反対に電車がきたから乗った。いつも通り席はみんな埋まって満員電車だ。ぎゅっぎゅっと体を割り込ませる。
 知らないおじさんの背中にもたれながら、そうか。あれは遺伝の問題じゃないのかと思った。新しい認識がひとつ増えて、人類がまた一歩かしこくなったようだ。