OjohmbonX

創作のブログです。

家族って、いい。すごく。

 あたしの実家で、あたしの家族の目の前で、あたしのダーリンは、あたしの鼻の穴に、いきなりネコジャラシを突っ込んで、奥の奥まで一気に突っ込んで、ちょっぴりこちょこちょした後、一気に引き抜いたら、ネコジャラシの先っぽに、つまりジャラシの部分に、引っ掛かったあたしの神経や脳みそが、一緒にずるっと鼻から垂れて、あたしは死んだ。


 父は怒った。
「殺した、殺した! お前は娘を殺害した! 今!」
「いや、いや、お父さん、よく見てください。生きてますよ」
 父はあたしを、よく見た。
「よく見たら死んでるじゃん!」
「もっとよく見て下さいよ。ほら、このへんとか」
 父はあたしのこのへんを、もっとよく見て、それからダーリンの顔を見て、もう一度あたしを見て、それからダーリンの顔を見て勝ち誇った顔をして
「ほらァーッ! やっぱ死んでるじゃん」
「えへへ」
「えへへ、じゃないよ! 人の娘を殺しといて、そういう態度はよくないよ、ぜったい」
 ダーリンって、こういうとこ、あるんだ。憎めないっていうか。いたずらっぽい顔して、こういうことするの。
「すみません」
「うん、うん」
「あ、今の『うん』って死んじゃったの許してくれるって意味ですよね」
「違う違う、殺したのは、まだ駄目だよ」
「えー、そんなあ。結果的に死んじゃっただけで、こっちは悪くないっていうか」
「そうよあなた。あれくらいで脳みそ出す娘が悪いです」
 あたしのママは、あたしのダーリンを、弁護した。
「うるさいうるさい、おまえに娘はやらん!(もう死んでるけどね!)」
「ええー」
「ええー」「ええー」「ええー」「ええー」「ええー」
 いっせいに、あたしの、ダーリンとママと母とおっ母と御母堂と弟が不満そうに言った。
 ダーリンは椅子に腰掛けたまま、脇に立っていたあたしの弟の腰に手を回して引き寄せた。そしてもう一方の手でカッターシャツの上から弟の腹を余裕をたたえた優しい手つきで撫で始めた。男子中学生というものは大人の男の大きな手のひら、その感触を与えられれば精神と肉体の武装解除をただちに執り行い、ほとんど呆然とするしかない生き物だ。節のしっかりした義兄候補の手を俯いて阿呆みたいな面付きで見つめつつ、白く薄いシャツの上から撫でられる感触に陶然としてほとんど膝が抜けるほどだから、すとんと男の股の間に座らせられてもそれに気づかない。男の広い胸へ無条件に背を、肩に頭を預け、腹と太ももを撫ぜられる一方だ。ちょうど熱を出した時に似た身体のだるさに耐え兼ねて大きくひとつ溜め息をつくものの、甘い全身のだるさはまだそこにいて思考を奪い、ひたすら逃走と安住への欲望で同時に苛んでくる以上、もうひとつ、ふたつ、溜め息をついてとにかく意思もなく生き延びようとしている。いったい終わりというものはあり得るのだろうか。今この瞬間、終わりは捕らえようもない。ふいに右腕で胴を強く抱かれ、思わずその筋張った腕をつかむ。そちらへ意識を向けた一瞬、首元から顎までをさっとひと撫でされ布越しでない直接の皮膚感覚に慄然とする。そして顎を下から押されて顔を上向けられ、いつの間にかほどかれていた右手によって新鮮なネコジャラシが鼻の穴へイントゥ。
 こちょこちょ、こちょこちょ。あたしの弟は白目を剥いている。こちょこちょした後、ゆっくりネコジャラシを引き出すと、脳みそが、鼻の穴からコンニチハ……ちょっと出てきて……コンニチハ……それからダーリンは脳みそを奥に戻した。それからまた、もう一回ちょっと出して、戻した。ちょっと出して、はずかしい、戻す、チラリズム。家族の前であられもなく脳みそをチラチラさせて、フハハッ、この恥ずかしい弟め!
 その後ダーリンから解放された弟は、ふわふわした足取りで自室へ戻っていった。


「だいたいおかしいですよ」
 あたしのダーリンは毅然とした態度できっぱり言った。キムタクみたいでかっこいい。
「なんでこんなに母親がいっぱいいるんですか」
「おまえ、おまえ、娘のみならず息子まで、脳みそを出し入れしておいて、話をすり替えるんじゃない!」
「どれが本当の母親なんですか」
 あたしの愚母と賢母とお袋と北堂がにたにた笑いながら父を見ていた。
「知らないよ。だってみんな母親だって言い張ってるし……」
「そうです。あの娘はあたしがお腹を痛めて生んだごみです」
「どの穴から出てきたかわからない娘なんて、こっちから願い下げですよ!」
「え、え、ちょっと待ってよ。じゃあ、いま決めるよ。ねえ、妻。だれが母親なの?」
 あたしの母親たちは泣き出した。
「あたしたちだって、母親である前に、一人の女よ! いいえ、一匹のメス豚よ! あなたはあたしたちを、母親としてしか見ようとしない、いくつになったって、メス豚の心はなくしてないのよ!」
「げぇーっ、メス豚の娘なんて、ますますひどいや」
 ダーリンはぷんすか怒って、帰っていった。ものすごいキムタクみたいな顔してたから、そのまま工藤静香と結婚しに行ったのかもしれない。
「実家に帰らせてもらいます」
 メス豚たちは泣きながら、家を出て行った。多すぎて、玄関や勝手口だけじゃなくて、窓という窓からも出て行った。2階建の家から、一気にメス豚が噴き出て、30秒くらい、家の穴という穴からざらざら外へ流れ出て、四方八方へ霧散していった後は、すっかり静かになって、居間には、あたしの父がひとり、残された。


 でもさ、家族って、離れ離れになってもやっぱ家族じゃん。あたしは十中八九そう思う。家族の力みたいのを信じてるっていうか。ばらばらになっても、お父さんも、お母さんたちも、弟も、もちろんダーリンも、工藤静香も、みんなみんな、あたしの家族だよ。ずっとずっと、家族だよ! イェーイッ!